01 元気になったターク様。~好き嫌いはダメですよ~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷(ベッドルーム)
語り:小鳥遊宮子
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結局、夜の間中、ターク様を起こすまいと、じっと動かずにいた私は、朝までほとんど眠れなかった。
けれど、ターク様はというと、昨日の疲れた顔が、嘘のように元気になっていた。
起き抜けから見たことのないような晴れやかな顔で、「いい朝だな」なんて言っている。
いまは、ベッドルームのテーブルで、私と向かいあって、朝食を食べているところだ。
私がここに来てから、食事をするターク様を見るのははじめてのことだった。
私はてっきり、ターク様はどこか別の部屋で、もっと豪華な食事をしているのだと思っていた。
けれど、メイドたちの反応を見た感じ、単にいままで、自分の食事を用意させていなかっただけのようだ。
「ターク様、いつも食事、どうしてたんですか……?」
「私は不死身だからな。気が向いたときに食べればいいのだ」
「えぇ……? 本当ですか……?」
「本当だ」
――本当に、不死身だからって無頓着すぎないですか?
――あれだけ働いているのに、ろくに食事も摂ってないなんて、不死身ってそんなに万能なのかな。
首を傾げた私のお皿の上に、ニコニコしながらパンを乗せるターク様。
「うん、パンがうまい。ミヤコ、お前ももっと食べろ」
ご機嫌なターク様の笑顔は、達也みたいでとても可愛い。
正直ちょっと寝不足で食欲がわかないけれど、せっかくターク様が渡してくれたパンを、残すわけにはいかない。
もぐもぐとパンを頬張っている私に、彼は自分を指さして、ステータスを見てみろという仕草をする。
今日はいつも以上に得意げな顔をしているな、と思ったら、ターク様の魔力が千を超えていた。
いつもは多くても六百くらいなので、かなり多めに回復しているようだ。ターク様の機嫌がいい原因はこれだったのだろうか。
「見たか? こんなに魔力が回復したのは久しぶりだ」
「ふぁあ、よかったです、ターク様。でも、私からそんなにたくさん魔力が溢れてたんですか?」
「うーん、まぁ、少しはあるだろうが……。それにしても多いな。きっと久々に熟睡したからだろう」
「なるほど、睡眠の質が大事なんですね。たとえ少しでもお役に立てたならうれしいです、ふあぁ」
「なんだ? お前、あんなに寝たのに眠りたりないのか?」
「いえいえそんなこと、ふぁあ」
「気の抜けたヤツだ。まぁゴイムはどうせやることもない。朝食が済んだらまた寝ればいい」
あくびを連発した私に、当たり前のように二度寝をすすめてくるターク様。
「タ、ターク様、そのことなんですが、本当に、ゴイムはなんにもしてはいけないんですか?」
すがるような思いで発したその問いかけに、ターク様は「ん? そんなこと言ったか?」と、驚いた顔で聞き返した。
「え? でも全て禁止だって……」
「あー……。いや、大丈夫だぞ。お前はいま魔力が満タンだからな。自分で使えるわけでも、所有者に吸われるわけでもないから、減ることもないし。歌うなり踊るなり好きにしてればいいんじゃないか?」
あまりに驚きの回答に、私はキョトンとしてかたまった。私の驚いた顔を見て、ターク様も目を丸くしている。
「なんだ? そんな顔して、なにか問題あるか?」
――大有りです! 早く言ってください、ターク様!
口をパクパクさせる私を見て、ターク様はパンを頬張りながら、クククと笑った。
「その顔、笑えるな」
――わざとですか!? ターク様!
今日のターク様はいつもより口数が多い。こんな風に食欲があるのも、きっと珍しいのだろう。これはやっぱり、魔力残量のせいなのだろうか?
――実は、魔力が全回復したターク様は、すごくテンションが高いとか……?
『ちょっと見てみたい気がする……』と思ったけれど、どうやらそれは無理らしい、ということがすぐにわかった。
ターク様は、溜まった魔力はすぐに使ってしまうタチなのだ。
「これだけ魔力があれば、かなりの人数が治療できるぞ。魔力不足で止まっている魔道具も、起動できるかもしれないな」
ターク様はニコニコしながら、魔力の使い道を考えはじめた。
「なんの魔道具ですか?」
「まぁ、主に農具だな。魔力不足で苦労している領民たちに楽をさせてやるのもいいかもしれない」
「なるほど」
「魔物避けの結界や、街道の街灯にも魔力の補充が必要だ」
あれこれと、思いついたことを口にしていたターク様は、私と目があうと、「ところでミヤコ、痛いところはないか?」と笑顔で聞いてきた。
ターク様の横で眠っていた私に、そんなことを聞くなんて。この調子だと、せっかく溜まったこの魔力も、きっとすぐに使いはたしてしまうだろう。
「ターク様、私はすっかり元気ですよ。それより、魔力が減ったら、またフラフラになってしまうんじゃないですか?」
私がそう言うと、ターク様は眉をピクッと動かした。ターク様の顔から笑みが消え、キリリとした真顔になる。
「私は不死身の大剣士だぞ。必要なものにケチな出し惜しみはしない」
「だったらターク様、パンばかり食べてないで、お肉やお野菜も食べたほうがいいですよ。魔力を使い切ったら、あとは体力が大事なはずですから」
「私には必要ない。食事は空腹が満たせればそれでいいのだ。腹が減らなければ食べる必要もないな」
「不死身の大剣士様なのに、好き嫌いしちゃダメですよ」
「な……。好き嫌いではないぞ。うるさいヤツだな」
ターク様はそう言うと、少し不満げな顔をしながら野菜を口に頬張った。




