01 戦火の街ポルールとターク。~やめてくれ!限界だ!~
場所:ポルール
語り:ターク・メルローズ
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ポルールの北に位置するルカラ湿地帯には、五年前まで、キラキラと輝く水をたたえた大きなルカラ湖があった。
湖を取り囲む広々としたルカラ平原と、その奥にあるルカラの森。砦から眺めるその風景は、まるで一枚の絵画のように美しく、この街を訪れる人々の心を癒していた。
しかしある日、その異変はなんの前触れもなくはじまった。突然ルカラ湖から粘土のような泥と、真っ黒なモヤが溢れ出したのだ。
そして瞬く間に、美しかった湖や平原は、ドロドロの沼地に一変してしまった。
モヤは沼地を覆うように大きく広がり、そこから次々と、凶暴な魔獣があふれ出してきた。
現れた魔獣たちは、ポルールとルカラの堺にある第一砦をめがけ、一斉に行進をはじめた。
そして、その日のうちに砦は破られ、労働者たちの活気にあふれていたポルールの街は、すっかり戦場と化してしまったのだった。
しかし、モヤから現れたのは、巨大な魔獣ばかりではなかった。真っ黒なローブ姿の闇魔導師たちが、魔獣を砦にけしかけていたのだ。
「ゼーニジリアス様の御心のままに……」
彼らは皆謎の言葉を呟き、まるで自分の意思を持たないかのようだ。その顔は闇のモヤに包まれ、いったいだれなのか判別もつかない。
ベルガノンの魔法師たちになじみのない、不思議な魔術で魔獣を操る彼らは、本当に不気味で恐ろしかった。
そして、彼らの操る魔獣たちは、まるで無限かのように、倒しても倒しても、いくらでも湧いて現れたのだった。
王国軍は、彼らのこれ以上の進行を防ぐため、総力をあげて戦った。
ポルールとその南にある谷の境にかまえた、第二砦が前線基地だ。
しかし、二年たってもゼーニジリアスは姿さえ見せない。ポルールに現れる魔獣や闇魔導師たちも、増えるばかりだった。
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十六歳になる少し前、私、ターク・メルローズは、大剣を手にポルールへ乗り込んだ。
そして、剣の師匠であるイーヴ先生や、大魔道士ガルベル様とともに、第一線で死闘を繰り広げた。
沼地から現れる魔獣は、ほかの場所では見ないくらい巨大だ。全長が六メートルを超えるようなものもしばしば現れる。
一般の兵士たちのほとんどは、魔獣に近づくことができず、砦から弓や魔導砲を撃つのが精一杯だった。
ポルールに降り立ち、近接戦で戦っていたのは、イーヴ先生の率いる第一騎士団くらいだ。
私はその一員として、ポルールを走り回り、大剣を振り回して、魔獣たちを倒しに倒した。
魔獣たちは、獅子や象など、動物の姿をしており、どれも皆凶暴だ。やはりいちばん恐ろしいのは、巨大な足で踏みつぶされることだった。
しかし、もちろんそれだけではない。引っかきや噛み付き攻撃、さらには魔法を使ってくるヤツまでいる。
だがやはり、私の身体能力は、ここでも一人ずば抜けていた。
騎士団の先鋭たちが、十人がかりで手こずるような魔獣も、イーヴ先生に教えられた強力な剣技があれば一撃だ。
私の背中に背負った特殊な大剣も、私の強さを揺るがぬものにしていた。
そして、癒しの加護がある限り、私の体は傷つくこともない。
私は、ポルールに来てすぐ、街の東に集まっていた魔獣たちを、たった一人で一網打尽にしてしまった。それは当時、第一騎士団が長い間手を焼いていた、巨大な魔獣の大群だった。
十七歳になるころ、私は戦地での功績を認められ、王から大剣士の称号を与えられた。
私はこの国の希望として持ちあげられ、国中が不死身の大剣士の話で、祭りのような騒ぎになった。
しかし、倒しても倒しても、魔獣は沼地から次々に湧いてくる。戦力不足、魔力不足はしだいに深刻さを増していった。
