11 桜の木の下で。~今からでも出来るはずだ~
場所:日本
語り:ターク・メルローズ
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ミヤコの両親に結婚の承諾をもらった私、ターク・メルローズは、そのままミヤコに連れられ、ピンク色の花が咲き乱れる、川のほとりに来ていた。
ミヤコは自分の部屋に戻り、いつもの丈の長いワンピースから、日本に馴染む服装に着替えていた。
ジーンズにキャミソール、カーディガンだと説明されたが、かなり見慣れない服装だ。しかし、正直に言うと、ミヤコは何を着ていても可愛いのだった。
「桜の木ですよ、ターク様!」
「あぁ、美しいな。こんな木はベルガノンにはないぞ」
ミヤコの淡い黄色のキャミソール姿に見惚れていた私だったが、彼女に話しかけられ、慌てて桜に目を移した。
「春になると、みなこの木の下にシートを敷いて、お弁当を食べながら桜を見るんです。夜になると、ライトアップされて、もっと綺麗ですよ」
「またライトアップか……日本人は夜を明るくするのが好きだな」
「そうかもしれませんね」
桜の木の下に大きなシートを敷き、私達はそこに座り込んだ。
周りにはたくさん人がいるが、みな桜に気を取られているらしい。ここに来るまで、多少女性の視線を感じたものの、座ってしまえば思ったほど目立ってはいないようだ。
私の黒い髪は、ベルガノンではそれだけでも人目に付くが、日本にはよく馴染んでいる。
ミヤコが水筒から温かい茶をコップに注ぎ、私に渡してくれた。
――あぁ、ホッとするな! ホッとするぞ!
さっき露店で買った、珍しい食べ物も、ミヤコが私の前に並べてくれる。
朝から緊張しすぎてずっと吐きそうだったが、安心したら食欲が湧いてきた。
「ターク様、これはたこ焼きですよ。中が熱いので気をつけてください。焼きそばもあります」
「ん! 本当に熱いな。でもうまい」
一時はどうなる事かと思ったが、無事に事が済み、今は本当に幸せだ。
メルローズ領に戻ったら、すぐにささやかな結婚式をあげ、その後は二人で、どこかに旅行しようと思う。
寒いのはもう十分だから、海が見える南の島がいいだろう。
――もう、私達を邪魔するものは何もないぞ!
私がそんなことを考えていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。
△
「んぐっ。カミル!?」
「ターク! こんないい場所で、随分幸せそうだね」
ミヤコと二人の時間を満喫していた私の肩を叩いたのは、なんと、カミルだった。
カミルはあの、深い藍色の髪をおろし、半円のつばのついた帽子を被っていた。ぶかぶかとした厚手のシャツの上に、肩から吊るされた青いロングスカートを履いている。
どうやら日本の女性用の服のようだが、こんなゆるっとしたカミルは初めて見た。
後ろには頭まですっぽりフードを被った、これまたぶかっとした服装のコルニスがいる。
「よくここが分かったな」
「だって僕、何度かタツヤに会いに来てるからね。色々とアグス様に用事頼まれるからさ」
「ご苦労だな」
「だから、こっち用の服も用意してあるんだ。似合うだろ?」
「見慣れないな」
「いや、そこは似合うって言おうよ」
カミルはそう言うと、となりにいたコルニスの肩をグイッと自分に引き寄せて、私の前に突き出した。
「みてみて! コルニスもトレーナー似合うだろ? 僕が選んだんだ。前髪も僕がくくったんだよ」
「わ、大剣士様、お疲れ様であります……!」
見ると、コルニスの前髪が後ろで束ねられ、珍しく顔が見えている。彼は顔を隠しておきたいようだが、カミルには通用しないらしい。
「コルニスの明るい緑の髪は、ここではかなり目立つからね。コルニスは背も高いし、こうやって隠しておかないと通りがかりの人が全員振り向くよ。丸メガネも目立つから外させたんだ。あれ、伊達メガネなんだって」
「外した方が目立ってないか?」
「え? そうかな」
「コルニス……。本当にご苦労だな。カミルの相手は大変だろうが、しっかりやってくれ」
「はいっ! たゆみなく努力する所存です!」
「ターク、なんだよそれ。コルニスも、なんで僕とタークでちょっと対応違うの?」
相変らず大変そうなコルニスに、労いの言葉をかけていると、彼の後ろにもう一人、男が立っていることに気付いた。
――ん? 誰だあれ。まさか、父さんか!?
なんと、ピンクのシャツを着た父さんが、目を細めて桜を見上げている。
ミヤコより濃い色のジーパンを履いて、肩にはグレーのカーディガンがかかっている。
――なんなんだ?
