09 抵抗するな。~宮子は安眠グッズですか?~
場所:タークの屋敷(ベッドルーム)
語り:小鳥遊宮子
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「早く記憶を戻したいというなら、今夜はたっぷり加護を与えてやろう」
そう言ったターク様は、「これでなにも問題ない」と言わんばかりにニヤニヤと笑った。
――あわわ。なんだかますます怖いです! それに、結局加護を受けたのではマリルさんに申しわけが立ちません!
「えっ? いえっ、ちょっとそれは……」と、引きつった顔で後退りする私を見て、「なんだ? 問題あるのか?」と、ターク様はまた不満げに顔をしかめた。
だけど、やっぱり、これ以上ターク様の加護は受けられない。なんとか添い寝を免れようと、私は闇雲に口を動かした。
「えっと……。私の記憶喪失って、加護の力じゃ治らないんじゃないでしょうか?」
「ん? どういうことだ?」
「なんというか、私、やっぱり別の世界から来たので……記憶が喪失したわけじゃないというか……なんというか……」
「別の世界か……。まぁ、あり得ないな」
バッサリと日本の存在を切り捨てるターク様。彼がこの話を信じていないのはわかっているけれど、はっきりと否定されると悲しくなってしまう。
しょんぼりと肩を落とした私を見て、ターク様はまた「く……」と、苦しそうに胸をおさえた。
「いや……異世界がないとは言ってないぞ。異世界間の移動は難しいだろうという話だ」
少し気まずそうな顔で、そう言い直すターク様。
「そうなんですか……?」
「あぁ、転移魔法には膨大な魔力を消費するからな。万が一実現したとして、わざわざお前をよんでどうするんだ?」
「それもそうですね……」
「とにかく、お前の所有者については、私もあちこち手を回して調べているから心配するな。慌てなくてもそのうちわかるはずだ。だが、お前が早く主人の元に戻りたいというなら、もっと急いで調べるとしよう」
「は、はい! よろしくお願いします!」
急に少し優しくなったターク様にホッとしていると、ターク様はデスクのうえをガサガサと片づけはじめた。どうやら今日の仕事はここまでのようだ。
「まぁ、なんにしても、記憶が戻ればそれがいちばん早い。大丈夫だ、私と眠っていればそのうち治る。さあ、ごちゃごちゃ言ってないで早く寝よう」
「いや、え? でも……」
早く早くというように、私の肩をおし、ベッドルームへ押しこむターク様。
――どうしよう! マリルさんと約束したのに! もう言いわけが出てこない!
無言で抵抗する私を、ターク様はジロリと見下ろす。
不満そうに腕組みをした彼は、私の退路を断つように、ベッドルームの扉に背をつけた。
「さっきからなんだ? 記憶を戻したいのか戻したくないのか」
「も、もちろん、戻したいです」
「そうだよな、それに、私に魔力を送って恩返ししたいって言ったよな?」
「い、言いました……けど……」
「なら、なぜ抵抗するんだ? 早くベッドに入れ」
「で、でも……」
「なんなんだ? 私はお前がいないと眠れないのに!」
「はい!?」
――な!? なんですか、それ!?
私が目を丸くして口をパクパクさせると、ターク様は「しまった」という顔をした。
額に手を当て、首を横に振る彼。疲れのせいか、うっかり口を滑らせたようだ。
――え? ほんとに、ほんとに、なんですか、それ!?
「と、とにかく、寝るぞ……」
「ひゃいっ……」
私は諦めてターク様のベッドに入った。
命の恩人であるターク様に、「お前がいないと眠れない」なんて言われたら、どうしたって断りようがない。
――マリルさん、お許し下さい……。これは、ターク様の安眠のためです……。
ターク様は、私がとなりに横になったのを確認すると、満足したようにひとつ頷いた。
「私が起きるまでそこにいろよ」
「わかりました……」
「よし」
彼はまた、あっという間に寝てしまった。だけど、私はなかなか寝付けない。
ターク様が、あまりにもドキドキするようなことを言うからだ。
だけどたぶん、深い意味はないのだろう。
――だれかいたほうが落ち着く……とかそういうことかな?
――それにしてもターク様……本当に、不眠症なんですか……?
暗くなりきらない部屋のなか、キラキラ光るターク様の寝顔は、母の胸で眠る子供のように安らかだった。




