08 無視できない幻聴。~父の呼び出しと不可解なゴイム~
場所:タークの屋敷(地下牢)
語り:ターク・メルローズ
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執務机の上に積まれた手紙の山に目をとおしながら、私は小さくため息をついていた。
これらの手紙は全て、私がゴイム所有の貴族たちへ送った手紙への返信だ。
ミヤコの所有者を探すため、私はこの半月の間、其処彼処に手紙を出し、人を送っていた。
ミヤコの刻印はかなり高度な魔術で封印されている。そのため私は、名の知れた魔導師か、それを従わせる高貴な貴族が所有者だろうと見当をつけたのだ。
最近はこんなふうに、順調に返信が届いている。しかし、その内容は、「心当たりがない」というものばかりだった。
――王都に住む貴族か、この周辺に領土をもつ貴族が所有者だろうと思っていたが、もっと遠くから来たのだろうか?
このメルローズ領には、私以外に貴族はいない。どこかほかの場所から、彼女は現れたのだ。
あんな傷だらけの状態で、彼女はいったいどうやって、私の屋敷の前まで来たのだろう。ただの迷子にしてはミヤコには不可解な点が多かった。
――すぐに見つかるとばかり思っていたが、これは意外と厄介だな。いい加減、マリルが怒りだすんじゃないか……?
――このままいつまでも、彼女をこの部屋に置いておくわけにはいかない。
ミヤコを手放し、また眠れなくなってしまうのは、正直に言ってかなりつらい。しかし、このままではよくないということは、私にも痛くわかっていた。
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私がメルローズ領に戻ってから十日目のあの日、使用人たちが地下牢にミヤコを連れてきた。
あのときの私は、もう半月まともに眠れずにいた。
しかし、父からの呼び出しを受け、急ぎ王都に出向かなくてはならなかった。
私の父、アグス・メルローズ伯爵は名の知れた魔導研究家だ。近年はずっと、ゴイムたちを使用して、ポルールでの戦いに役立つ武器やポーションを開発している。
ポルールに現れる闇魔導師の黒い魔術は、国内では禁忌とされる非道なものが多い。
すぐに死ねずに長くもがき苦しむような残酷な魔法や、仲間われを起こし殺しあわせるような卑劣な幻術も使ってくる。
その多くは古の魔法であり、国内の魔導師たちには馴染みのないものばかりだ。それゆえに対策もしにくく、王国軍は苦戦を強いられていた。
そんななか、父は国一番の魔導研究家として、数々の魔道具や魔導兵器を開発し、戦況の回復に尽力してきた。
幻術を防ぐペンダントなどは非常に重宝し、兵たちからかなり喜ばれている。さらに、砦に設置された魔導砲は、砦から出られない一般の兵たちの、主戦力となっていた。
私が背負う大剣も、父が開発したものだ。
私の放つ光を吸収し、光属性の追加ダメージを与えるもので、私にしか扱えない、特別なものだ。腕力だけに頼らず、楽に魔獣を切り裂いてくれる。
さらに光の魔力を溜めることで、魔力消費を抑えつつ、魔力の刃を飛ばし、遠距離攻撃を放つこともできる。
この大剣は、私が入隊したときに、イーヴ先生から渡された。先生はなにも言わなかったが、父が作ったのだということは、言われずともわかった。
そして、昔ポルールでもらった鎧や肩当ても、私の弱点である状態異常攻撃を、見事に跳ねかえしてくれる。
その点では私も、父には感謝していた。
しかし、私と父の関係は長い間、かなり冷え切っていた。
初恋の少女を戦いの道具にされてしまった事実は、いまも私の心に、暗い影を落としている。
父も反抗的な私を避けるように研究に没頭し、私の前にめったに姿を見せなくなった。たまに会っても、ひどく見下した目で私を叱りつけるばかりだ。
そんなわけでここ数年、私と父はすっかり疎遠になってしまった。
しかし、自分が戦力になれないいま、国のために厳しい戦地で戦う仲間たちを思えば、そんなことばかりも言っていられない。
父の研究に、前線で戦ってきた私の意見が役立つというなら、できる限り父に協力しよう、私はそう思っていた。
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いそぎ馬の準備をしていると、荷運びのために雇った男の一人が、私に話しかけた。
「イヤイヤ。屋敷の前に死にそうなゴイムがいたんで、拾ってきて牢屋に入れといたっす」
「ゴイムが……?」
――最近は、ゴイムたちも多くが戦地に近い場所へ移送されている。山賊にでも会い道に迷ったか?
