02 アグスとミア・グジェ。~冷たい父と心を失くした君~[挿絵あり]
場所:第二砦
語り:ターク・メルローズ
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にわかに外が騒がしくなり、私とイーヴ先生が砦から出ると、谷のほうから荷馬車が入ってきたところだった。
大量の物資を積み、何台も連なって、護衛のための兵士も大勢付いている。
その先頭で、物資の補充に喜ぶ兵士たちに囲まれた男が一人、ニヤリと口元に笑みを湛えていた。
私と同じ黒い瞳。黒い髪はボサボサと長く伸びている。
金の片眼鏡をかけ、研究用の白衣を着込んだその男は、私の父、アグス・メルローズだった。しばらく見ない間にまたずいぶんとやつれている。
「父さん……」
私の姿に気付いた父の口元から、湛えていた笑みが消える。冷たい目でギロリと睨まれた私は、失望とも怒りとも言える感情に苛立ち、父から目を逸らした。
まるで、私のことなど見えていないかのように、父はしばらくイーヴ先生と話し込んでいた。そして、荷下ろしがあるからと作業に戻っていく。
「ターク、アグス様が物資をもってきてくださった! これでしばらく第二砦は持ち堪えられるはずだ。お前は安心して街に戻れ」
「わ……わかりました」
イーヴ先生に促され、帰り支度を終えた私が基地から出ると、父が物資を警備中の兵たちに指示を出していた。
――帰ることを伝えなくては……。
そう思いながら、ぼんやりと立ち尽くしている私に気づいた父は、威圧的な眼差しで私を見下して言い放った。
「なんだ。逃げるのかターク。あんな生意気なことを言っておいて、情けないやつだな」
悔しさに声が出ず、「く……」と押し黙った私に、気が付いたイーヴ先生が駆け寄って父を宥めた。
「アグス様、タークには休養が必要です。帰れと指示を出したのは私です」
「まったく、大剣士だなんだともてはやされて、いい気になっているから、足をすくわれるのだ」
父は私を鼻で笑い、さっさと消えろとばかりに手を振った。
相変わらず父は私を嫌っている。だが別にかまわない。私も同じだ。しかしいまは、一言も言い返せないのがつらい。
私はよたよたとふらつきながら、父の前を離れた。
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気持ちを落ち着けようと、人目を避け、木の陰で休んでいた私の耳に、兵士たちの噂話が聞こえてきた。
彼らが話していたのは、父がここ数年ゴイムとして使用している少女、ミアのことだった。
「おい、今回はミア様も来ているらしいぞ」
「お前、ゴイムなんかに様付けするのはやめろよ」
「だけど見ただろ? あの美しい顔に見事な無表情。そそると思わないか?」
「まぁ、この戦場を支えている魔力回復薬ミア・グジェに込められた魔力は、ほとんどが彼女のものだと聞くからな。崇めるのも無理はないが……」
――ミアが来ているのか……。近頃はずいぶんミアを崇拝するヤツが増えてきたな。
私がいることに気付かない兵士たちは、さらに父の話をはじめた。
「しかし、アグス様の魔道具や物資はかなりの高額で売買されていると聞く。この戦いでいちばん儲かっているのはあのお方だろうな」
「あー、実は恐ろしい人だって話も聞くな」
「ミア様たちゴイムを、あんな完璧な魔力タンクに仕上げたんだからな。恐ろしいに決まってるよ」
――父の評判は相変わらずよくないようだな。
ここ数年で、父にはすっかり、冷酷な守銭奴のイメージが定着していた。
△
兵士たちに見つからないように、コソコソと部屋に戻った私は、荷物を持って再び基地を出た。
基地の外には、いつの間にか大きな輿が置かれていた。メルローズ家に仕える兵隊たちが仰々しくそれを守っている。
乗っているのは父が使っている三人のゴイムの少女たちだ。
神聖なほどに表情のない彼女たち。その中心に座るのが、一際目を引く美しさを放つ噂のゴイム、ミア・グジェだった。
魔力回復ポーションが、一般的に彼女の名でよばれるようになるほど、彼女の魔力は無尽蔵だ。
そんな彼女を崇めるように、魔力を求める兵士たちがその周りに集まっている。
あのゴイムたちが乗る輿自体が、父の作った魔道具らしい。
三人は輿のなかで、金色の歯車が回る魔道具が付いた鈴を鳴らした。
すると、周囲に清らかな光を放つ魔法陣が形成され、そのなかに集まった兵士たちの魔力が、しだいに回復していく。
――ミア……ごめん。私は一度街へ帰るよ。
私は、胸が詰まる想いでその光景から目を逸らし、馬車に乗るため厩を目指した。




