11 メルローズの街。~ターク様と子供と沢山の本~
場所:メルローズ領
語り:小鳥遊宮子
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ターク様の広い屋敷を出ると、そこは彼が領主をしているメルローズ領だ。
のどかで小さな街だけれど、王都からそれほど遠くないため、必要なものはわりと揃っているらしい。
――あ。ここ、私が最初に倒れていた場所だわ。
石畳の緩やかな坂道をくだりながら、私は思わず後ろを振り返った。
あのときは、ほとんどこの石畳の道しか見えなかったけれど、あらためて見あげるお屋敷はやはり大きい。
私や達也と同い年のターク様が、この屋敷の主人で、この街の領主だなんて、すごくたいへんだろうと思う。
ターク様があんなに頑張って治めているこの街は、いったいどんなところだろう。
朝の明るい日差しのなかで見るターク様は、薄暗い室内で見るより光りかたがマイルドだ。
そのせいか、神々しすぎるということもなく、道行く人たちは「領主様、おはようございます! よい天気ですね」と、意外にもみな、気軽に話しかけてきた。
皆と挨拶を交わすターク様を、立ち止まったまま「ほうほう」と眺めていると、彼は突然、私の腕を掴んで歩きはじめた。
「いくぞ。はぐれると危ない。しっかりついて来いよ」
「あ、はい!」
ターク様にひっぱられ、私は慌てて歩きはじめた。
彼の背中に背負われた黒い大剣に、金色の光が吸い込まれていくのが見える。
彼の光り方がマイルドに感じるのは、外が明るいから、という理由だけではないようだ。
彼がこんな休日にまで鎧を着ているのは、光って目立ちすぎるのを防ぐためでもあるようだった。
だけど、その効果はかなり薄い気がする。
確かにカミルさんみたいな白い騎士服や、王子様ファッションよりはマシかもしれない。
けれど、顔立ちが美しすぎる彼は、たとえ光っていなくても、十二分に、目立ってしまうはずだった。
実際、達也も、街を歩くとかなり目立っていた。
達也と一緒に街を歩くと、「なにあの子、まさか彼女? 似合わない!」と、嫉妬や蔑みの声が、よく聞こえてきたものだ。
そして、ターク様に腕を掴まれて歩く今日の私も、周囲からかなり、強めの視線を感じていた。
「あれが噂のゴイムか」と、興味深そうに私を見る人々に、身体がキュッと小さくなりそうだった。
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できるだけ小さくなって、ターク様に引っ張られていると、彼を見つけた子供たちが次々と集まってきた。
いつもより機嫌がいいとはいえ、ターク様は普通の人よりずっと無愛想だし、目つきも鋭い。
だけど、子供たちはターク様が大好きなようだ。
歩けば歩くほど人数が増え、気がつくと私たちは子供に取り囲まれていた。
「りょうしゅさまっ、て、すりむいたっですっ」
「あぁ。どっちの手だ?」
「りょうしゅさま、たんこぶっなでなでちてくだちゃい!」
「あぁ。あまり飛び跳ねるなよ」
「りょうしゅさま、くすぐったくてきもちいい!」
「そうか、よかったな」
ターク様は、寄ってくる子供たちの小さなケガを次々に治していく。治療は休みだと言っていたけれど、断る気はまったくないようだ。
子供が肩や頭によじ登っても、怒るでも困るでもなく、いつもどおりの顔をしている。
まるで、公園のジャングルジムのようだ。
――ターク様、すごい! 子供に大人気!
おかげで、痛い視線も気にならなくなり、私は子供たちの一員かのようにターク様について歩いた。
いつもどおりに見えたターク様だけど、よく見ると優しい微笑みを浮かべている。
――わ。ターク様って、意外と賑やかなのが好きなんですね。
なぜだか少し嬉しくて、私も自然と、笑顔になってしまった。
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民家の間の細い道をしばらく行くと、小さな商店街に出た。
「本屋はここだ」
「小さい子供が、文字を勉強するような本があると助かります」
「子供向けはこの辺だな」
そう言われて本棚を見てみると、並んでいる本の装丁の豪華さに目をうばわれた。
子供向けとは思えない、金の装飾文字が美しい、立派な本がたくさんある。
――これ、もしかして高級品なんじゃ……。こんな高そうな本を買ってもらうわけには……。
私が呆然としていると、ついてきた子供たちが、次々とターク様に本を渡しはじめた。
「これがいいよ」
「これも面白いよ」
「あぁ、そうか。ありがとう、わかった、うん、これもか?」
子供たちに渡された本を、どんどん抱えこんでいくターク様。
「タ、ターク様そんなにはっ……」
ターク様は「なんだ?」と言いながらも、抱えた本を全て店主に渡した。
「にっ二十四万ダールになりますっっ」
裏返った声を出しながらも鼻息荒めな店主さんに、金ピカの金貨を支払うターク様。
――えっ? よかったの? これ……。
口をパクパクさせた私に、「選ぶ手間が省けたな」と、ターク様は満足そうに笑った。




