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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第4章 タークの大願

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10 読めないんです。~ターク様と黒猫とバローナ~

 場所:タークの屋敷

 語り:小鳥遊(たかなし)宮子

 *************



 魔力が溜まった私は、前よりだいぶん、自由にすごせるようになっていた。


 だけど、ターク様の部屋だけでは、やっぱりあまりすることもない。


 私はまた、しだいに退屈しはじめていた。



 ――せめてあの、書庫の本が読めたらなぁ……。



 ターク様の書斎には、扉で仕切られた書庫があり、大量の本が並べられている。


 だけど、いざ開いてみると、見たことのない文字が並んでいて、まったく読めなかった。



 ――言葉は通じるのに、文字が違うなんて……。



 できればまた、料理もしてみたい。だけど、ライルがいないと部屋からは出してもらえないし、あのクッキーみたいなことはもうこりごりだ。


 客室にあるピアノっぽい楽器を、練習してみようかとも考えた。


 ターク様やメイドさんたちが、バローナとよんでいる楽器だ。


 美しい彫刻が施され、花の模様が描かれたとても華やかな楽器で、形はグランドピアノに近いように思う。


 鍵盤(けんばん)を叩くとピアノのような電子音のような不思議な音がした。


 だけど、音階そのものが異世界のそれのようだ。順番に鍵盤を叩いてみても、「ドレミファソ」とは鳴ってくれない。


 どうやらこれも、私の知っているピアノではないようだ。



 書庫には楽譜らしい本も数冊あったけれど、これまた、もといた世界の楽譜とは表記方法がまったく違っていた。



 ――あの楽器、なんのために置いてるのかな? ターク様は弾かないみたいだけど。



 私は少し、バローナを弾くターク様を想像してみた。



 ――う、美しい……絶対美しいよね!?



 キラキラ光るターク様が、キラキラした音色を奏でる……さわやかな曲もいいけれど、バラードなんかも似合うかもしれない。


 想像しただけで鼻のしたが三センチくらい伸びそうだ。


 だけど、いつも忙しいターク様が、あれを弾くことなんてきっとないだろう。


 残念だけど、あのバローナは、大切なお客様が来たときに、音楽家をよんで演奏させるために置いているのだと思う。



「うーん……。妄想にも限界が……」



 こんなときは歌でも歌いたいところだけれど、今日は、ターク様が珍しく部屋にいて、書斎で仕事をしている。


 うるさくして邪魔をするわけにはいかない。私は結局、いつもの椅子に座り、窓の外を眺めていた。



「ひまだなぁー」



 ついつい声に出して、そうボヤいてしまったとき、「本当にひまそうだな」と、どこからか声がした。慌てて振りかえったけれど、後ろにはだれもいない。


 この声は……と、したを見ると、足元に黒猫姿のライルがちょこんと座っていた。



「ライル! いつのまに来てたの?」


「えー、結構前からいたよ?」


「うそ、全然気がつかなかったよ! まったく気配がしないんだね!?」


「えへへ。そうでしょ」



 私とライルがワイワイと話していると、ターク様がベッドルームをのぞき込んできた。



「なんだ。ライルが来てたのか」


「なんだじゃないよ。きみが部屋にいるって聞いて、この間の護衛の報酬を受けとりに来たんだから」


「なるほど、そうだったな。だが、久しぶりだから、満足させてやれるかわからないぞ」


「えへへ! 待ってたよ、ターク!」



 ライルはそう言うと、ピュンッとベッドルームから飛び出し、書斎を駆けぬけ、客室に入っていった。いったい、ライルがターク様に要求した報酬とはなんなのだろう。



      △



 私が客室をのぞき込むと、ライルはバローナの上にぴょんと飛びのって、お腹を上に向け、ゴロゴロと鳴いた。


 そのライルのお腹を、ターク様が長い指でフワフワとなでまわす。



 ――ま、まさか、これがご褒美……?



 獣人化したライルを思い出して、思わず赤面してしまった私を、ターク様が変なものを見る目で見ている。



「お前もここへ来い」


「へ!? はっ!? 私は、だ、大丈夫ですっ!」


「いいから、座って聴け」


 ――聴く!?



