08 いざ、日本。~手土産はもってきた?~
場所:タークの屋敷
語り:ターク・メルローズ
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「ターク様、その格好はちょっと、日本では目立ちますよ?」
「ん? そうなのか」
クローゼットの姿見の前で、首元にたっぷりのフリルがついた白いシャツを着込んでいた私、ターク・メルローズは、ミヤコに話しかけられ、ボタンを留める手を止めた。
今日は、タツヤが作った異世界転送ゲートを使い、ミヤコと共に、日本へ行く約束をしている。
ミヤコが、「結婚は日本にいる両親に許可をもらわないといけない」と、言うので、私達はこれから、ミヤコの両親に会いにいくのだ。
結婚に挨拶が必要なのは、当然と言えば当然だが、私は今、これ以上ないくらいに緊張していた。
――まずいな……さっき食べたものを吐いてしまいそうだ。
――日本に行って、ミヤコの両親に反対されたらどうすればいいんだ?
つい、こわばった顔をしてしまったせいか、ミヤコが少し心配そうに私を見上げている。
「ターク様、そんなに緊張しなくても平気ですよ。ゲートを潜ったら達也の部屋ですし、私の家はすぐとなりです」
「なんだか近すぎて余計に緊張するな。もっとあちこち冒険してから辿り着くくらいがいいんだが」
「後回しにしても、疲れるだけですよ。うちの両親は少しも怖くないので大丈夫です。達也が先に、事情を説明してくれてるはずですから」
――タツヤか……なんだか余計に怖いな。あいつ、私の悪口をミヤコの両親に吹き込んでないか?
――だいたい、ミヤコとタツヤがずっと一緒にいた部屋なんか、あまり見たくないんだが……。下手すると、嫉妬で死んでしまうぞ。
タツヤの部屋は、ずっと前にアーシラの森で見たタツヤの記憶で、だいたいどんなものか、見当はついている。
あの部屋には、ミヤコの持ち込んだ彼女の私物が、いくつも置かれているのだった。
そして、あいつがあの、クローゼットみたいな狭い部屋にミヤコを呼ぶため、せっせと環境を整えていたことも、私には痛く分かっていた。
――いや、本当に見たくないな!
不安にため息をつきながらも、私が着ていたシャツを脱ぐと、ミヤコが顔を赤くして後ろを向いた。今更だと思うのだが、まるで初めて見たとでも言うような反応だ。
「なんだ? お前が脱げと言ったんだろ」
「脱げとは言ってません」
どんな顔をしているのかと回り込んでのぞき込もうとすると、ミヤコはどんどん壁際に逃げてしまう。今日も彼女は、小動物のようだ。
「は、早く何か着てください」
「何を着ればいいんだ?」
「いつもの黒いシャツで平気ですよ」
「本当にこんな簡素な服で大丈夫なのか?」
「カッコいいですよ?」
「ふむ……」
シャツを着込み、姿見の前で何度も前髪を整えていると、ミヤコが私の腕につかまってきた。
珍しいなと思いながら目をやると、少し緊張した様子で、私の顔を見上げている。
「ターク様。私の我儘を、全部聞いてくれて、本当に嬉しいです」
「いや、当然だ。結婚したいと言ったのは私だぞ」
「あの……」
「なんだ?」
「ターク様、大好きです」
彼女に腕をひかれ体を傾けると、ミヤコのやわらかい唇が、私の頬でチュッと音を立てた。
「な……!?」
見開いた眼でミヤコを見ると、彼女はまた顔を赤くして、恥ずかしそうに俯いている。
――なんだ!? ミヤコから、キスされた!
――え……? これ、初めてじゃないか?
おどろきで声が出ず、思わず口がパクパクしてしまう。
背中に羽が生えたような高揚感で、身体が浮いてしまいそうだ。
「いや、可愛いすぎだろ……」
「きゃ、ターク様……!」
私を見上げたミヤコをクローゼットの壁に押し付け、私は彼女と唇を合わせた。
――ダメだ。あまり強引にしては……。
つい力が入ってしまい、焦る気持ちを抑えながら、私はミヤコから体を離し、改めて彼女を見た。
ミヤコは、丸い目を幸せそうにうっとりと細め、私を見つめている。
背伸びをしながら私の首に腕を伸ばし、また彼女の方から近づいてきた。
そのまま、ミヤコの唇が私に触れると、なんとも言えない甘い喜びが、私の胸にじわじわと湧き上がった。
――これはまずい。幸せすぎる。
崩れ落ちそうになる自制心をギリギリで保ち、彼女の反応を確かめながら、私はもう一度、出来るだけそっと、口を付けた。
唇をはなしてみると、熱い吐息と一緒に「ふぁっ……ターク様、好きっ……」と、声がもれてくる。
――だめだ、もう、手加減できない。
思考が白んでいくのを感じながら、彼女を再び壁に押し付け、夢中で何度もキスをした。
「好きだミヤコ……誰よりも……愛してる……お前だけだ……私の可愛い歌姫……」
合わせた唇をはなすたび、考えていることがそのまま、全部声に出てしまう。流石に自分でも恥ずかしい。
しかし、私はもう、それを止めることができなかった。
「あぁ……! ターク様、も、時間が……!」
「そ、そうだ。時間がない」
結局我を忘れてしまった私だったが、ミヤコに言われ、約束の時間があったことを思い出した。
なんとか気持ちを落ち着け、彼女を壁際から解放する。
――慌てるな。とにかく先に、結婚の承諾をもらうんだ。
――ミヤコを手に入れるためなら、私は何処にでも行く。異世界でも、タツヤの部屋でもだ!
