06 私は自由!~護衛は黒猫?~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
*************
カミルさんが帰ると、ターク様はすぐに、屋敷の修復と、私の護衛の手配をはじめた。
「護衛にピッタリのヤツがいる。サーラ、ライルを探してこい」
「かしこまりました!」
しばらくしてターク様のもとにやってきたのは、真っ黒な猫耳と尻尾を生やした小柄な少年だった。
「ミヤコ、今日の護衛のライルだ」
「わぁ~! ステキ! 獣人さんですね!? 前に窓から見かけて、ずっと会ってみたかったんです! よろしくね、ライル君!」
「ライルでいいよ。今日は僕がついて歩くから、安心して」
「ありがとう!」
はじめて間近で見る本物の猫耳に、私は思わず興奮してしまった。黒いツヤツヤの髪の間から、ひょっこり飛び出したフサフサの耳。それが、時折音を拾っているのか、ぴくぴくと動いている。
私が目を輝かせていると、ターク様は不思議そうな顔をした。
「なんだ、ライルが気に入ったのか?」
「はい! すごく可愛いです!」
「可愛い? ライルは魔女の遣いだぞ」
「魔女の遣い?」
「うん、僕は大魔道士ガルベル様の飼い猫だからね。獣人というよりは化け猫かな」
「ば、化け猫!?」
「うん、見てて!」
ライルはそう言ったかと思うと、みるみる小さくなって、あっという間に黒猫の姿になった。
「きゃ! なんて可愛い猫ちゃんなの!」
「えへへ。ありがとう、ミヤコ」
「変身できるなんて、すごいね、ライル!」
小さな黒猫ちゃんになっても、ライルは口を動かしてしっかり人間の言葉を話す。語尾に「にゃ」と、付いていないのが少し惜しいけど、これはこれですごく可愛い!
私がますますはしゃいでいるのを見て、ターク様は苦笑いを浮かべた。
「大抵のやつは、ライルを見ると不吉だと言って逃げるんだがな。だが、気に入ったならよかった。ライルは見た目よりずっと強いし、こいつがいればだれも近づかない。護衛にピッタリだ」
「まったく、不吉だなんて、失礼だよね」
ライルは不満そうにそう言って、また少年の姿になった。ライルがニカッと笑うと、鋭く尖ったギザギザの歯が剥き出しになり、ぬらりと光る。
――確かに、魔女が飼っている化け猫だなんて紹介されると、この笑顔は少し不気味かも……。
――だけど、こんなに可愛い猫耳少年を、皆が避けるなんて。
「よし、頼んだぞ。では、私は今度こそ出かけるが……。ミヤコ、魔力が溜まったいまの状態は、前よりさらに危険だからな。ライルがいるとは言え屋敷の外には出るなよ」
「はい! ターク様、ありがとうございます!」
ターク様はニコニコしている私を見て、「少し不安だな」という顔をしながら、念をおして出かけていった。
「僕に頼み事をするなんて、タークはずいぶんミヤコが大事なんだな」
ターク様が屋敷を出ると、とライルがぽそりと、そう呟いた。
確かに、たまたま拾ってしまったゴイム相手に、ターク様は少し過保護な気がする。
こんな風に心配されると、あの、林間学校前の達也をついつい思い出してしまう。
だけど、きっとそれだけ、私のいまの状態が危険なのだろう。
△
私はとりあえず、メイドさんから掃除道具を借りて、ターク様の部屋を掃除して回った。
ターク様の部屋……と、一言で言っても、書斎に書庫、ベッドルームとバスルームに、客室もあわせるとかなりの広さだ。
特に客室は、ステキなテーブルとソファがいくつもあり、グランドピアノのような大きな楽器も置かれていて、とても豪華な作りになっていた。
メイドさんたちがいつも綺麗にしてくれていたけれど、花瓶やテーブルがひっくりかえってしまっている。これは、なかなかやり甲斐がありそうだ。
修理に来た職人さんたちの邪魔にならないよう気をつけながら、壊れた破片を拾い、こぼれた水を拭き取った。日頃の感謝を込めて、窓や壁も、ピカピカに磨きあげる。
――楽しい♪
掃除を楽しんでいた私だけれど、ふと、間近に人の気配を感じ、振り返った。壁を修理していた作業員が一人、私のことをじっと見ている。
「ふーん。お前が噂の、領主様が拾ったゴイムか? なんでか主人がわからねぇってな?」
そんなことを言いながら、男がどんどん距離を詰めてくる。
「すげー、なんだこの魔力量。ちょっとおこぼれに与りたいもんだ」
ニヤッと嫌な笑顔を浮かべた彼に、嫌な記憶がフラッシュバックして、私は「ひっ」と、小さな声をあげた。するとライルが、ニカッと笑顔を浮かべて男に声をかけた。
「ミヤコと話したいなら、僕をとおしてくれる?」
いつの間に男の隣に立っていたのだろう。音もなく近づいてきたライルに驚いたのか、男は、「チッ」と舌打ちしながら作業場に戻っていった。
「すごいわライル! ありがとう」
「えへへ」
ライルは、相当皆から恐れられているようで、ライルの姿を見ると、皆慌てたように逃げていった。
理由はわからないけれど、黒い化け猫自体が、この世界では忌み嫌われているようだ。
――これなら多少屋敷内をウロウロしても大丈夫そうね。
――お世話になっている人たちへの恩返しに、クッキーを焼きたいと思っていたのよ。
――いまがチャンスだわ!