 ますます赤くなった私を不思議そうな顔で見ながら、ターク様はここに座れと、バローナのすぐそばの椅子を指差した。



「あっ、はい!」


 ――一緒に撫でまわされるのかと思った……。



 私があわてて椅子に腰をかけると、ターク様はその楽器を弾きはじめた。



 ――なんだ、やっぱりターク様、弾けるんですね!



 優しくて少しもの悲しいその音色は、私が想像していた以上に美しい……異世界の音楽だった。



 ――これは、弾けるなんてレベルじゃないわ! なんてハイスペックな人なんだろう。



 バローナのうえでは、ライルが幸せそうに丸まって、全身でその音色に聴き入っている。できることなら私も猫になって、同じ体験をしてみたかった。



「やっぱり、きみの演奏は最高だよ。ターク、またいつでも僕をよんでね」


「あぁ、助かるよ」



 ライルは満足したのか、またピュンッと部屋を飛び出していってしまった。まさか彼が、ターク様にバローナを弾いてもらうために頑張っていたなんて。なんだかとても微笑ましい気持ちだ。



「バローナ、お上手なんですね。感動しました!」


「いや……弾いたのはもう、四年ぶりか。ずいぶん指がなまっている」


「ポルールの戦いが始まってから、弾いてなかったんですか?」


「そうだな……」


「すごくステキなのでまた聴きたいです」


「うーん……、そうだな。……まずは戦いを終わらせないことにはな……」



 そう言って少し悲しそうに笑ったターク様は、きっと演奏が好きなんだろう。



 ――なんだかもったいないな……。もう一曲くらい弾いてくれたら……。



      △



 書斎のデスクに戻ってしまったターク様を、なごり惜しい気持ちで眺める私。すると、彼はふいにこっちを向いて、呆れたように言った。



「なんだ、ミヤコ。朝からそんな、ふぬけた顔で私を見るな。こっちまで力が抜けてしまう」


「あ、すみません……。なんだかやることがなくて……」


「いつも出かけていて気付かなかったが、思った以上に暇そうだな。本でも読んだらどうだ? お前、割となにもかも忘れてるだろ? 勉強になるぞ」


「それが、文字も忘れたみたいで、読めないんです」


「そ……そうか」



 彼はここ半月ほどの会話で、私がこの世界の一般常識を、何も知らないことに気付いて、何度も驚いていた。


 けれど、まさか文字まで忘れているとは思いもよらなかったようだ。整った眉を持ちあげ、また少し驚いた顔をした。



「うーん、じゃぁ、出かけるか。お前の顔を見すぎたみたいで、なんだか気が抜けてしまった。今日は休みにしよう」


「えっ!? 本当ですか?」


「あぁ、街でお前でも読める本を買ってやる」


「わ! ありがとうございます!」


 ――やったぁー! ターク様とお出かけ! はじめてお屋敷から出られる!



 最近のターク様は、魔力にそこそこ余裕があるからか、とても機嫌がよくて、かなり優しい。前みたいに変な意地悪もほとんど言わないし、感情のない目でニヤニヤとも笑わない。


 それでも仕事中毒は相変わらずで、起きている間はいつだって忙しそうだった。私の知っている限り、ターク様が休むなんて言い出したのは、はじめてのことだ。


 私がニコニコしていると、ターク様は「近所を歩くだけだぞ」と言って、優しい顔で、ふわりと笑った。

 少しできることが増えたものの、まだまだ退屈と戦っている宮子のもとに、ライルがやってきました。ライルのターク様への要求は、なんと、ターク様の楽器演奏でした。


 彼のステキすぎる演奏に心を奪われる宮子。ですが、ポルールの戦いが気にかかっているターク様は、めったなことではバローナを弾かないようです。


 次回、文字が読めないという宮子を、ターク様ははじめてメルローズの街へ連れ出します。


 挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽器演奏と読書ができないのは残念でした。 音や文字を覚えることも難しそうですね。 ターク様がどんな本を買ってくれるのか楽しみです。
[良い点] 謎の楽器は意味深ですね。 恐らく彼の母が習わせた思い出の品とかでしょうか? ミアに聴かせたとかのエピソードもありそうです。 宮子がいつか弾く時はあるのでしょうか? いやターク様の演奏と合…
[一言] 花車様こんばんは! ターク様に望んだ報酬が癒しとはやはりライル猫でしたね笑 そして楽器までひけるターク様は流石でございますね! 次を楽しみに拝読させていただきます٩(ˊᗜˋ*)و
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