04 訪ねて来たカミルさん1~怪我の多い幼なじみ~
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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フィルマンさんが帰ったあとの屋敷は、ひどい状態だった。
壁が凹み、窓が割れ、飾られていた絵や花瓶など、さまざまなものが残骸になって床に散らばっている。メイドさんたちは大忙しでそれを片付けにかかっていた。
「ターク様、私も、片付けに参加してもいいんですよね!?」
私が砕け散ったシャンデリアを前に、目をキラキラさせていると、ターク様は不思議そうな顔をした。
「なんだ……片付けがうれしいのか?」
「なにもできないより百倍うれしいです!」
「そうか……。しかし扉が壊れてしまったからな……。修理で人の出入りも増えるし、このままじゃお前が心配だな……」
ターク様はそう言うと、ちらりと寝室のほうに目をやった。「今日は寝室から出るな」とでも言いたげな顔だ。
魔力が満タンになって、今日はなんでもできる! と喜んでいた私は、それだけは避けたいと、祈るようにターク様を見あげた。
ターク様は、そんな私の顔を見ると、胸に手を当て苦しそうに顔を歪めた。たまにこんな様子で、少し苦しそうにするのはなんだろうか。そのあとはだいたいいつも、急激に優しくなる気がする。
私がそんなことを考えていると、思ったとおりターク様は「仕方ないな」という顔をした。
「く……好きにしろ。部屋の修理が終わるまでお前に護衛を付ける。屋敷内なら出歩いてもかまわない」
「ほんとですか!?」
私は驚いて目をパチパチさせた。
――奴隷の私に護衛をつけるなんて、ちょっと過保護すぎなんじゃ……?
――だけど、屋敷内とは言え、出歩けるなんて魅力的すぎて断るには惜しいわ!
そう思った私が、「ありがとうございます!」と返事をすると、ターク様は「はは……」と少し苦笑いを浮かべた。
「準備ができるまでは、私の目の届くところにいろよ」
「はい!」
――よぉし! とりあえずは、この部屋の掃除を手伝って、そのあとはなにをしよう!?
床に散らばったシャンデリアの破片を拾い集めようと、私は床にしゃがみ込んだ。
ワクワクする私の頭上で、聞きなれない女性の声が響く。
見あげると、曲がって倒れてしまった扉の前に、美しい女性剣士が立っていた。
「ひどい有様だな。ノックをしようにも扉すらないじゃないか。フィルマン様は相変わらずだね」
「なんだ? カミルじゃないか」
――わっ! なんてかっこいい女の人! この人がカミルさん?
スラリと背が高く、白い騎士の制服がよく似合う彼女。藍色の長い髪をポニーテールに結び、溌溂として、とても凛々しい印象だ。
女性にしては少し低めの少年のような声も、彼女の勇壮な雰囲気を高めている。
彼女は私を横目でちらりと見ながら、散らばった破片を避けつつ、デスクまで進んで行った。
「メイドさんたち忙しそうだったからね、案内は断って勝手に入ってきちゃったよ」
「お前たちは約束を取り付けるって言葉を知らないのか?」
ターク様はどかっとチェアーに座ると、不機嫌そうに彼女を見た。
「まぁ、かたいこと言うなよ。長い付きあいだろ。ところで、あの子が噂のゴイムなの?」
「あぁ、そうだが……」
ターク様はため息をつきながらも、「こっちへ来い」と、手招きで私をデスクに呼び、カミルさんに紹介してくれた。
「彼女が、私がいま預かっているミヤコだ」
「はじめまして、ミヤコ。僕はカミル・グレイトレイだ。タークとは子供のころからの修行仲間さ」
近くで見るカミルさんはとても綺麗で、隣に立たされると、自分のパッとしない服装が少し恥ずかしくなった。
メイドさんたちが用意してくれるワンピースはいつもサイズがぶかぶかで、とてもシンプルなのだ。
いや、身長も全然違うし、顔のサイズも……。この差は服のせいだけではないようだ。私は瞬間的にいろいろなショックを受けつつ、カミルさんに挨拶をした。
「はじめまして。ターク様のお世話になっている宮子です」
「噂は聞いてるよ。記憶喪失で所有者のもとに帰れないんだって?」
「あ、はい。私、噂になってるんですか?」
私が不思議そうに首をかしげると、カミルさんは、「違う違う」と、いうように首を横に振って言った。
「きみの噂というよりはタークの噂だよ。この国の人たちはみんな不死身の大剣士に期待しているからね。タークのやることは全て噂の種さ」
「な、なるほど」
「迷惑な話だな」
「ターク、きみは自分の行動に、もっと責任を持たないといけないよ」
「はぁ、わかってるさ」
ターク様は面倒そうに頭をかかえて返事をした。こんなに仕事熱心なターク様に、カミルさんはこれ以上なにを望んでいるんだろう。
そんなことを考えている私を、彼女は冷ややかな瞳でじろじろと見詰めた。
「きみは早く主人のもとに帰れるといいね」
なにか含んだような口調で、そう言うカミルさん。
なんとなく、自分があまりよく思われていない気がして、キュッと身がすくむ。ヒリヒリとした空気が肌を刺すなか、ターク様が話を急かした。
「それで? 要件はなんだ。またケガでもしたのか?」
「あー、まぁそうなんだけど。どうしてわかっちゃうかな?」
「いいからさっさと見せろ。治してやる」
「あー、ちょっと……見せられない、かな」
――どうしてわかったんだろう。
カミルさんがケガをしているなんて、私にはまったくわからなかった。
彼女は、恥ずかしいのか、少しもじもじしている。一見サバサバしているように見えるけれど、思いのほか可愛らしい人のようだ。
彼女はじっとターク様を見詰めて、彼のステータスを確認した。
「わ。今日も魔力がたくさんあるね。じゃぁヒールをお願いしようかな?」
「ケガの場所くらい教えろよ」
「脚だよ。腿の裏だ」
彼女がマントを少しめくると、確かに太ももの後ろに血がにじんで真っ白な制服が赤く染まっていた。歩きかたも普通だったし、やっぱりこれは言われないとわからない。
――そういえばフィルマンさんが、カミルさんはケガが多いとか言ってたっけ?
――もしかして、よくケガをして、ターク様に治してもらってるのかな?
ターク様はマントの上から、カミルさんの脚に手をかざした。
「とげの上にでも座ったか?」
「そこまで間抜けじゃないよ。凶暴な獣に噛まれたんだ」
ターク様がヒールを唱えると、彼女の傷はあっという間に治ったようだった。
「まったく、もっと気をつけろよ」
ターク様が呆れたようにそう言うと、カミルさんは可愛らしく「てへっ」と笑った。




