07 祝!大剣士ターク。~私が戦いを終わらせる~
場所:王都
語り:ターク・メルローズ
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「すごい、あれはなんだ! タークの剣技は神業だな!」
「あいつ、本当に不死身だな! 切れても裂けてもおかまいなしじゃないか!」
一年前の春の終わりごろ。
ポルールの街の東に集まっていた、魔獣の大群を壊滅させた私は、ノリに乗っていた。このまま勢いにまかせ、一人でだって戦いを終結できる、そう思っていた。
ポルールに現れる魔獣は強大なものが多い。それらは、魔法の使えない一般の兵士たちでは、ほとんど歯が立たなかった。
しかし、王国軍のなかでも、実際に戦闘で役立つような魔法を使える兵士は、ほんの一握りだ。
そんななか、光の魔力を帯びた大剣を振り回し、魔獣を切り裂く私の戦力は、ほかの兵士たちと一線を画していた。
闇属性の魔獣たちには、光属性攻撃は効果が大きい。しかもこの大剣は、通常の兵たちでは持ちあげることも難しい重さだ。それだけに、その威力は高い。
戦地の兵士たちは口々に私を賞賛し、私への期待は日増しに高まっていく。
師匠のイーヴ先生も、はじめのうちは私の活躍ぶりに感心し、ただただ誇らしそうにしていた。
しかし、彼はしだいに、休まず戦いつづける私を心配しはじめ、「王都に戻り休養を取れ」と、言いだしたのだった。
「ターク、不死身だからと無茶ばかりするな。戦地では休むに休めまい。私とともに帰るぞ」
「先生、僕に休養は必要ありません。それより早く、戦いを終わらせましょう」
「ダメだ、ターク、これ以上の無理は許さない」
当然、私やイーヴ先生を頼る兵士たちからは、不満の声があがった。私ももちろん拒否したが、イーヴ先生は私を引きずって王都につれ帰った。
「ターク。お前は確かに不死身だが、死にはいろいろな形があるんだ。加護を過信するな」
先生は王都への道中、私にそう言って聞かせた。しかし、当時の私には、先生がいったいなにを言いたいのか、正直なところ、よくわからなかった。
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王都に戻ってみると、そこは私の活躍の話で大いにわいていた。
「彼にかかれば、六メートルの魔獣がまっぷたつらしいですよ!」
「それにしても本当に輝いてるのね、眩しいわ! 不死身だなんて本当かしら」
「隣に立ってるイーヴ様も眩しいわね!」
私は王から大剣士の称号を授与され、不死身の大剣士ターク・メルローズとして、もてはやされることとなった。
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私が称号を授かった日、イーヴ先生は私とカミルを彼の屋敷に呼び、祝賀会を開いてくれた。
戦地では「帰れ、休め」とばかり言っていた先生だったが、その日はとても誇らしそうにしていた。
「ターク! すごいな、国中がお前を讃えているようだ! お前が英雄になる日も近いぞ!」
「先生、僕はまだ、なにもできてません。こんなに騒がれては困ります」
「ターク、いいから胸を張れ! こうやるんだ。はっはっは! 私は不死身の大剣士ターク・メルローズ! いずれ戦いを終わらせ英雄になる男だ!」
「え……」
「ほら、やってみろ、ターク」
「……いや、僕はそういうのは……」
「いいから、今日中に練習しろ。英雄は威厳と風格が大事なんだ。まずはカタチからだ。とりあえずもう少し、大剣士らしい話しかたをしろ」
「……はい、先生」
私は戦いを終わらせたいとは願っていたが、正直英雄にはあまり興味がなかった。
だが、イーヴ先生は昔から、英雄フィルマン様に憧れている。
「私はお前を、立派な英雄にするんだ」
先生はいつからか、そんなことを口ぐせのように言うようになっていた。
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「はっはっは……私は不死身の大剣士、ターク・メルローズだ……。えー、英雄に……いや、いずれ英雄に……」
その夜、私が仕方なく名乗りの練習をしていると、カミルが急につっかかってきた。
「ターク、下手すぎだろ。だいたい、イーヴ先生をさしおいて、どうしてきみが英雄になるのさ」
「知らないよ、そんなの」
「あー、情けない。そんなにピカピカしてるくせに、きみはどうして期待されているのかもわからないまま、口さきだけ練習してるのか」
「精霊の加護は関係ないだろ!」
「関係大ありだよ! きみはピカピカだから期待されてるんだろ! 先生はきみを買いかぶって、甘やかしてるんだ!」
「うるさいな!」
「きみこそうるさいよ!」
無理に戦地から連れもどされた私は、少し機嫌が悪かったのかもしれない。
彼女の様子がおかしいことにも気付かず、ついつい挑発にのってしまった。取っ組みあいの喧嘩のすえ、カミルは剣を抜き、私に襲いかかった。
「死ね! ターク!」
ものすごい殺気で切りかかってきたカミルの剣を、私は大剣で弾き返した。防いだだけのつもりだったが、私の黒い大剣が金色に輝き、鋭い光を放った。
そして、気がつくと、カミルは倒れて気を失っていた。
私はもちろん、すぐにカミルを治療したが、騒ぎに驚いてかけつけたイーヴ先生にひどく怒られた。
そして、彼女とは二度と喧嘩しないと、誓わされたのだった。
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さんざんだった祝賀会のあと、私は一人王都をさまよった。大剣士になった私の心は、まったく晴れやかではなかった。
そのころには貴族達の半数はゴイムを所持し、彼らの人権はないに等しい状態になっていたのだ。
退屈に耐えかね、こっそりと街に出たゴイムが襲われる事件も頻発しているようだった。
実際に私は、王都滞在中に、ひどい扱いを受けるゴイムを、何人も目の当たりにした。
「ひひひ、ちょっとそこのゴイムさん、そのあふれ出す魔力を少し分けてもらえませんかねぇ」
「や、やめてください! 触らないで! きゃぁっ」
「やめないか。嫌がってるだろ」
「だ! だれだお前……!」
「私は……不死身の大剣士、ターク・メルローズだ! いずれ、たたか……」
「ひぃ、大剣士様でしたか。お噂どおり輝いてますね! 失礼します!」
「お、おい。最後まで聞かないか……せっかちなやつだな」
王都の現状に強い嫌悪を感じた私は、ゴイムを使用する父や、ほかの貴族たちにもさらなる苛立ちを募らせた。
――まったく、気分が悪いな。こんな制度が、なぜ認められているんだ。
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私はとりあえず、父やミアがいる生家を出て、王から授かった領地の屋敷へ移住した。あそこに住んでいたのでは、余計にイライラしてしまうからだ。
勢いで飛びだしたが、メルローズ領は王都より静かで落ち着く場所だった。ポルールが取り戻せたら、ここで暮らすのも悪くない。
サーラやアンナなど、なじみのメイドを本邸から連れ出し、領土の管理は人に任せて、私は戦いに出る支度を整えた。
――奴隷やゴイムの扱いはどんどん悪化している。早く戦いを終わらせなくては……。
その想いは私を焦らせ、決して私を休ませてはくれない。
「イーヴ先生、早く戦地に戻らせてください。私の力で、戦いを終わらせます」
先生は街の異様な盛りあがりで、私にかかるプレッシャーを増やしてしまうことを危惧したようだ。
「いったい、お前を休ませるにはどうしたらいいんだ?」と、ため息をつきながら、しぶしぶ私を戦地に連れ帰った。
イーヴ先生がなにを期待し、心配しているのか、私にはわからないままだった。戦地に戻った私は、再び休みなく魔獣たちと戦った。