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そして、十八歳になったある夏の日。
偵察のため一人沼地の奥まで行っていたはずの私は、なぜか谷にある第二砦で目覚めた。
何日もの間行方不明になっていた私を、イーヴ先生が見つけ出し連れ帰ったという。
「ターク、お前を発見したときの私の気持ちがわかるか?」
ベッドに座った私の、ぼんやりとした顔を覗き込んだイーヴ先生は、いまにも泣き出しそうな顔をしていた。
「先生、不死身の僕が、なぜ意識不明に……?」
「わからない……。しかし、お前を殺せないことに気付いたゼーニジリアスは、お前の精神を破壊しようとしているのかもしれない。ターク、ここは危ない。一度街に戻れ」
先生は私に、戦地を離れるよう指示を出した。
彼が私に帰れと言い出したのは、もう二度目のことだった。
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イーヴ先生に街へ帰るよう促された私は、あきれた顔でため息をついた。私は国の希望、不死身の大剣士だ。そう何度も戦線を離れることはできない。
「先生、冗談はやめてください。僕が街に戻ったりしたら、第二砦が破られてしまいます」
「ターク、お前を目覚めさせるため、私とガルベル様はずいぶん苦労した。もう次はないぞ」
先生はなにかを恐れているようだったが、私は「そんなものに屈するわけにはいかない」と、食い下がった。そして、制止を振り切り、戦線に戻った。
しかし、襲いくる魔獣を前にして、私の体はピタリとかたまってしまった。
――なんだ……? どうして私はこんな場所で戦っているんだ……?
いままでの私には考えられないような、情けない考えが頭を支配し、動けないまま身体中を食いちぎられていく。
前のめりに倒れ込んだ私のうえに、普段は気にも止めていなかったような、小型の魔獣が山のように群がった。
「ゼーニジリアス様の御心のままに……」
気持ちの悪いセリフを呪文のように唱えながら、私に魔獣をけしかける闇魔導師たち。
――ゼーニジリアスっていったいだれなんだ。私たちは、なにと戦っている……?
裂いても砕いても元に戻る私の体を、魔獣たちは何度も何度も食いちぎる。激しい痛みが全身を襲った。
――もうやめてくれ! 限界だ!
私がたまらず涙を流したとき、イーヴ先生が駆けつけ、魔獣の山から私を引きずり出した。
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なくならない魔獣のオヤツになってしまった私だったが、傷はいつもどおりすぐに回復した。
しかし、不思議なことに、いつまでたっても涙が止まらない。イーヴ先生は、血と涙に濡れた私を、力強く抱きしめて言った。
「わかったか? ターク。いまのお前はまだ危険な状態だ。とにかく帰って休め。一人が嫌なら私がついて帰ってやるぞ? どうだ?」
大剣士の威厳と風格を大切にしろ
いつもはそんなことを、しつこく言ってくるイーヴ先生。しかし、実のところ、私をいちばん子供扱いしているのはこの人だ。
――いったい、どうしてこんなことに……? 沼地の奥でなにがあった……?
イーヴ先生の腕のなかで泣きながら、必死に考えてみたが、思い出そうとしても頭痛がするばかりだった。
「ですが……このままでは第二砦が……」
私がそういいかけたとき、基地の外から騒がしい兵士たちの声が聞こえてきた。
「アグス様だ! アグス様が物資を持ってきてくださったぞ!」
「これで魔力を回復できるぞ! まずはケガ人の治療だ!」
「よっしゃー! 魔導砲を起動できるぞ!」
外に出てみると、何台もの荷馬車に積まれた大量の物資を背に、一人の男が立っていた。男は顎髭をいじりながら、得意げにニヤリと笑っていた。




