02 やってきたフィルマン様1~屋敷を破壊しないで下さい~
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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「ひゃあっ。地震!?」
ターク様との朝食のあと、忙しそうに出かける準備をしている彼を眺めていると、突然床が大きく揺れた。
少し離れたところから、一瞬で移動してきたターク様が、ふらつく私を素早く支えてくれる。
――なんて軽やかな動き! さすが異世界!
ターク様の人間離れした動きに、思わず感心してしまったけれど、いまはそんな場合ではなかった。
ズシーン! ズシーン! バキバキ! っと、巨大ななにかが、ものを壊しながら近づいてくる音が聞こえる。
「なんだ!? なんの音だ、屋敷が揺れてるぞ」
「あっ、花びんが落ちそうです!」
花びんをおさえに行こうとする私を、ターク様が引き戻す。
「ミヤコ、いいから私から離れるな!」
大きく揺れたシャンデリアがガシャーン! と音を立て天井にぶつかったかと思うと、バラバラになって頭上に落下してくる。
――あぶない!
と、思うより早く、「シャイニングシールド!」とターク様が叫び、その手に金色に輝く光の盾が出現した。
ターク様は私を背中に隠し、光の盾でシャンデリアの直撃を防ぐ。
――すごい! 魔法の盾、はじめてみたわ! かっこいー! 眩しー!
ヒール以外のターク様の魔法をはじめてみた私は、思わず目を輝かせた。なんて不思議で大迫力なんだろう。
だけど、やっぱり感動している場合ではなかった。揺れはまだ治らず、ズシーン! ズシーン! と大きな音が近づいてきている。
「あぁ! ターク様、今度は書棚が、書棚が倒れます!」
「シャイニングシールドアタック!」
ターク様は二枚目の盾を遠隔操作し、書棚をおさえた。ちょっとだけダサい気がする呪文を叫ぶターク様に、少しほっこりしてしまう。
「あぁっ、せっかく溜まったターク様の魔力が……」
「いまは気にするな!」
「もうそこまで来てます。巨大な魔物でしょうか?」
「いや、この足音は……」
息を呑んで音のするほうを見守っていると、ギギーっと歪んだ扉が開き、山のように巨大な男が部屋のなかを覗き込んだ。
「フィルマン様!」
――え!? この人が、ターク様が治療していたフィルマンさん!?
お猿のような大きな顔に、ツルツルの頭。顎にはもじゃもじゃと緑がかったヒゲが生えているけれど、お爺さんと言うには大きすぎる。
――これは大男なんてレベルじゃない……! 本物の巨人だわ!
フィルマンさんは頭を下げ、横になって、歪んだ扉から室内に身体をねじ込んだ。バキバキッと大きな音がして、扉が外れ、周りの壁がへし曲がる。
「おーい! ターク! 土産を持ってきてやったぞ」
ターク様は光の盾を出したまま、口をあんぐりと開いてその様子を眺めていた。光っていて非常にわかりにくいけれど、どうやら青ざめているようだ。
フィルマンさんのあまりの大きさに、私は思わずターク様の後ろに隠れた。
巨大な身体がなんとかしてターク様の書斎に入ってしまうと、後ろから困り顔のアンナさんが入ってきて、申しわけなさそうに頭を下げた。
「ご主人様、すみません、お止めしたんですが……」
「気にするな。この爺さんはだれにも止められない。それより、危ないからここから離れていろ」
ターク様はアンナさんにそう言うと、書斎の床に座り込んだフィルマンさんに向きなおった。
「フィルマン様、いきなりなんですか? 屋敷を壊すのはやめてください」
「いやあ、やっとつらかった腹痛が治ったからの~。嬉しくて。タークには世話になったからな、土産をもってきてやったんじゃ」
フィルマンさんはそう言うと、大きな風呂敷を床に広げた。風呂敷の中身はなんと、大量のキノコだった。
「フィルマン様、もういい歳なんですから、森で拾った不思議なキノコを食べるのはやめてください。治療に何日かかったと思ってるんですか?」
ターク様は色とりどりのキノコを眺め、落胆したようにため息をついた。
私はようやく、彼が四日も屋敷を空け、ヘロヘロになって帰ってきた理由を理解した。
急病だとは聞いていたけれど、どうやら、キノコの拾い食いが原因だったようだ。
「やーすまんかったな。じゃがワシはまだ六十じゃ! まだまだその辺の若造より元気じゃよ。さぁさ、このキノコは美味しいやつじゃ、安心して食べれ食べれ」
フィルマンさんは笑顔でキノコをつまむと、ターク様の目の前にひょいっと差し出した。手がものすごく大きいので、キノコもターク様も小さく見える。
ターク様が「生ではちょっと……」と、困り顔で断ると、フィルマンさんはそれをポイっと自分の口に入れた。
「そうか? 普通にうまいぞ。あ、あとな、この木の実、お前好きじゃったろ」
フィルマンさんはもうひとつ包みを取り出して、また床に広げた。ターク様はそれを見ると、今度は嬉しそうに目を輝かせた。
「あ! これは、スアの実ですね! 最近森でもすっかり見かけなくなったと聞きます。こんな希少なもの、よく見つけましたね!」
「そうじゃなぁ、昔は少し探せばいくらでも見つかったんじゃが。近頃は腹が痛くなる植物ばかり増えてなぁ」
「普通の人なら即死するような植物も多いようですからね。無闇に味見するのはやめてくださいよ」
「がっはっは! 大丈夫じゃよ。めったに間違わんから。ほれ、この木の実は本当に美味しいやつじゃから。食べれ食べれ」
また顔の前に差し出されたスアの実を受け取ると、ターク様は自分の後ろに隠れていた私を振り返った。
「ミヤコ、食べてみろ。スアの実は美味いぞ」
その顔は、いままで見たことがないくらい、ニコニコしている。
――うはぁ、笑顔が眩しすぎる!
――今日のターク様、本当にご機嫌だわ。可愛すぎて倒れそうなんですけど……。
あまりの眩しさに目を細めながら、私はスアの実を受け取った。
「あ、ありがとうございます!」
大きくてびっくりしたけれど、どうやらフィルマンさんは、こわい人ではないようだ。
私はターク様の陰から少し前に出て、フィルマンさんにお辞儀をした。




