03 帰路は死神と共に。~うずくまった不死身の大剣士~[挿絵あり]
場所:ベルガノン王国
語り:ターク・メルローズ
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――大丈夫、ポルールにはガルベル様がおられるし、イーヴ先生もいる。物資もあれだけあれば、しばらく問題ないだろう……。
自分にそう言い聞かせながら、私は厩に向かった。
ポルールから私の治めるメルローズ領までは、馬車で五日の距離だった。
昔は転送ゲートであっという間だったが、転移は魔力を大量に消費するため、魔力不足のいまは使用できない。
一人でのんびり、と思ったが、厩に着くとライルが待ちかまえていた。
「ターク一人じゃ心配だから、連れて帰ってあげるよ」
ギザギザの歯をむきだしにして、ニカッと不気味に笑うライル。
「操作は任せて」
そう言うと彼は御者台に飛び乗った。
「なんのつもりだ?」
「安心してよ。報酬はガルベル様にもらうから」
ライルの操作する馬車が第二砦を出て、谷を南に進みはじめると、私は妙にホッとした。
――どうして私は、こんな恐ろしい場所で必死に戦っていたんだ……? あんなに痛い思いをしてまで……。
たくさんの兵士たちが、いまも懸命に戦っているというのに、そのときの私はそんなことしか考えられなかった。
――ポルールにはもう行きたくない。
馬車のなかで膝を抱え、うずくまる姿は、とても人に見せられたものではなかった。
キラキラと金色に輝いていなければ、だれもこんな私を、不死身の大剣士だとは思わなかっただろう。
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ポルールをたって二日目の朝、私は岬にある小さな街にいた。
崖の上に立って海を見下ろすと、海水が大きく渦を巻いているのが見える。
――私が街に帰れば、皆不安になるはずだ。
そんなことを考えながら、白く泡だつ渦を見ていると、ふわっと一歩踏み出してしまいそうになる。
そんな私を、潮風が身体に纏わりつくように押しもどした。
「危ない、永遠にぐるぐる回るハメになるところだった」
そのまま強い風に吹かれ、急かされるように馬車に戻ると、私はパンを取り出し頬張った。
ライルが馬車を出発させ、海は後方に離れていく。
――おかしい……私の心はもっと、燃えていたはずなのに。戦う意思も、叶えたかった願いも、私から抜け落ちてしまったようだ。
まるで心が穴だらけになってしまったかのように、私の胸をスースーと風がとおり抜けていた。
△
三日目、私たちは森を迂回するため、北に向かっていた。
馬車は切り立った岩山と、森の間のでこぼこした道を行く。
ガタガタと音を立てながら走る馬車に揺られながら、私は力なく幌を見あげていた。
――おかしい。まったく眠れない。
身体から噴き出す癒しの光の影響で、私はもともと、かなり寝付きが悪かった。しかし、この二日は『それにしても』と思うほどに眠れなかった。
虫でも入り込んだのかと思うほどに、頭のなかでガサゴソ音がする。特に急ぐ理由もないのに、早く、早くと、胸が急かされる。
心に妙な異物感を感じて、私はまったく落ち着くことができなかった。
△
四日目、隣国クラスタルとの境の砦を左手に見ながら、私たちを乗せた馬車は森の北側を東へ進んでいた。
森を突っ切ってしまえばもっと近いのだが、この森は霧が深いうえに魔物が多い。
いつもの私なら恐れる場所ではないが、このときの私にはまったく無理をする気力がなかった。
頭痛、目眩、耳鳴り、動悸、心痛……不死身の私には無縁だった、さまざまな症状が私を襲いはじめている。食欲もなくなりパンも飲み込めない。
――今日は早めに宿を取って休もう。景色の美しい村があったはずだ。
私たちは、色とりどりの花が咲き乱れる、小さな村に立ち寄ることにした。
全身真っ黒な鎧姿の私と、真っ黒いローブに頭まですっぽり包まれたライルには、まったく似合わない場所だ。
それでも、私は癒しを求め、少し遠回りをして、その村に立ち寄った。
しかし、到着してみると、村は森から現れたオークに襲われている最中だった。か弱い村人たちが、悲鳴をあげて逃げ惑っている。
――助けなくては……。
暴れているのは、沼地の巨大な魔獣に比べれば、なんということのない魔物だ。
しかしここでも、オヤツになった恐怖が、私の足をすくませた。
ライルが鎌を振りまわし、魔物を退治すると、彼の被っていたフードが外れ、異形の耳がひょっこりと現れる。
「きゃー! 不吉よ! 黒い化け猫だわ!」
「死神がでたぞー!」
黒猫の獣人というのは、昔からずいぶんな嫌われものだ。
鎌を持ったライルの姿は、大昔から近隣諸国で語り継がれる、死神にそっくりだった。
私たちは村を追い出され、草原で野営することとなった。
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五日目、東に向かっていた馬車は、ようやくメルローズ領へ向けて南下をはじめた。
この辺りの平原は、頻繁に魔物が飛び出してくる。しかし私は、それらを全てライルに任せ、ただただぼんやりと馬車に揺られていた。
昨夜の野営で、ひどい悪夢にうなされ、まったく気力がわかなかったのだ。
――屋敷に着いたら今度こそしっかり寝よう。私は不死身の大剣士ターク・メルローズだ。こんな精神攻撃に屈するわけにはいかない。
日が西に傾くころ、私たちはメルローズの街に到着した。