崩れるように床に座り込んでしまったミヤコを抱き起こし、もう一度気持ちと身だしなみを整えて、私達は、転送ゲートを潜った。
△
「みやちゃん、ターク君! 来たね!」
「うわぁ、この部屋久々! 懐かしいわ。でも前よりすっきりしてるね」
ゲートを潜ると、そこは本当にタツヤの部屋だった。
「みやちゃんの私物は、京子さんが持って帰ったよ」
「そっか、ありがとう」
キョウコというのは、ミヤコの母親の名前らしい。
少しホッとしながら部屋を見回してみると、確かにそこはすっきりと、モノトーンでまとめられていた。
そして、タツヤの隣にはなんと、ノーラが座っていた。
魔王城でタツヤを送り出したと聞いていたが、押しかけ女房のように、日本まで追いかけて来てしまったらしい。
「ダー君が居ないと、魔王城は寂しすぎるもの。ニジルドもうざいし」
そんなことを言いながら、ノーラはタツヤに纏わりついたが、タツヤが嫌がる様子はない。
「ノーラちゃんが居ないと、こっちから転送ゲートを開くのが大変でさ。こっちの世界は、微精霊が少なくてね。魔力があっても魔法が発動しにくいんだ。来てくれて助かったよ」
ノーラが好きなのか、利害が一致しているだけなのか、タツヤの態度からは今ひとつつかめない。
――もしかしてまだ、デモンクーズの魅了にかかってるのか?
よく分からないが、タツヤはいつも通り、フワフワして見える。
私がタツヤの様子を横目で観察していると、彼は私の全身を上から下までジロジロと見てから、「結婚の挨拶には、ちょっとラフすぎない?」と、首を捻った。
「そうかな?」と、ミヤコはとぼけた顔をしている。
タツヤは彼のクローゼットから、シンプルなグレーの上着を取り出し、私に手渡した。
「これあげるよ。魔物化から助けてくれたお礼。これで借りは無しね」
「あ、あぁ。助かるよ」
あれだけの騒ぎを、上着一枚で埋め合わせようとするのはどうかと思うが、彼には一応、応援の気持ちがあるらしい。
「ターク君、すごい顔が強張ってるけど大丈夫?」
「いや、吐きそうだぞ」
「しっかりしてよ? 二時に約束とりつけてあるからね。十分前には行かないと。手土産はもってきた?」
「菓子の缶を持ってきた」
「いいね。挨拶の言葉は?」
「……」
「しっかり考えていかないと、失敗するよ?」
タツヤはパットとかいう不思議な道具を取り出すと、何やら得意げに検索をはじめた。
日本の女性の結婚適齢期も、前にこのパットで検索したのだと言う。
――検索ってなんだ……。
タツヤは結婚の挨拶について検索すると、それを読み上げながら、私にアドバイスしてくれた。
まずは時間を取ってもらったことに感謝し、それからミヤコにプロポーズして承諾してもらったことを伝え、二人で幸せになりたいと、こちらの意志を伝えればいいようだ。
「タツヤ、ありがとう」
「いや、これはみやちゃんのためだからね? みやちゃん、僕はいつだって、君の幸せを祈ってるよ」
「達也、本当にありがとう」
「本当にいいんだな?」
「僕じゃみやちゃんを、幸せに出来ないって、いいかげん分かったからね」
今度こそタツヤは、ミヤコを私に渡す決心をしたようだ。タツヤの気持ちに感謝しながら、私は、ミヤコに連れられ、彼の部屋をあとにした。
結婚の報告をするため、クローゼットで日本に行く準備をしているターク様ですが、不安と緊張に顔がこわばっています。ターク様の緊張をほぐそうとした宮子ですが、何かスイッチを押してしまったようです笑
日本で待っていた達也は、意外にも親切に、色々と協力してくれました。ご挨拶はうまく行くのでしょうか?
次回、第二一章第九話 ただいま帰りました!~達也、これどういうつもり?~をお楽しみに!




