04 帰ってきたターク。~領主の仕事は忙しい~
場所:メルローズ領
語り:ターク・メルローズ
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メルローズ領に戻ったものの、私は落ち着いて休むことができなかった。
――休むのは苦手だ。
結局私は休めないまま、毎日自分の治めるメルローズの街を視察して回った。
「きゃー! 魔物よ! 父さんを呼んできて!」
「現れたかコボルトめ! 私の鉄の鍬を受けてみろ!」
「わぁぁ! 父さんがやられたーー!」
王都ほどではないにしても、メルローズ領にも隣接する森からしばしば魔物が現れる。
これらの魔物は、以前は王国の騎士団か、その指揮下の防衛隊が、街に被害がおよぶ前に退治していた。
しかし、戦力がポルールに割かれているいまの状況下では、街の防衛は領民任せだった。
「領主様だ! 領主様が来てくださったぞーー!」
「なんという強さだ……。凶悪なコボルトが赤子のようだ」
「と、当然だ。私は不死身の大剣士ターク・メルローズだからな」
私は領民たちを救うため、街を荒らす魔物を討伐して回った。
この間は動けなかった私だが、森から飛び出してくる小者くらいは、普通に倒せるようだった。
街は治癒魔導師も物資も戦力もすべてが不足しており、ケガに苦しむ人々が溢れていた。
私はまず、力自慢の労働者たちを雇い、防護柵を強化するなど対策を施した。
あとは、ケガ人の治療だ。魔力が尽きるまでは、重篤なケガ人に治癒魔法をかけて回る。
しかし、睡眠不足では魔力はあまり回復しない。ヒールで治療できるのはほんの数人だった。
魔力が尽きると、私は癒しの加護を使い、子供たちを集めて治療した。私が加護で治療するのは子供だけだ。だれにでも加護を使うと、マリルが嫌がるからだ。
「りょうしゅさまきたー!」
「わーい! りょうしゅさまー!」
「あぁ、ケガの具合はどうだ」
気がつくと、私の周りはいつも子供たちがついて歩くようになっていた。
治せるケガ人は多くはないが、それでも領民たちは、「領主様バンザイ」と喜んでくれた。
皆にどう思われるかと気に病んでいたが、少し杞憂がすぎたようだ。
ポルールに戻れないいま、私の戦場はこのメルローズだ。私は毎日、忙しく走り回った。
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数日もすると、領地の人々はいくらか元気を取り戻した。しかし、私自身は体調の悪化が進んでいた。
――うーん。街に戻って休むはずだったんだがな……。領主の仕事は意外にたいへんだ。
しかし、私が情けない姿を見せては、領民の……いや国民の不安をあおってしまうだろう。
こんな田舎で暮らしていても、私は常に注目されている。私が療養のために帰還したことは、皆に悟られないようにしなくてはならない。
――大剣士になったからには、威厳は大切にしろと先生に言われているからな……。
動けば動くほど高まる領民からの期待。これは戦地にいたときと同じだ。
どんなに気分が悪くても、私は懸命に強がった。
△
ほとんど眠れないまま半月以上がたち、足もとのふらつきを抑えきれなくなってきたころ、私はミヤコに出会った。
はじめのうちは、顔もわからないほどに傷ついた彼女に、私の胸は痛むばかりだった。
しかし、不思議なことに、彼女を隣に寝かせるようになって以来、私は悪夢を見なくなったのだ。
そして、彼女のケガがよくなると、私は妙に、ホッとした。
領民の治療では感じたことのない喜び。
それが腹の底からじわじわと湧き起こり、穴だらけの私の心に染み込んでいく。
その夜は朝まで、記憶がないほどに熟睡した。
――なんだこの安心感は……。
私はずっと、彼女を探していた気がした。
△
積み重なる用を済ませ屋敷に戻った私に、「お疲れですね」と声をかけるミヤコ。
癒しの光を纏った私に、疲れてるだの風邪をひくだのと、要らぬ心配ばかりするおかしなゴイムだ。
強がってみても、弱っていることを見透かされているようで、少し腹立たしい。
――だが背に腹は変えられない。睡眠不足も悪夢も、もうたくさんだ。
私は、いろいろと理由をつけては、毎晩ミヤコをそばに寝かせた。
「ひゃっ! ターク様、私を荷物みたいに持ち運ぶのはやめてください!」
「治療のためだ。抵抗するな」
ベッドに入り彼女の顔を見ると、ザワザワしていた気持ちが落ち着きを取り戻し、急激に眠くなる。
睡眠不足が解消されると、食欲が回復し、頭痛やふらつきが治まった。
△
睡眠不足が解消し、さまざまな症状から解放された私だったが、いくつか治らない症状があった。
ときどき起こる耳鳴りや心痛だ。
ミヤコを泣かせたり、困らせたりすれば、これらが起こるのはもう間違いがない。
わざと意地悪を言ったりしようものなら、私はひどい耳鳴りに襲われた。
表情豊かな彼女の一挙一動に、私の心は激しく反応する。
突然胸がドキドキと高鳴ったり、締めつけられるように苦しくなったりするのは、いったいなんの症状だろうか。
そうかと思うと、ポカポカと温かな気持ちになって、気が抜けてしまったりもする。
ならばと外に出てみても、今度は彼女の安否ばかりが気になってしまうのだった。
――私はいったい、どうしてしまったのだ?
沼地で意識を失って以来、すべてが変わってしまった自分に、私はただただ戸惑っていた。