△
私はライルに案内してもらい、三階にあるターク様の部屋から、一階にある厨房へ移動した。
と言っても、厨房に行くためには、一度建物を出て庭を歩き、使用人用の入り口から入りなおさないといけなかった。
ターク様のお部屋と、それ以外の場所は、建物のなかでは、つながっていないらしい。
領主のお屋敷は人の出入りが激しいため、お部屋に勝手に人が入ってこないように、ということのようだ。
ターク様が「部屋から勝手に出るな」と、しつこく言う理由が、ようやくわかった気がする。
領主用の入り口を出た途端、使用人やら兵士やら領民やら、本当にたくさんの人が私をもの珍しそうに眺めた。
腕に刻まれたゴイム印は、青黒い光を放っていて、服の上からでもよく目立つのだ。
このなかに、あの日の大男のような人が混ざっていても、全然不思議じゃないと思う。ライルがいなかったら、逃げて帰りたくなりそうだった。
屋敷の厨房も、私の想像よりはるかに広く、料理人もたくさんいて、皆忙しそうだった。
ここは、私やターク様だけでなく、この屋敷で働いている、皆の食事を用意している場所のようだ。
――これはちょっと、クッキーは無理そうかな?
そう思いながらも、私は遠慮がちに彼らの一人に話しかけてみた。
「あのぅ、お世話になってる皆さんに、クッキーを焼きたいんですが、少しキッチンを使わせてもらえませんか?」
「はぁ? だれだお前。邪魔だ邪魔だ。あっちへ行け」
無理かもとは思っていたけれど、あまりにも取り付く島がない。
邪険にされた私がしょんぼりしていると、またライルが隣に来て、ニカッと料理人たちに笑いかけた。
「ミヤコの好きにさせろというのが、タークの命令だよ」
すると、わかりやすすぎるほどに、彼らの態度は急変した。
「お、おぉ、それなら仕方ないな。材料も道具も好きに使っていいぞ」
「え、いいんですか?」
「もちろんだ。困ったら手伝うから言ってくれよ? お嬢ちゃん!」
ターク様の命令だからなのか、ライルが怖いからなのか。そもそも、ターク様がいつの間にそんな命令を出したのかもわからない。
だけど、料理人さんたちは、そのあと、ものすごく親切に私を手伝ってくれた。
材料や道具を準備してもらい、石窯の使い方も教えてもらって、美味しいクッキーを焼くことができた。
「なんて楽しいの! なにかできることがあるって最高だわ!」
「よかったな、ミヤコ」
「ライル、ありがとう。あなたのおかげだよ」
「えへへ。気にしなくていいよ。報酬はタークにたっぷり請求するから」
ライルはそう言うと、楽しそうにニカッと笑った。この笑顔は猫好きの私も、やっぱり少し不気味に感じる。
――すごく可愛らしくて、頼もしい猫ちゃんだけど、ターク様になにか要求する気満々みたい……。ターク様、もしかして私のために、無理をしたのでは……?
私は少しドキドキしながら、「ははは」と苦笑いを浮かべた。
「ミヤコ! ここにいたのね。お部屋の修理はもう終わったわよ」
クッキーが焼きあがったころ、とおりかかったサーラさんが、私に声をかけてくれた。
「サーラさん! クッキーを焼いたんです。ぜひ、食べてみてください! 日頃のおれいです」
「えぇ? 本当に? ありがとう」
私は作ったクッキーを、感謝の気持ちを込めて、メイドさんたちや、料理人さんたちにも配って回った。それから、ターク様の分は可愛く包んで、書斎のデスクの上に置いた。




