12 ミヤコとメルローズ。~お前が願ってくれるから~
場所:メルローズ領
語り:ミヤコ・メルローズ
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「「「うたひめさま、おうたうたって~!」」」
「いいよ~? 何の歌がいいかな?」
「はるのうたー!」「おふねのうたー!」「こねこのうたー!」
「よぉし、全部、歌っちゃおう!」
メルローズの商店街の片隅にある小さな広場に、子供達が集まってきた。
ターク様と日本に帰ってから二ヶ月、季節はもう、夏になりかけている。
だんだんと強くなってきた日差しの下、色とりどりの帽子を被った、子供達の笑顔が眩しい。
木の影のベンチに腰掛けていた私、ミヤコ・メルローズは、石畳に足を取られないよう気を付けながら、何歩か前に進み出た。
木の根に押し上げられ、石畳が盛り上がってしまっているのだ。
――本当に早く修繕しなくちゃ、子供達もケガするわね。
日本から戻ったターク様は、それはそれはすごい速さで結婚式の段取りを整えた。
半月後には、このメルローズの教会でささやかな結婚式を挙げ、二人で南の島に旅行もして、先日仲良く帰ってきたところだ。
結婚が決まってからの私はメイドを辞め、ターク様の領地の管理を手伝っている。
今日はターク様に頼まれて、領民から相談のあった、広場の舗装の状況を確認しにきたのだった。
「ここ危ないから、ちょっとだけ待ってね? ヤーゾル、お願いできる?」
「まかせるヤー!」
キョロキョロしながら呼びかけると、植え込みからピョコッとヤーゾルが現れた。
地面の上に出ていた木の根がズブズブと地面の中に引っ込んで、舗装の盛り上がっていた地面が、ゆるゆると平坦な状態に戻っていく。
「ありがとう! 一安心だよ」
「ヤー! ミヤコ、歌うヤー!」
子供達に混ざって、ヤーゾルが期待を込めた顔で私を見上げている。
一曲歌い終わる頃には、広場にたくさんの人が集まってきてくれた。
私は思う存分歌を歌うと、満足して屋敷に戻った。
△
「え? ターク様、大丈夫ですか!?」
書斎に戻った私は、真っ赤な顔でデスクに突っ伏しているターク様を発見した。
開け放たれた窓から差し込む日光に明るく照らされながら、額からダラダラと汗を流し、うんうんと唸っている。
――これは一体!?
「ゲホ……ミヤコ……。喉と頭が痛い。咳と鼻水が、止まらない……」
デスクに頬をつけたまま、目線だけ私に向けるターク様。
その瞳は涙で潤んでいる。
彼に近づき肩に手を触れると、湯気が出そうなほどの熱気が、ムッと漂ってきた。額を触ってみると、案の定、とても熱い。
南の島から帰った後、仕事が溜まっているからと、根を詰めすぎたのが原因だろう。
「ターク様、これ、完全に風邪です。まったく、無理ばかりするからですよ?」
「これが……風邪……?」
「とにかくベッドで寝ましょう。私、治癒魔導士さんを呼んできます」
以前、突然訪ねてきたシュベールさんに、「可愛い坊や~」とキスされてしまって以来、ヒールが使えなくなってしまったターク様。
私もまだ、土属性の回復魔法、キュアフラワーを覚えられていないし、あんなに癒しを振りまいていた光属性には、浄化や蘇生の魔法はあっても、回復魔法がないのだった。
やはり、風属性の魔法士なら、誰でも気軽に覚えられ、効果の高いヒールはとても重要な回復魔法だ。
ターク様をなんとかベッドに移動させ、治癒魔導士を呼びに行こうと私が立ち上がると、彼はベッドから身を乗り出し、私の腕をつかんだ。
「行くなよ……こんなのすぐ治るから」
「ターク様、油断はいけませんよ?」
「ミヤコの方がヒールより効くから」
そう言って私を引き寄せ、汗ばんだ体で私を抱きしめる彼。弱っているはずなのに、相変わらず腕力が強すぎる。
「ダメですよ、私まで風邪ひきます」
「そうなったら二人でゆっくり寝よう。それより今日も可愛いな、ミヤコは明るい色のドレスも似合う」
日本で私のキャミソール姿を見て以来、私にピンクや黄色のドレスを買ってくるようになったターク様。
今日の私は、淡い黄色の動きやすいドレスを着ている。
最近のターク様は、青へのこだわりを失ったのか、何色を着ていても手放しで褒めてくれるのだった。
ターク様が、のそのそと私の上に乗り上がってくる。
「わ、ターク様、これ、三十九度くらいありそうですよ?」
「何の角度だ?」
「熱の話ですよ」
「んー……?」
かなり惚けた事を言いながらも、ターク様は、熱い吐息がもれる唇を私に押し当てようとしている。
その時、キラキラと金色の光を放ちながら、シュベールさんが窓から入ってきた。
「可愛い坊や~、私を呼んだかしら」
「いや……? 呼んでないぞ」