思わずたこ焼きを落としそうになったが、これがなかなか似合っていた。
周りの通行人が、父さんを振り返り、「きゃ! イケおじがいる!」と囁いているのが聞こえてくる。
意味はわからないが人気のようだ。
「ターク、結婚は認めてもらえたようだな」
「はい、父さん!」
「よかったね、ミヤコちゃん!」
「カミルさん、ありがとうございます!」
私から癒しの加護が消えて以来、父さんはいつも穏やかな顔をしている。
多大な心配をかけてしまっていたことを、私は改めて痛感していた。
「父さん、たこ焼きを食べませんか? 焼きそばもあります」
「あぁ、なんだか分からないが美味そうな匂いだ」
父さん達がシートに腰を下ろすと、「お茶を入れますね」と、ミヤコが紙のカップを取り出した。
「側面は熱いので底と上を持って下さいね」
丁寧に教えながら父さんに茶を差し出すミヤコ。父さんは嬉しそうにニコニコしながらそれを受け取った。
――父さんはずっと、私の幸せを願ってくれていた。
――ミヤコがいれば、今からでも十分親孝行出来るはずだ。
胸に何か込み上げるものを感じて、勝手に涙があふれそうになるのを、私はぐっと堪えた。
△
「いたいた。やっとみつけた!」
「わぁー! 素敵な場所!」
しばらくすると、タツヤとミレーヌ、それからミヤコとタツヤの両親も、両手に大量の食べ物を持って現れた。
「本当にあれ、達也じゃなかったんだな」
「え? お父さん、まだそこ疑ってたんですか?」
「宮子のそっくりさんまで現れて、頭がクラクラしてるよ」
私とタツヤを見比べ、さらにミヤコとミレーヌを見比べて、ミヤコの父さんが目を回している。
「どうもタークの父、アグス・メルローズです」
「わ、え? イケおじ!」
「お母さんったら、やめて!」
「えーっと、すみません、私達、色々と頭の整理がついてませんで。だれですって?」
ミヤコの両親は、既にかなり、いっぱいいっぱいな様子だ。
後で疲れて倒れてしまわなければいいがと、思わず心配してしまった。
そして、タツヤの父親は、意外にも私の父さんと、全く似ていなかった。少し丸くて、どこかフワフワと、とてもやさしそうだ。
しかし、タツヤの母親は、どことなく、自分の母さんを思い出す。
「いきなり達也が帰ってきて、異世界に行っていたと言われた時は、頭を打ったせいでおかしくなったんだと思ったが……」
タツヤの両親も、シートに座ると、ミヤコの両親と一緒にまじまじと私とタツヤを見比べはじめた。
「だけど、本当にこんなことがあるなんてねぇ。ノーラちゃんが来た時もおどろいたけど、ターク君も衝撃だわねぇ」
「まったくですねぇ、名城さん」
「小鳥遊さんも、みやちゃんが帰って来て本当に良かったですね」
「こんな奇跡が起きるなんてなぁ。全く幸せなことですね」
――本当に善良そうな人達だ。ミヤコやタツヤが朗らかに育つわけだな。
「よかったよかった」と言いあって、ニコニコする四人を見ていると、申し訳なさが胸にこみ上げてくる。
――この人達は、いったい、どんな思いで二人の帰りを待っていたんだ?
そんな事を考え始めると、私の胸は締め付けられるように痛んだ。この人たちに辛い思いをさせたそもそもの原因は、私が一人突っ走って、沼地のモヤの中へ、偵察に行った事にあるのだ。
もっと遡れば、一人で勝手に、森へ行ってしまったからだ、とも言えるのだが……。
「……ミヤコとタツヤには、本当に世話になりました。ご両親にも、多大なご迷惑と、ご心配をおかけして……」
私が思わず謝罪をはじめると、タツヤの母さんは、慌てた顔でそれを遮った。
「あー、いいのいいの。達也が帰って来て、みやちゃんの顔もまた見れたんだもの。それだけで十分よ。ターク君、あなたも、無事で良かったわね」
「は、はい……」
「今日はお花見だから、そんなうつむいてないで、上を見なきゃね?」
「はい……! ありがとうございます!」
タツヤの母さんが、私に向けてくれたその笑顔が、なんだかとても懐かしく感じて、また何かが込み上げてくる。
――どうして怒らないんだ? 花見だからなのか?
「あー、ターク泣いてない?」
「泣いてないぞ」
カミルに顔をのぞき込まれ、余計に顔が熱くなったが、桜を見ているふりで上を向き、今回もなんとか、涙は持ち堪えた。
タツヤは同じ顔が二人並んでいると、目立ちすぎると思ったのだろうか。鍔のついた帽子に色付きのメガネをかけ、その顔を隠しながら「まぁ、異世界転移は最悪だったけど、僕はもう気が済んだよ」と私のとなりで、ボソリとつぶやいた。
△
カミルの興味は、すぐに私から、女王になったばかりのミレーヌに移り変わった。
「ミレーヌちゃん! こんな所に来てて大丈夫なの? 女王のお仕事は!?」
「ちょっと抜け出してきちゃいました。何をするのも堅苦しくて大変なんですよ」
あのミレーヌがまさか、クラスタルの女王になるなんて、今でも少し信じられないが、彼女の決意のおかげで、私はとても助かっていた。
普段は大人しく見える割に、こういう大きな決断を、勢いよくやってしまうところが、彼女はやはり、ミヤコと似ている。
しかし、女王になってからは、決して勢い任せではなく、細かい気配りをしながら、クラスタルをうまく立て直しているようだ。
「ミレーヌ、本当にお疲れ様! お茶入れるからゆっくりしてね」
「ありがとう、ミヤコ!」
「ねぇ、ミレーヌちゃん。また夏になったら日本にきてよ。睡蓮の咲く小池に連れて行ってあげるよ」
「わぁ、楽しみです!」
「いいね~僕も行きたい! その時はミア達を連れて来るね」
「隊長が行くなら、自分も行きます!」
皆でわいわいしているうちに、日が暮れてきた。
地面からの照明と、真っ赤な提灯で、桜の木がライトアップされていく。
その光で川の水面も輝き揺らめいて、その景色は奇跡のように幻想的だった。
宮子とお花見に来たターク様の元に、みんなが集まってきました。ずっと自分を心配してくれていたお父さんや、宮子と達也の帰りを待っていた彼らの両親に、申し訳なさと、感謝の念が湧いてきます。だけどカミルの前では、出来れば泣きたくないターク様なのでした。
何か色々書き足しているうちに、二話分の長さになってしまいました。次はいよいよ最終話です!
次回、第二一章第十二話 ミヤコとメルローズ。~お前が願ってくれるから~をお楽しみに!




