13 にげるなよ?~心配するのは無駄ですか?~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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私がバスルームから出ると、眠ったはずのターク様がベッドから消えていた。
――あれ? どこ行ったの?
キョロキョロと探し回り、書斎に出てみると、彼はなんと、デスクに向かい、また仕事をはじめている。本当に、この人は仕事中毒なんじゃないだろうか。
「ターク様、ベッドに入ったはずなのに、どうして……?」
「ああ、留守の間に仕事がたまっていてな……」
そう言う彼の顔はこわばって、いまにも魂が抜けそうに見えた。魔力が〇から三になったくらいでは、やっぱり元気になるはずもなかったようだ。
「どうしてこんな無理を……? 早くベッドに戻ってください」
「あぁ。そうだな。加護を与えてやるからお前もこい」
ターク様はまるで、私がくるのを待っていたかのように立ちあがった。自分が先に寝てしまっては、私がベッドに入りにくいとでも思ったのだろうか。
――ターク様は何日も、フィルマンさんの隣で、寝苦しい思いをしてきたんだもの。きっと今日くらいは一人で寝たいはずだわ。
そう思った私は、遠慮して彼の誘いを断った。
「私のことはいいので、ターク様はなにも気にせず、ゆっくり眠ってください。私はソファーで大丈夫ですので」
けれど、彼はまるで、私の声が聞こえなかったかのように、無言で私のもとにやってきた。カチンコチンの無表情のまま、ヒョイッと私を抱き上げたかと思うと、ベッドルームに向かって歩きはじめる。
「ちょっと、ターク様、聞いてますか!?」
「うるさいな、お前は。加護を与えてやると言っているのに、なぜ抵抗するんだ。私に恩返ししたいなら、さっさと頭を治して所有者を思い出せ」
――えー!? 不機嫌!?
ジタバタする私を、不愉快そうな顔をしながら運ぶターク様。
ターク様は治療だと言うけれど、日本から飛ばされてきた自分に、この世界での記憶があるはずもない。
加護を受けたからといって、所有者の記憶が戻るとは思えなかった。
ケガが完治したいま、無理に私と一緒に寝る理由はないのだ。
私が「でも……」と抵抗すると、ターク様は「なんなんだ」とさらに不機嫌な顔をした。
「一緒に眠れば、微量ではあるが、お前のあふれた魔力を吸収してやれるぞ」
「え、本当ですか?」
「そうだ。私に恩返ししたいと言うなら、ごちゃごちゃ言わずに大人しくとなりに寝ろ。そのほうがなにかと都合がいい」
――そんな微量の魔力欲しさに……?
キョトンとしている私をベッドに下ろすと、ターク様はとなりに横になってニヤリと笑った。
――達也と同じ顔で、不気味に笑うのはやめてください!
なんだかもう、逃げ出したい気持ちでいっぱいだったけれど、彼は逃がしてくれそうもない。
「いいから、もっとこっちへ来い」
「はひっ」
遠慮がちに近づく私の腕をつかみ、ぐいっと自分のほうへ引き寄せるターク様。その手はあまりに冷え切っていた。
「こんなに冷たくなって……風邪ひきますよ?」
「私は不死身だぞ。風邪などひくわけがないだろ」
「だけど、ちょっと根を詰めすぎじゃないですか?」
「ふん、私にそんな心配は無用だ」
強がりなのかなんなのか、あまり心配されるのは好きではない様子のターク様。
――本当に、無理してないのかな……?
不死身の彼の体調を心配するのは、確かに無駄なことなのかもしれない。だけど、働き詰めのこの人を、気にかけずにいるのは難しかった。
飛び交う彼の光に目を細めると、ターク様は自分の光を払うように、軽く手を振った。
「もしかして、私が眩しいのが嫌なのか? もう、そろそろ慣れただろ? 治療のためだ。我慢しろよ」
なんだか不安そうに私を見詰める彼。彼がそんなことを気にするなんて、かなり意外だ。
私は少し可笑しくなって、思わずクスッと笑った。
「なんだ……?」
「なんでもないです」
ターク様は「ふん。逃げるなよ」と言うと、満足そうな笑顔を浮かべ、またあっという間に寝てしまった。
――ターク様の都合がいいならいっか……。
私はまた、なかなか寝付けずにじっとしたまま夜をすごした。ターク様が明るいのには多少慣れたけれど、やっぱり日中なにもしていないので、なかなか眠りにくい。
それに、彼の美しい寝顔を眺めるのは、一日の終わりの楽しみでもあったりして……。
そんな私たちの様子を、ひとつの黒い影がのぞき見ていることに、このときの私は気付いていなかった。




