05 訪ねて来たカミルさん2~ターク様は眠れない?~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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「ありがとう。それにしても今日は、この間よりさらに調子よさそうだね」
ターク様にケガを治してもらったカミルさんは、ターク様にぐいっと顔を近づけた。そのまま興味深そうに、あらゆる角度から彼を眺めまわしている。
長年の付きあいでも、今日のターク様はよほど珍しく見えるようだ。
「あぁ、昨晩はよく眠れたからな」と、ターク様が言うと、カミルさんはますます驚いた顔をした。
「へぇ……? もしかして、長年の不眠症がようやく治ったの?」
「え? 不眠症?」
カミルさんの発言に驚いて、ターク様が答える前に、思わず声をあげてしまう私。
――いつも即寝落ちでぐっすりのターク様が、不眠症?
キョトンとしている私に、カミルさんが答えてくれた。
「知らなかった? 昔からだよ。自分が眩しくて眠れないんだって」
「え! そうなんですか!?」
「それにさ、なんだかむずむずくすぐったいだろ? タークの光って」
「えぇ……? ターク様ご本人もくすぐったいんですか?」
「そうみたいだよ。しかもあんまり疲れないから眠るのに向いてないよね」
「そうなんですか。たいへんなんですね……」
そう答えながら、私の心はおどろきに震えていた。
――確かに、ターク様のありがたい癒しの光に包まれると、私もなかなか寝付けないけれど……。
――でもあれは、とても優しくて気持ちのいい感覚でもあって……。
――それなのに、まさかその光を放っている本人が不眠症だなんて。
ターク様の人知れぬ苦労を思い、なんだか心が痛くなる私。
「それで、治ったの? 不眠症は」
カミルさんはまたターク様にグッと顔を近づけると、もう一度問いただすように質問した。
「いや、治ってはいない……」
「なんだ、そうなの? まったく、加護なのに不眠になるなんておかしな話だよね」
カミルさんがそう言うと、ターク様は怒ったように腕組みをして、ふいっと横を向いた。
「なんなんだ今日は。皆勝手に人の話で盛りあがって……。癒しの加護を悪く言うな」
「そんなつもりはないさ。きみがあの戦いを終わらせるには、その力が必要だ。きみはこんなところにいるべきじゃないよ。早く戦地に戻って、その力を発揮してきてよ」
「またそれか」
戦地に戻れと言われたターク様は、すっかり機嫌が悪くなってしまったようだった。
だけど、カミルさんは少しも動じる様子がない。
「なんにしても眠れてよかったよね。寝不足のきみは見ていられない。でも、どうして急に眠れるようになったんだい?」
カミルさんにそう尋ねられたターク様は、ピクリと眉を動かして、「……さぁな」とはぐらかした。
だけど彼女は、「なになに? これはなにかありそうだね?」と、好奇心に輝く瞳でターク様の顔をしつこく覗き込む。
彼女は面倒なことを喋りたくないターク様にとって、相当手ごわい相手のようだ。
「カミル、用が済んだならさっさと仕事に戻れ。私は急いでるんだ。さっきから、突然の来客ばかりで予定が大幅に遅れている」
カミルさんへの対応に困ったターク様は、イライラオーラを全開にして、彼女をじっと睨んだ。さすがのカミルさんも、これには一瞬口を閉じる。
「悪い悪い。実は、今日はもうひとつ頼みがあってきたんだ。まだポルールに戻る気がないなら、森の調査に少し協力して欲しいんだ。最近獣や魔物たちが凶暴化していてね。戦力不足のところに、僕の隊の治癒魔法師がポルールに駆り出されちゃってさ……」
「あぁ、それなら、さっきフィルマン様にも頼まれたな。いいだろう。用が済んだらそちらに回る」
「ありがとう。それじゃぁ僕たちは、アーシラの森の入り口付近にいるから。またあとで!」
カミルさんの姿が見えなくなると、ターク様は「注文の多いヤツだ」と小さくぼやいた。
仲がいいのか悪いのかわからない二人だけれど、長い付きあいでお互いによく知った関係のようだ。
だけど、彼女が本当にターク様に望んでいるのはきっと、ケガの治療でも、森の魔物討伐なんかでもなく。ポルールで起こっているという、戦いの終結、ただそれだけなのだろう。
――なるほど、空気がピリピリしているわけだわ。
私はようやく納得した。戦地に赴き、戦いを終わらせてくれるはずのターク様が、街でゴイムの世話なんてしているのだ。私への視線が冷たいのも当然だ。
こんなに期待されながら、どうしてターク様は、戦地から戻って来たのだろうか。
――もし私が、ターク様の邪魔になってるんだとしたらどうしよう。
忙しそうに屋敷の修理を手配するターク様を眺めながら、私はそんなことを考えていた。