「私が確認しよう」
私はそう言って、地下牢へとつづく螺旋階段を降りていった。
暗い牢屋のなかにうずくまる女の姿が見える。
――ミア……?
一瞬囚われた女が記憶のなかの少女と重なり、私は頭を横にふった。
「うっ……」
寝不足のせいで目が霞み、足元がふらつく。
なんだかひどく胸が苦しい。
「ワワ。旦那、大丈夫でゲスか?」
荷運び男の声が遠くかすれ、遠のく意識のなか、だれかの声が頭に響いた。
『宮子を守れ……』
――なんだ? 幻聴か? ひどくうるさいな……頭がわれそうだ。
私はしばらく頭を抱えたまま動けなかった。なんとか体勢をもちなおし、フラフラしながらゆっくりと階段を降りて、うずくまる女に声をかけた。
「お前が迷子のゴイムか?」
じっとしていた彼女は、私の顔を見るなり鉄格子にしがみつき、よくわからないことを言いだした。
「達也! 生きてたんだね! 私、宮子だよ!」
――ミヤコ……?
さっきの幻聴と同じ名前が出たことに戸惑っていると、また頭のなかに声が響く。
『宮子を守れ……!』
「うるさい!」
私は頭に響く幻聴をかき消そうと大声をあげた。目の前のゴイムはよく見ると傷だらけで、不安でいっぱいの顔で震えている。
『どうして、きみがこんなことに……』
そのとき、私の頭にそんな声が響き、怒りと悲しみがあふれてきた。
――なんだこの感情は……。私はこのゴイムを知っているのか……?
私は頭痛に耐えながら、ますますざわつく気持ちを無理に落ち着けた。
所有者のわからない彼女は、すでに襲われたあとのようだ。頭を打ったのか言動もおかしい。少し不憫だが、このまま牢に入っていたほうが、彼女にとっては安全かもしれない。
――とにかくいまは、時間も魔力も足りない。とりあえずだが、軽くヒールをかけておくことにしよう。
――待っていろ。あとでしっかり治してやるから……。
「私が戻るまで手出しするな」
不可解なゴイムが気になる私だったが、父からの呼び出しに応えるため、急ぎその場を離れた。
△
メルローズ本邸に到着すると、なぜか屋敷の前でカミルが私を待ちかまえていた。
「やぁ、ターク。アグス様は急用があるから出かけるってさ。伝えてって頼まれちゃったよ」
少しバツの悪そうな顔で私にそういうカミル。
「お前、訓練場も閉まってるのに、なぜここにいるんだ? また父さんの研究室に行ったのか?」
「前にも言っただろ。装備品の相談だよ。とにかく、伝えたからね!」
「呼び出しておいてなんなんだ。急いできたのに……」
「そんな怖い顔しないでよ。アグス様だってきみに会いたかったんじゃない? それじゃ! 僕はもういくねー!」
そう言って、カミルはそそくさと走り去っていった。
――ならどうしていないんだ。いつもいつも、父さんは……。
納得がいかなかったが、カミルを責めても仕方がない。
――ミアはどうしているだろうか。
苛立ちながらも屋敷を見あげると、ふと父のもとにいるはずの彼女のことを思い出した。
戦地で久々に見た彼女の、恐ろしいくらいに無表情な顔……。私が好きだったあの優しい笑顔は、完全に消えてしまったようだ。
――早く戻らなくては……。
なぜだかザワザワと胸騒ぎがして、さっきの幻聴が何度も脳裏をよぎった。
――ミヤコを守れ……? いったい、あの声はなんだったんだ……?
△
大急ぎで屋敷に戻った私が見たものは、男たちに切り刻まれ、ボロボロになったミヤコだった。
私の頭に、悲鳴にも似た強烈な耳鳴りが響き、一瞬目の前が暗くなった。同時にまた、胸が締め付けられるように苦しくなる。
まるで、大切なものを傷つけられたかのように、怒りと悲しみがあふれてくる。
ずっと胸のなかでじわじわと疼いていた、妙な異物感が、震える大きな感情となって私の頭を占領した。
――なんだ? 精神攻撃のせいで頭が混乱してるのか……?
ひどい頭痛で考えもまとまらない。ただ、いまわかることは、これ以上この幻聴を無視することはできないということだ。
――私はとにかく、このゴイムを守らなくてはならないらしい……。
ボロボロになった彼女を抱きあげると、私は自分の書斎へ向かった。




