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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第3章 突然の訪問者達

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07 激情のマリルさん。~婚約者なんて聞いてません~

 場所:タークの屋敷(バスルーム)

 語り:小鳥遊宮子

 *************



「僕の役目は完了したね」



 ターク様の部屋に戻り、だれもいないのを確認すると、ライルはささっといなくなってしまった。



 ――もっとゆっくり、可愛い猫耳を見ていたかったな。そのうちまた会えるかな……?



 書斎のソファでぼんやりそんなことを考えていると、アンナさんがバタバタと駆け込んできた。



「ミヤコさん、困ったことになったわ。あなた、どこかに隠れていたほうがいいわよ!」


「な、なにごとですか?」


「いまね、ターク様の婚約者の、マリル様がこちらに向かってるの。きっと、お部屋に女性がいるのを見たら、気分がよくないと思うから」


「え……? 婚約者ですか?」



 思いも寄らないことを言われ、私は後頭部を石の壁に打ちつけられたときのような、(すさ)まじい衝撃を感じていた。


 あんなに毎日私を隣に寝かせていたターク様。治療のためとはいえ、彼は私の傷口に、何度もキスをしていたのだ。


 そんな彼に、まさか婚約者がいるなんて、本当にまったく、想像もしていなかった。


 こんなのはまるで信じられない、夢か異世界の話に思える。



 ――う、う、うそでしょ?



 でも、アンナさんの言うとおりだ。婚約者さんがいるなら、この状況はまずいに決まっている。



「えっと、私は、どこにいれば……?」


「そうね、どうしましょう? ライル君がいないと部屋からは出せないし……。マリル様が帰るまでバスルームにでも隠れていてくれる?」


「わかりました!」



 私は青い顔で、あたふたとバスルームに移動すると、口をパクパクさせながら心のなかで叫んだ。



 ――婚約者なんて、聞いてないですよ!? ターク様!



 だけど、よく思い返してみると、マリルという名前に聞き覚えがあった。



 ――魔力を貯めないとマリルがうるさいって言ってたっけ。あれは婚約者さんのことだったんだ。



 きっと、ターク様の婚約者さんは、私なんかより、もっとずっと前から、彼の心配をしてきたのだろう。



 ――私ったら、ターク様の魔力を回復させてあげたいだなんて、なんて出すぎたことを考えていたの……?



 私はなんだか自分が恥ずかしくなって、スカートの裾を握りしめた。なぜだかとても、やり切れない気分だった。


 しばらくすると、どうやら客人が来たらしい気配がした。


 だけど、バスルームは客室との間に、書斎とベッドルームをはさんでいるため、話し声などは聞きとれない。



 ――ターク様が留守なのに、いったいなにしにきたのかな……。



 聞き耳を立てようと、バスルームの扉に寄りかかったとたん、突然扉が開いて、私は前のめりに倒れ込んだ。



「きゃ!?」


「あぁら、こんなところにいましたのね」



 無様に床に転がった私。見あげると、赤い髪を縦巻きにした少女が、ひどく冷たい表情で私を見下ろしていた。


 背が小さめで、まだ中学生くらいに見えるけれど、すごく華やかで可愛らしい人だ。まるでフランス人形のような、豪華なドレスがよく似合っている。貴族の御令嬢なのは、まず間違いなさそうだ。


 彼女なら、光り輝くターク様の隣に立っても、なんら遜色(そんしょく)がないだろう。すごくお似合いのカップルだと思う。



 ――可愛い! こんな状況でなければ、ゆっくり愛でたいくらいだわ!


 ――ターク様はどうして、こんなステキな婚約者さんがいることを一言も言ってくれないの?



 ……と、思ってみたけれど、ターク様はそもそも、重要なことをなかなか話さない。


 とりあえず、マリルさんは命の恩人の婚約者様だ。隠れておいて今さらだけど、丁寧(ていねい)にご挨拶しなくてはいけないだろう。



「ひ、ひゃ、こにっちゃっ」



 あせって変な声を出してしまった私を見て、マリルさんは眉をひそめ、クスッと笑った。



「あら、ごめんあそばせ。わたくし、ゴイムの言葉はわからなくてよ。だけど、なんて珍妙(ちんみょう)なのかしら。珍獣好きのターク様が、(えさ)の世話をしたくなるのも納得ですわね。わたくしは少し、珍獣は苦手なんですけれど」


「はひゃ……!?」



 可愛い顔をこれ以上ないくらいに歪め、完全に私を(さげす)んだ顔をしているマリルさん。



 ――なんて迫力なの!?



 寿命が縮むのを感じた私は、首をすくめて口をパクパクさせた。



「あら、やっぱり意思疎通は難しいようですわね。だけど、そんな惨めな姿で、ターク様の同情を引いて居座ろうだなんて、なんて狡猾(こうかつ)な珍獣なのかしら。お優しいターク様のお気持ちを想うと、わたくし、胸が詰まるようですわ」


「ふひっ……」



 その上品でゆったりとした口調とは裏腹に、低く凄味のある声が、私の肩を縮みあがらせた。彼女の小さな身体から発されているとは、とても思えない威圧感だ。


 氷のように冷ややかだったグレーの瞳に、しだいに激しい怒気(どき)が渦巻き、彼女の赤い髪が、まるでメラメラと燃えているように見えた。



 ――ターク様!? 婚約者さん、ものすごく怒ってますけど!?