「あらあら、本当に弱ってるわね。私が癒しの加護で治してあげるわ」
「シュベールさん! ターク様に勝手な真似をするのは、いい加減にしてください」
「だって、あなた、坊やを治したいって願ったでしょ? 聞こえてたわよ」
「確かに願いましたけど、シュベールさんは呼んでません!」
ターク様に近づこうとするシュベールさんを、私はピエトナ抱き枕を振り回して追い払った。
彼女のすることは、いつだって自分勝手だ。
「そんなに邪険にしなくていいじゃない」
「ターク様のベットに入っていいのは、妻である私だけなんです!」
「だって、あなたじゃ坊やを癒してあげられないじゃないの」
「治癒魔道士さんを呼ぶからいいんです! とにかく、あっち行ってください!」
「ウッ……ゲボッ、ゴホッ」
自分を挟んで喧嘩をはじめた私たちを見上げ、ひどく気まずそうな顔をしていたターク様が、少しわざとらしく咽せ込みはじめた。
「ゴホ、お前ら、ここでもめるのはやめてくれ。頭が痛い」
「ターク様、ごめんなさい」
「シュベール、治療はいいから帰ってくれ。私は今、忙しい」
「そう?」と、少し不満そうな声を漏らしながら、飛んでいってしまったシュベールさんを見送って、ターク様はもう一度、私に向き直った。
「はぁ、シュベールにも困ったものだ」
「どうしても、ちょっと妬いてしまいます」
「その必要はない。特別なのはお前だけだ」
「ひぁんっ」
ターク様に耳元で甘く囁かれ、思わずビクッと反応した私の周りに、フワッと薄黄色の光があふれ、色とりどりの花が、次々に舞い落ちてきた。
それは、涙型の可愛い五枚の花びらを持った、とてもキュートなお花だった。
「なんだ……? キュアフラワーか?」
「ヤーゾル!」
「う、また、邪魔が……」
いつの間にか私の胸元に現れたヤーゾルを、ターク様が忌々しそうに見ている。
だけど今のキュアフラワーで、ターク様の風邪はすっかり治ってしまったようだ。
「頼んでないぞ?」
「ヤー! ミヤコの願いが届いてるんだヤ」
「ヤーゾル、ありがとう」
「とりあえず、ミヤコの胸から離れろ」
ヤーゾルをチョンとつまんで、ポイッとベットからおろすターク様。
「なかなか二人になれないもんだな」
「だけど風邪が治ってよかったですね」
私たちが顔を見合わせて笑っていると、緑の風でカーテンを揺らしながら、今度は窓から、イーヴさんが入って来た。
「ターク! 騎士団の仕事だ。魔獣討伐に行……わ、昼間からなんだお前達、いくら新婚だからって……」
「先生、窓からくるのやめて下さい」
「う、うん。スクアナの森だ。魔物が増えてウィーグミンに被害が出ている」
「すぐ行きます」
小さなため息を漏らしながら、立ち上がったターク様。
「ミヤコ、すまない……。あまり仕事が捗ってないのに……」
「大丈夫ですよ! ターク様。私に出来ることはしておきますから、安心して行ってきてください。だけど、沢山汗をかいてますから、服を着替えないとまた風邪をひきますよ」
「そうだな、ありがとう。しかし無理はするなよ。出来るだけすぐ帰るから。そうだ、仕事が片付いたら、もう一度、南の島へ行こう」
「そうですね、そうしましょう。お仕事、ケガしないで下さいね」
「お前がそうやって願ってくれているから、私はいつだって無事だ」
ターク様は鎧を着込み、大剣を背負うと、行ってきますのキスをしてから部屋を出て行った。
「さて、てきぱき仕事を進めなくちゃ! それにしても、やることが多いわ。もう一度南の島で休むなんて、夢のまた夢ね!」
書斎に移動した私は、デスクの上に盛られた書類の量に少し目を丸くしながら、「さっ!」っと腕まくりをした。
「治水工事か……これは得意かも!」
大きく開け放たれた窓から外を見渡すと、赤い瓦屋根の街並みの向こうに、大きな川が見えている。
昼間の太陽に照らされたメルローズの街が、とても眩しく、輝いて見えた。
***FIN***
ターク様が心配です! を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました! 本作は私の処女作で、至らぬ点も多いと思いますが、皆さまの温かい感想や評価、応援のおかげで、最後まで投稿する事ができました。本当にありがとうございました。
そして現在連載中の長編小説『三頭犬と魔物使い~幼なじみにテイムされてました~ 』は、この小説と同じ世界(5年後と300年前)を舞台にしています。まったく別のキャラクターたちが登場する別作品ではありますが、ターク様の小説に書ききれなかった世界設定を盛り込んだ作品になっておりますので、ぜひお読みいただけると嬉しいです。
今後とも花車の作品をどうぞよろしくお願いいたします。




