10 我儘な二人。~心配かけてごめんなさい~
場所:日本
語り:小鳥遊宮子
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お父さんの機嫌が悪くなってしまい、ピリピリする空気の中、私は話の続きをはじめた。
私がターク様に電撃剣を落としたこと、達也が魔物になりかけたこと、ターク様が不死身じゃなくなったこと……。話せば話すほど、お父さんの顔色が悪くなっていく。
「なんて恐ろしい世界なんだ。そんな場所で、宮子が戦っていたなんて……」
「大丈夫だったよ? ターク様もみんなも、すごく強いから、私なんて歌ってただけで……」
「達也が結婚とか言っていたが、まさか宮子、ターク君と結婚して、その恐ろしい世界で暮らすつもりなのか?」
押し殺したような声で、私にそう聞いたお父さん。ターク様が結婚の話を切り出す前に、お父さんに先手を打たれてしまった。
――これはちょっと、思ったより反対されるかも……?
お父さんもお母さんも、やさしくて、私は小さい頃から、殆ど怒られたことがなかった。
だからてっきり、正直に話せば、簡単に許してもらえると思っていたのだ。
だけど、異世界の話は、お父さんには衝撃が強すぎたのかもしれない。
ターク様がケーキの好きな王子様だと、達也がこの二人に話したのは、「そのまま話を合わせておいた方がうまくいくよ」という、達也からのメッセージだったようだ。
――それならそうと、言ってよ! 達也の意地悪!
ニヤッと笑う達也の顔が脳裏に浮かんで、私は思わず唇を噛んだ。
――だけど、私また、楽観的すぎたみたい。
口籠もってしまった私の代わりに、ターク様が口を開いた。
「僕のプロポーズを、ミヤコは受け入れてくれました。結婚して、二人で幸せになりたいと思っています。だけど、僕は、国や領地に責任があります。こちらで暮らすことは出来ません。ミヤコを連れて行かせてください」
ターク様のはっきりとした口調に、お父さんは顔を顰めて黙り込んでしまった。
そんなお父さんを尻目に、お母さんはなぜか、ニコニコしながら、感心したようにうんうんと頷いている。
「それにしても、すごいわ。宮子、成長したわねぇ」
「え?」
――どういう流れでそんな話になったの?
私がキョトンとしているのを見て、またニコニコ笑うお母さん。
「だって、お母さん、あなたに我儘なんて、言われたことなかったもの。たまにはお母さんぽく怒ってみたりしたかったけど、悪いことなんて何にもしないし。お父さんもずっと、宮子に我儘を言われてみたかったって、言ってたわよねぇ?」
「そ、それは、言ったな……」
お母さんの問いかけに、お父さんが何か思い出したように、ギュッと寄せていた眉を緩めた。
――だって、我儘なんて言う前に、希望は全部叶ってたから……。
日本にいた頃の私は、この子煩悩な両親と、達也にひたすら甘やかされ、いつだって満たされていた。
それが両親に、そんなことを思われていたなんて。
改めて私は、幸せ者だ。
「宮子が自分の我儘を突き通し、異世界に残るなんて、余程だな……」
「そうよね。すごい事よ? それに宮子は、いじめられても、少しも怒らないで、いつも他人事みたいな顔してたでしょ? あれも毎回、心配してたわよ。ねぇ? お父さん」
「そうだな。確かにそれも、心配だった。心が広いのは良いことだが、我慢のし過ぎは良くないぞ」
お父さんがまた、お母さんに導かれるまま、うんうんと頷いている。
――我慢のしすぎ?
――そんなつもりはなかったけど……そう見えるのかな?
「そんな宮子が、やきもちを焼いて雷を落とすなんてな。お父さん、想像もつかないよ」
「そうよね? だけど、そんな風に人を好きになれるなんて、すごいことよ。好きな人どころか、友達だって、ずっと達也君しかいなかったじゃない。それなのに異世界では、素敵な仲間ができたみたいで、安心したわよ。ねぇ? お父さん」
「そうだな、仲間は大切だ」
――わ、達也しか友達いないとか言われてる。そんなことは……あるけど……。
――だって、達也が、すぐやきもち焼くから……。
「こんなに立派に自分の意志を通して、人のために歌って認められて、我儘も言って、受け入れてもらって。お母さんは、前よりずいぶん、宮子が素敵になったと思うわ。ねぇ? お父さん、そうよね?」
「そうだな。そうだ。まったく、その通りだよ、母さん」
お母さんの流れるようなフォローで、お父さんの表情がみるみる変わっていく。
――ありがとうお母さん!
――だけどまさか、そんな風に心配かけてたなんて、初めて知ったよ!
「お父さん、お母さん、心配ばかりかけて、本当にごめんなさい」
両親の会話にちょっとした衝撃を受けつつ、私が二人に謝罪すると、お父さんはターク様に向き合い、真剣な顔で、彼に質問を投げかけた。
「ターク君、君は、宮子の我儘を聞くために、永遠の命を投げ出したのか……?」
お父さんの質問に、ターク様はまた一層、ピンと背筋を伸ばした。
「……僕はあの力を、与えられた使命だと思っていました。力がある限り、国や人の為に、自分は生きるべきだと……。けど僕は、ミヤコと出会って、自分の幸せを願い、それを優先しました。勝手なことだと分かっています。だからこれは、ミヤコのためと言うより、ただの、僕の我儘です。ミヤコは僕に、その決断をする、きっかけと勇気をくれました」
「宮子を連れて行きたいと言うのも、ただの君の我儘か?」
「そうです……」
「そうか。なら親は、息子の我儘を聞くしかないな。いつも言ってもらえるとは、限らないからな」
お父さんの発言に、私が「えっ!?」と、大きな声を出すと、お父さんは真面目な顔で立ち上がり、ターク様に深々と頭を下げた。
「ターク君、宮子をよろしくお願いします」
「はい! もちろんです! ありがとうございます!」
真っ黒な瞳を輝かせ、飛び跳ねるように立ち上がったターク様。
二人はしっかりお互いの目を見ながら、力強く握手を交わした。
「あいったぁー! 君、握力おかしくない?」
「わ。すみません、緊張していたもので……」
お父さんが、ターク様に握られた手を、涙目でパタパタ振っているのを見て、お母さんがくすくす笑っている。
「お父さん、ありがとう!」
「良かったわね、宮子!」
「お母さんも本当にありがとう!」
感謝の気持ちを伝えると、また涙が、ぽろぽろと溢れてきた。
異世界の恐ろしさに黙り込んでしまったお父さんでしたが、お母さんの不思議なフォローで、宮子の成長を感じてくれたようです。
不死身の力を手放したのは、自分のわがままだったと言うターク様に、お父さんは結婚の許可をくれました!
残すところ後2話になりました!
次回、ターク様が浮かれてお花見に行くと……。
第二一章第十一話 桜の木の下で。~今からでも出来るはずだ~をお楽しみに!