 私は床に手を付いたまま、彼女を見あげることしかできなかった。ヤキモチからくる女子の敵意に晒されるのには慣れているけれど、マリルさんはちょっと迫力が違う。


 達也ファンの女子十人……いや二十人に取り囲まれたくらいは怖い。


 いますぐ逃げ出したいけれど、すっかり怖気付いた私は、まったく腰に力が入らなかった。


 見あげるばかりの私に、マリルさんは突然語気を強めはじめた。



「なにがゴイムよ! 魔力供給もできないくせに! それにこれはなんなのかしら? こんなものをデスクに置いて、まさか、わたくしのターク様に食べさせるつもりだったのかしら!?」



 よく見ると、マリルさんの手には、さっき私が作ったクッキーが握られていた。



「そ、それは……! 恩返しのつもりで……」



 慌てて手を伸ばす私の顔面めがけて、彼女はクッキーを投げつけた。クッキーは私の鼻に当たると、粉々になって床に散らばった。



「ひゃっ」



 涙目になって鼻をおさえる私の顔を覗き込み、彼女はさらに罵倒(ばとう)をつづける。



「あら、綺麗な肌ですこと。やっぱり、ターク様の加護を受けたんですのね。ヒールではこんなに綺麗になりませんものね? 本当に、なんて図々しい奴隷なのかしら!? この、恥知らず! みにくい珍獣!」



 そう言うと彼女は思いっきり腕を振りかぶって、私にビンタを喰らわせた。バチーン! と大きな音がバスルームに響き渡る。



「ぎゃぁっ!」



「まさか、あなた、あのベッドでターク様と、一緒に寝てたんじゃないでしょうね!? まさか……、ターク様の恋人にでも、なったつもりだったんじゃないでしょうね?」



 彼女は私に馬乗りになると、握った拳を、何度も私に振り下ろした。



「ゆ、許してください、マリルさん、私そんなつもりは……っ」



 見あげた彼女の瞳には、涙がたまっている。



 ――まさかターク様の婚約者さんに、こんな想いをさせていたなんて……。


 ――私、ターク様の優しさに甘えきってました……。



 これは、なにかの天罰なのかもしれない。そう思った私は、彼女の小さな拳が振り下ろされるのを、じっと身体で受け止めた。



「いやだ。汚らわしい魔力が私に入ってくるわ……」



 彼女はそう言うと、突然立ちあがり、パンパンとドレスをはたいた。



「いけない。あなたにケガをさせると、ターク様がまた魔力や加護を使ってしまいますわね。いいこと? 赤くなったところは氷水で冷やして消しておくのよ? 告げ口なんてしたら許しませんわよ」


「ふぁい……!」


「それから、ターク様はお優しいけれど、決してあなたを大切に思ったりしてるわけじゃないんですからね!」


「ひゃいっ」


「ターク様が大切にしてるのは婚約者である、この、わたくしだけなんですから。よく覚えておいてね! 自分がただのゴイムだってこともね!」


「ひゃい! わかりました! 気をつけます!」



 早口でまくし立てる彼女に、私は必死に返事をした。


 彼女は床に散らばったクッキーを丁寧に踏みにじって、すっかり粉に戻してから帰っていった。




 しばらくして、放心状態の私のもとに、アンナさんがやってきた。彼女は黙ったまま、赤くなった私の顔を冷やしたり、粉になったクッキーを片付けたりしてくれた。


 きっとアンナさんは、怒ったマリルさんを見るのが、はじめてではないのだろう。「やっぱりか……」という顔をしているように見える。


 その日は、『王都で子供たちを治療する』と連絡があり、ターク様は帰ってこなかった。


 私はアンナさんに、「このことはターク様には秘密にして欲しい」と、懸命にお願いした。そして、彼が帰ってくるまで、必死に顔を冷やしてすごしたのだった。



 マリルさんから激しい怒りをぶつけられた宮子。達也のことで慣れているとはいえ、かなりビビってしまいます。


 せっかく作ったクッキーを踏みにじられたというのに、ターク様の婚約者さんを悲しませたことのショックが先に立つ宮子です。


 次回、宮子はターク様のためにも、さっさと所有者のもとへ行こうと決心しますが……。


 挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 早く……早くマリルのくやしがる姿が見たい……。 憎まれ役って書くのが難しいのに、さらっと書いていらっしゃるのはうらやましい! お勉強になりますm(_ _)m
[良い点] やはりこうなりましたか。 予測通りでしたが女の情念とは恐ろしいものです。 リアルな描写で、思わず震えあがりました。 マリルの行動も当然ですが…… しかし彼女はこれではターク様とうまくいか…
[一言] 宮子はなんと言ったら…マリル様の気持ちも分かる本当にいい子なのでしょう! でもやり過ぎられましたが次話に期待しております( ´•ᴗ•ก)
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