03 やってきたフィルマン様2~ターク様の初恋の味~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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「フィルマンさん、はじめまして。私、宮子と言います」
私の挨拶で、はじめて私の存在に気付いたフィルマンさんは、驚いたように目を瞬いた。
「おぉ、驚いた。こんなところにこんなちいこいのがおったんか。この娘は、新しいメイドか?」
「いえ、彼女は屋敷の前で倒れていたのを、使用人が拾ってきまして……」
フィルマンさんは私の腕の刻印を見ると、思い出したようにうえを向いた。顎に生やした三つ編みのヒゲを、もみもみといじっている。緑色で艶もあって、可愛らしいヒゲだ。
「ふーむ、これは……ゴイム印か。なんだか懐かしいわい。ほれ、お前が好きじゃったちいちゃいゴイムがおったろ。ミアと言ったか? お前にもらったスアの実をうまそうに食べおった娘じゃ」
――ターク様が好きだったゴイム……?
なんだかとても気になる話だ。ターク様は否定するでもなく、「見ていたんですか?」と、気恥ずかしそうに返事をしている。
「がっはっは。あれで隠れておるつもりじゃったんか。バレバレじゃ」
小さなターク様が、好きな女の子と隠れてこっそり木の実を食べる。そんな様子を想像すると、なんだかすごく微笑ましい。
そんなことを思いながら、私はターク様に渡されたスアの実を口に入れてみた。それは赤く瑞々しくて、ブドウのように甘酸っぱい。
――これが、ターク様の初恋の味ね!?
なんてことをついつい考えてしまう私。
「本当、すごく美味しいです!」
「そうじゃろ、そうじゃろ。こやつがちょうど十歳のころじゃったか、スアの実がほしくて一人で森に入りよってな。迷子になって大騒ぎになったんじゃよ」
「え? ターク様が迷子に?」
フィルマンさんの思い出話に、私は目を輝かせた。ターク様の子供のころの話なんて、ターク様は絶対しないし、メイドさんたちだって知らないはずだ。
こんな機会はない! と、スアの実片手に身を乗り出す。
私の相槌がうれしいのか、フィルマンさんも上機嫌だった。
ターク様は少し顔をしかめながらも、黙ってスアの実を食べている。彼は本当に、スアの実がお気に入りのようだった。
「そうじゃ。あのときはタークがいないと大騒ぎになってな。ガルベルが水晶でこやつの居場所を占って、それで森にいるとわかったんじゃよ」
「水晶? ガルベルという方は占い師さんですか?」
「いやぁ、あれはそんな可愛いもんではないわい。恐ろしい魔女じゃ。わしも何度か殺されかけたわ」
「えぇっ!」
「それでイーヴがな、あ、イーヴというのは、こやつの剣の師匠をしているやつなんじゃが。あれが慌てよってなぁ。べそをかいて走りまわっとってな」
「ターク様のご師匠様は、ターク様を大切にされてるんですね!」
「そうじゃよ? みんなこやつが可愛くてしょうがないんじゃ。タークは可愛いじゃろ?」
「はい、可愛いですね!」
朝から機嫌のよかったターク様を、「可愛いすぎる!」と、思いながら眺めていた私は、フィルマンさんに質問され、思わずそう叫んでしまった。
はっとしてターク様を見ると、彼はすっかり表情を失くしてかたまっている。やはり可愛いと言われるのは気に入らなかったようだ。
「それでなぁ。イーヴが森でやっとタークを見つけて帰ってきたら、タークが金ピカになっておったもんじやからなぁ。もーたまげたのなんのって……」
「えぇっ!? いったい森でなにがあったんですか?」
――ついにターク様がピカピカになった理由が明らかに!?
私が興奮して身を乗り出すと、ずっと不満そうな顔をしていたターク様が、突然話を遮った。「もう限界だ」と言わんばかりの顔だ。
「フィルマン様、いい加減昔話はやめてください。僕はそろそろ出かけないと。いろいろと約束があるんです」
「あー、そうか……すまんすまん。あ、そうじゃ、最後にひとつだけ、頼みがあるんじゃ」
「なんですか?」
「タークよ。ワシはカミルが心配じゃ。あやつ、ときどきずいぶん森の奥まで入っておるようじゃからの。だがあの森には近付かんほうがいい場所がある。ターク、お前も気をつけてみていてやってくれ。カミルはケガが多いでの」
「わかりました」
フィルマンさんは「頼んだぞ」というと、よいしょと腰をあげた。天井に当たらないよう頭を下げたまま、扉のあった場所を身体を傾けてくぐっていく。
私はその様子を、カミルってだれなんだろう、と思いながら眺めていた。もっともっと、フィルマンさんからターク様の話を聞きたかった。
扉をくぐり終わると、フィルマンさんは振りかえって言った。
「ミヤコよ、じじいの昔話を聞いてくれてありがとうな。楽しかったわい」
「私もすごく楽しかったです」
「ミヤコはええ娘じゃわい。それじゃ、ターク、また会いにくるよ」
「屋敷が壊れるので来ないでください。こちらから会いに行きますから」
困り顔でフィルマンさんを止めるターク様。
「そうか? ならミヤコを連れてこい。約束じゃぞ? 連れてこんとこっちから会いにくるからな!」
フィルマンさんは私を気に入ったらしく、ターク様にそう念をおして、また屋敷を揺らしながら帰っていった。ズシーン、ズシーンと重力を感じる大きな振動が、お腹の底に響いてくる。
ターク様と私は、しばらく呆然としながら、その後ろ姿を見送っていた。




