10 先生と英雄と妹弟子。~ターク!お前は英雄になる~[挿絵あり]
語り:ターク・メルローズ
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私の話をする前に、敬愛する師匠の話をしたい。
私の剣の師匠、イーヴ・シュトラウブは高度な魔術で何本もの剣を出現させて操ることができる、超一流の魔導剣士だ。
彼はポルールでの魔獣との戦いにおいて、ベルガノン王国を最前線で守る、第一騎士団の隊長でもある。
二十年前に起こった隣国クラスタルからの侵略戦争。
その大戦の英雄としては、大魔導士ガルベル様や、怪力の巨人剣士フィルマン様がしきりに語られている。
二人は一年におよぶ戦いの後、その並外れた魔力とパワーで、ベルガノンに攻め入った敵軍を壊滅させたという。
しかし、当時まだ若かった私の師匠も、大いに戦い、活躍したと聞いている。
いざ戦いとなれば、とても怖ろしい剣技を繰り出すイーヴ先生。
だが見た目には、輝く金色の髪と、神秘的なグリーンの瞳が美しい朗らかな優男だ。
彼が街を歩くと、その女性のハートを鷲掴みにする甘いマスクに、失神する女性があとを絶たない。
もう四十歳も目前といういまになっても、彼の美貌は衰え知らずだ。そんな彼の周りにはいつだって、たくさんの女性が姿を見せていた。
しかし、どんなに言い寄られても、彼は特定の女性を選ばず、皆を広く愛する姿勢を貫いている。
目につくものをとにかく愛する彼の愛は、海より深く遠くまで広がっているようだ。
そんな先生についた異名は、『愛の国の王子』だった。
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道具職人でもある私の父は、古くからガルベル様やフィルマン様はもちろん、イーヴ先生の魔導装備も作っていた。
そのためか四人は親交が深く、よく集まっては酒を飲み交わし、国の未来について話しあったりしていた。
クラスタルとの和平条約も結ばれ、当時のこの国は、今に比べれば平和なものだった。
だが、ベルガノンは大国に囲まれた大陸の端の小国だ。平和だからとあまり、気を抜くわけにもいかない。
先の大戦のあとも、四人は国防の強化のため、部隊の編成や若者達の訓練、魔道具の開発などに尽力してきた。
そんなわけで私も、イーヴ先生のもと、六歳から剣の修行をはじめることとなった。
イーヴ先生は自分の弟子たちも皆、わが子のように猛烈に可愛がる。そんな彼に私も、例に漏れず盛大に愛された。
「そうだ! その調子だ! 素晴らしいぞ! なんて可愛いんだ、ターク!」
周りの子供とはかけ離れた身体能力をもつ私は、当時すでに神童とよばれていた。
自分ではわからないが、幼いとはいえ、きっとそこそこに生意気だったはずだ。
しかし、そんな私に、彼は可愛いを連呼した。
――お遊戯してるんじゃないんだぞ?
「わ、不満そうな顔も可愛いぞ、ターク!」
先生の弟子への溺愛っぷりには少し引くものがある。しかし彼は、未熟な私に怒りもせず、愛を込めてさまざまな剣技を叩き込んでくれた。
教えれば教えだだけどんどん上達する私は、彼の自慢の一番弟子らしい。
しかし、私は最大魔力量がいまひとつ増えず、イーヴ先生が得意とする、魔導剣士のスタイルには向かなかった。
彼は私の腕力の強さに目をつけると、大剣を持たせ、それにあわせた剣技を選んで教えるようになった。
イーヴ先生が私のために選ぶ大剣用の技は、大体が彼の憧れる、フィルマン様の得意とするものだった。
「すごいぞ、ターク! お前はフィルマン様にも負けない英雄になる!」
褒めて伸ばすタイプのイーヴ先生に、私はすっかり、その気にさせられたのかもしれない。
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一方、私の少しあとにイーヴ先生に弟子入りしたカミルは、先生に憧れ、魔道剣士を目指していた。
なにかと私をライバル視する彼女だったが、血気盛んな割に少し要領が悪く、小さいころからケガが多かった。
その辺で転んだり穴に落ちたりするのはいつものこと。得意とする水属性魔法で溺れてみたり、詠唱中のイーヴ先生に不用意に近づいては、雷に打たれるのもしばしばだ。
それから、いきなり私に飛びかかってきては、返り討ちに遭うのも、珍しいことではなかった。
今思い出しても本当に、人騒がせなヤツだ。
それでもカミルがケガをするたび、イーヴ先生は大慌てで治癒魔法師をよびに走った。
実は、先生はかなり涙もろく、弟子のちょっとしたケガでも大騒ぎする、可愛い人だ。
「カミル! 頼むからケガばかりして先生を泣かせないでくれ! お前のことが心配で、私はハゲてしまうぞ」
カミルのことも、私と同じように溺愛していた先生。しかし、「カミルはあまり戦闘向きじゃない」と、ときどき頭を抱えていた。
だが、カミルの粘り強さは、私たちの予想をはるかに超えていたのだ。
彼女はケガを繰り返しながらも、先生のいなくなった訓練場で、とにかく特訓の日々を送ってきた。
そして、その結果、国で有数の魔道剣士として、評価されるようになったのだ。
その後、騎士に任命された彼女は、十六歳にして防衛隊第三部隊の隊長にまでなった。
だが、カミルが頑張っていた本当の目的は、別のところにあったのかもしれない。
最近は言わなくなったが、先生のいるポルールによばれ、彼と一緒に戦いたいと、彼女は昔、よく言っていたのだ。
そして、戦地によばれた私に対し、イーヴ先生が私を贔屓していると、彼女はしばしば食ってかかった。
彼女がなにかと口うるさいのは、そういうやっかみが原因なのだろうと、私は思っていた。




