12 異世界の歌。~ジャンプ!~[挿絵あり]
場所:メルローズ領
語り:小鳥遊宮子
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本屋を出ると、商店街の一角に人だかりができていた。
近づいてみると、道の脇のスペースに、小さなステージが組まれている。
そして、小学生くらいの女の子が、そのうえに立って歌いはじめた。
――この世界の歌を聴くのもはじめてだわ!
女の子の歌うその歌は、私の耳にはメロディーも歌詞も、とても独特に聞こえる。
だけど、ここの人たちには馴染み深いものらしく、みな手をたたいてリズムを取りながら聞いていた。
女の子が歌い終わると、次は男の人がステージに立って歌いはじめる。
今度はみんな、合いの手を入れて盛りあがっていた。
どうやら、歌の大会を行っているようだ。
「いいぞー! 優勝はナディだ!」
「ガルフィー! うまいぞ!」
「ほかに参加者はいないか?」
――わぁー! 盛りあがってるな!
この場所だけ見れば、長引く戦いで疲弊しているとは思えないくらい、街の人々は元気がよかった。
これもきっと、ターク様が日々頑張っているおかげじゃないだろうか。
私が目をキラキラさせていると、ターク様が突然、「お前も歌ってこい」と、私をステージにおしあげた。
「え!? ちょっと、ターク様!?」
ターク様は久しぶりに見せるあの意地悪な笑顔で、舞台上で焦る私をニヤニヤしながら見あげている。
――もう! 最近やさしいなって思ってたのに! 急にドSモードですか!?
周りを見渡すと、観客たちが盛大にざわついている。
「ゴイムが歌うの?」
「領主様のゴイムか?」
口々に話す声が聞こえて、私は腕の刻印を背中に隠した。
――わーん! すごい見られてる! もー! こうなったら、日ごろ外に出られないストレスを、ここで発散するよ!
覚悟を決めた私は、「ふぅ」と一呼吸息を整えると、コーラス部で練習していた歌を歌いはじめた。
「なんだか つらく 苦しくて♪
叫び出したい そんなとき
この胸に 小さな種を蒔いたー
大きな夢に なりますようにとー♪」
私が歌いはじめると、聞き慣れないメロディーのせいか、観客たちはすぐに口を閉じ、静かに聴き入った。
なんだか日本で参加した声楽コンクールを思い出す。
今日はこんな地味なワンピースだけど、あの日は綺麗な青いドレスを着せてもらって、私もすごく張り切っていた。
お父さんやお母さんや、達也も見に来てくれたっけ。
不意に両親や達也を思い出した私。
またしても感極まってしまい、涙があふれだしてくる。
「言えなかった ありがとうも~
いつか あなたに 届くようにと~♪」
選んだ曲の歌詞のせいもあるのかもしれない。
流れ出した涙が止まらなかった。
なんとか最後まで歌い切り、深々とお辞儀をすると、観客たちからため息のような歓声がもれた。
皆がいっせいに拍手をはじめ、あらためて周りを見た私は、涙に濡れた目を丸くした。
歌いはじめたときより、観客の人数がずいぶん増えている気がしたのだ。
「良いぞー! 聞いたことのない歌だが最高だ!」
「感動したぞー! ゴイム!」
観客たちはいっそう盛りあがり、いつまでも拍手をしてくれている。
私はドキドキしながら、もう一度お辞儀をした。
舞台から降りようとする私の手を、ターク様がとってくれた。私の涙のせいか、彼も少し戸惑っているようだ。
「お前、すごいな」
「ターク様、急に舞台に押しあげるなんて、ひどいですよ」
「ミヤコは歌がうまいと、メイドたちが言っていたからな。みな喜んでいるようだし、私も聴けてよかった」
ターク様はそう言って、不満げな私の頭をぽんぽんと撫でながら、やさしい顔で微笑んだ。
そうしている間にも、観客たちの興奮はますます勢いを増している。
いつの間にか大勢に取り囲まれ、身動きが取れなくなってしまっていた。
「優勝は領主様のゴイムだ!」
「もっと歌って!」
皆があちこちから手を伸ばし、私の服を引っぱりはじめた。喜んでもらえたのはうれしいけれど、これでは少し怖いくらいだ。
――え、ちょっとこれ、盛りあがりすぎじゃないかな? そんなに日本の歌が珍しかったの?
私が困っていると、ターク様が突然、後ろから私を抱き抱えた。
「ひゃん!?」
「……だな」
私を抱えたまま、彼はぼそっとなにか言っている。
「え? なんですか? ちょっと周りがうるさくて……」
私がそう言うと、ターク様は私の目を手のひらで覆い、耳元に口を寄せた。
「いいから、目を閉じていろ」
「はい?」
身体に強めの振動と風を感じて、ターク様が私を抱えたまま移動しているのがわかった。
「ひゃぁ!」と、思わず声をあげると、目をふさいでいた彼の手が、今度は口をふさぐ。
そして、見開いた私の目に映ったのは、自分の足と、建物の屋根、それからぐんぐんと下方へはなれていく、さっきの人だかりだった。
――飛んでる!?
ターク様は軽々と屋根を飛び超えたかと思うと、ひとつ隣のとおりに降り立ち、私を地面に降ろした。
「はぁ、まさかこんな騒ぎになるとはな。見つかると面倒だ。もっと人気のないところへ移動しよう」
「ひゃい……っ」
私は動揺で、変な声を出しながらターク様を見あげた。
いまのは、空を飛んだというよりは、ジャンプだったのだろうか。
いままで室内のターク様しか見たことがなかった私。
まさか彼に、人一人を抱えて建物を飛び越えるほどの跳躍力があるとは、想像もしていなかった。
――丈夫だとは思っていたけど、尋常じゃないわ。
私たちは細い路地裏をコソコソと移動し、広々としたカブ畑へと移動した。




