05 不思議なゴイムが見せる夢。~初恋の君は魔力タンク~
場所:タークの屋敷
語り:ターク・メルローズ
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その日、私が部屋に戻ると、ミヤコの姿が見当たらなかった。
――大抵入り口のソファで、私の帰りを待ちかまえているのに……。
寝室の窓際かとも思ったが、そこにも彼女の姿はない。
「ミヤコ? どこだ……」
急激にバクバクと鳴りはじめる私の鼓動。少し姿が見えないだけで、焦りすぎじゃないか? と、自分でも不思議に思うくらいだ。
バスルームと書庫も確認し、客室に入ったがミヤコが見つからない。
「ミヤコ! どこだ!」
焦りに大声をあげると、客室のバルコニーからミヤコが慌てて顔を出した。
「ターク様! いまお帰りですか? すみません、ぼんやりしてました」
「そんなところで、なにしてたんだ?」
「お庭の噴水を眺めてました。星もきれいですよ」
そう言って笑顔を見せる彼女を見て、私の心は落ち着きを取り戻した。
「庭に出てみるか?」
「え! いいんですか!?」
私のほんの一言で、彼女の丸い目がもっと丸くなり、ぽってりとした唇がポカンと開く。
――本当に、少しもゴイムらしくないな……。
完全な魔力タンクになっていなかったとしても、ゴイムたちは皆そろって無表情だ。
ゴイムになって間もない少女ならまだしも、ミヤコは歳も私と変わらないように見える。
少し首をひねりながらも、私は彼女を屋敷の庭に連れだした。
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「わぁ! 近くで見てみたかったんです。本当に立派な噴水ですね」
「ベルガノンは水の国だ。噴水なんて大抵の庭にあるだろ」
「そうなんですか!?」
「本当になにも覚えてないみたいだな」
噴水のふちに腰かけ、キラキラと目を輝かせて星空を見あげるミヤコ。彼女の表情は、メルローズの街の女たちよりも、よほど豊かに見える。
「この間は……急に屋敷を空けてしまったが、私がいない間、なにも問題なかったか?」
フィルマン様に屋敷を壊されたあと、私はライルに彼女をまかせた。
しかし、人の出入りのある状態で、二日も屋敷を開けてしまったことが、ずっと気にかかっていたのだ。
私の質問に、彼女の黒目がちな丸い目は、おびえるようにキョロキョロと動いた。
「も、問題!? なんのことですか……?」
「なにって、私が聞いてるんだ。修理工にからまれたりしなかったか?」
「あ、皆さんとても親切でしたよ」
「本当か? ライルのやつは問題を起こさなかったか?」
「ライルは本当に頼もしかったです」
「そうか」
なにか少し動揺していたようだが、あまり詮索しないことにする。とりあえず彼女が無事ならよかった。
「ターク様こそ、二日がかりの治療、たいへんじゃなかったですか?」
「あぁ、子供はケガをしていても元気がいい。私のそばで、じっとさせておくのがたいへんだ」
「ターク様は本当に立派な大剣士様ですね」
そう言って微笑みを浮かべたミヤコは、優しい瞳で私を見詰めた。
――なんて慈愛に満ちた顔だ。まるで乳母のようだな。
ゴイムとは思えないミヤコの表情を見るたび、私は、戦地で見たミア・グジェの姿を思い出した。
――いまではすっかり魔力タンクになってしまったようだが、彼女もまた、こんな笑顔を見せてくれる日がくるだろうか……。
淡い期待に胸がふくらむのを感じて、私はニヤリと口元を歪めた。
△
ミヤコと眠るようになってから、私はミアの夢を見ることが増えていた。
まだ世界に魔法があふれていたころ、幼くて、癒しの加護も持たなかった私は、訓練中に何度か大ケガをした。
そんな私に、治癒魔法をかけてくれた小さな少女。
あの暖かな光、優しい笑顔、治癒の快感。
「ミア……ミア……」
夢のなかで手を伸ばすと彼女に手が届きそうだった。
目が覚めると、あの日以来すっかり萎えてしまった私の闘志が、少し復活している気がする。
ミアをゴイムの務めから解放することこそが、私の戦う理由だったからだ。
△
私の夢に出てくる少女、ミアは、王都にあるメルローズ家本邸の使用人で、出会ったときから奴隷だった。
幼くして高度な魔法を使えたミアは、その力でいつも泣き虫の私を守ってくれた。私は彼女に、幼いながらも恋心をよせていたのだ。
しかし、私が十三歳になるころ、ポルールの戦いが始まり、国中の魔力が不足しはじめると、私の父アグス・メルローズは、ミアをゴイムとして使うようになった。
いつもにこやかだった彼女は、さまざまな行動を禁止され、ただただ吸引される日々に耐えていた。
魔力を吸引する魔法サキュラルは、魔力以上に多くの体力を奪う魔術だ。ミアは父からサキュラルを受けるたび、ひどく弱った。
私は癒しの加護の力で、ミアを回復するため何度も抱きしめた。その度にミアへの想いと父への苛立ちが募っていく。私は父にゴイムの使用をやめるよう懇願した。
「父さん、ミアを解放してください! 彼女はまだ十一です。こんな非道な真似をして、恥ずかしくはないのですか?」
「ターク、研究にはたくさんの魔力が必要だ。お前は黙っていろ」
願いは聞き入れられず、自分の無力さに失望した私は、しだいに自暴自棄になっていった。
そして、ミアは父の研究室から出てこなくなり、姿を見ることもなくなった。
彼女は完全に魔力タンクになってしまったのだろうか。私は怖くて確かめることができなかった。すぐそばに彼女がいるというのに、私はひどく意気地なしだった。
△
十五歳になると、私は幼いころからの剣の師匠である、イーヴ先生が指揮する第一騎士団に入隊した。早く戦いを終わらせれば、ミアをゴイムの勤めから解放できると思ったのだ。
「僕が戦いを終わらせたら、必ずミアを解放してください」
「お前のような泣き虫になにができる。偉そうな口を利くな」
私は父に啖呵を切ったが、父は私を冷たくあしらった。
――それでも、僕は必ず彼女を助け出す……。
この想いは、戦地で戦う私の、原動力のすべてだった。




