06 [番外編]ファトムとネドゥ2~悲しい知らせ~
場所:ロチェカ山
語り:ネドゥ・ポルネル
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あたいがロチェカ山に来てから、四年半が経とうとしていた。
どうしてそんなに居着いてしまったかと言うと、ファトムが全然落ちないから、と言うのもあるけれど、このロチェカ山が、寒いだけのグラス村にくらべて温暖で、かなり居心地が良かったからだ。
本来ならこの山も、雪山に近かったのかも知れないけれど、ファトムがいるせいか、一年中春みたいだった。
ファトムはあたいのやることに興味が湧いたのか、あたいが頼むと、少しも嫌がらずにその力を貸してくれた。
山には食べ物がいっぱいあるし、ファトムが居れば薪を集める必要もない。
近くにきれいな川があって、飲み水にも困らないし、ファトムの力で湯を沸かせば、毎日温かい風呂にも入れる。
村よりずっと快適で気ままな暮らしが気に入ってしまい、あたいはすっかり、当初の目的を見失っていた。
――契約なんてしなくても、仲良くなれば力を貸してくれるもんなんだね。
――でもこんな程度じゃ、ファトムの身体は冷めないみたい。あの逞しい腕に、あたいの腕を絡めてみたいんだけどね。
こんなにそばで暮らしていても、触れることすら出来ないファトムに、気がつくとチリチリと胸が焦げ付いている。
触りたい、キスしたい、それがダメなら、せめて見つめ合っていたい。
だけど、ファトムは相変わらず、日に何時間も雪山を眺めては、セリスを思い、切ないため息をつくのだった。
――こりゃ手に負えないね。
あたいがそんなことを思っていた時、毎日見ていた雪山から、小さな火の精霊がやってきた。
微精霊から精霊になりたての、ほんの小さい精霊で、普段はセヒマラにある精霊の神殿に、明かりを灯す役目をしているらしい。
ファトムが大精霊の力を受け取り、大きくなる前から、二人は仲が良かったようだ。
だけど、その小さな火の精霊は、ファトムにとって、悲しい知らせを伝えに来たのだった。
「ファトム、セリスが精霊狩りに攫われてしまった……」
「うそだ……そんな……!」
「助けられなくて、ごめんよ」
――あー、仲間たちが、勝手なことを……。だけど、ちょうどよかったね。これで雪山ばっかり見なくなるよ。
――もう少しこっちを向いてくれるようになると最高だね。
あたいはそう思ったけど、その日からファトムは、めそめそと泣くようになってしまった。
逞しい大きな身体を嗚咽で揺らし、流れ落ちる前に蒸発してしまう高温の涙を次々とあふれさせる。
「元気をお出しよ、ファトム。精霊狩りに捕まったら最後、助けることなんて出来ないよ。きっともう、おっ死んだんじゃないかい? そんな会えない恋人なんて忘れて、あたいと楽しくやろうよ」
「人間のお前に何が分かる? オレとセリスは、二百年恋人だったんだぞ」
「それだけ好きな人と一緒にいられたなら、もう十分幸せじゃないか」
そんなやりとりを何日か繰り返すうち、なかなかセリスを忘れないファトムに、あたいはだんだん腹が立ってきた。
――本当にあたい、何やってるんだろうね?
――最初はイカツい見た目でカッコいいと思ったけど、女々しいったらないよ。
――これ以上時間をかけても、あたいにはなびかないね。
そう思ったものの、落ち込むファトムを置いて、山を降りることはできなかった。
――精霊達は、いつもこんなに悲しんでたのかい?
――攫われた同族のことなんて、てっきりどうでもいいんだと思ってたよ。
あたいは結局、ファトムが元気になるまで、ひたすら彼を励ました。
三ヶ月もすると、切ない顔をしながらも、あたいを困らせまいと笑顔を見せてくれるようになった。
だけど、その辛そうな笑顔が、ぎゅうぎゅうとあたいの胸を締め付ける。
――抱きしめてあげたい……。
――あたい、いったい何考えてるんだろうね。ファトムを苦しめてるのは、私達精霊狩りなのに。
――もうこれ以上、ファトムのそばにいられない。
そんな思いが湧き上がって、あたいはファトムに声をかけた。
「ファトム、あたい、そろそろ村に帰るよ」
「そうか、いつ戻ってくる?」
「もう、戻る気はないよ」
「え?……なぜなんだ? 嫌だ、戻らないなんて、言わないでくれよ……」
急な別れの宣言に、ファトムは思いの外動揺した。
最近少し、熱の落ち着いていた彼の身体が、高温の釜戸で打たれた鉄のように赤くなり、強烈な熱気が立ち上がる。
「あんたはもう大丈夫だろ。あたい、山暮らしは飽きたよ」
「い、嫌だ……! 絶対嫌だ!」
「勝手なこと言うんじゃないよ。セリスのことばっかり考えてるくせに!」
「勝手なのは分かってる! でも、ネドゥがいなくなるのは嫌なんだ!」
ファトムの赤い身体が激しく燃え上がり、飛び散った火の粉が、周りの草木に引火していく。
「行くな……」
メラメラと燃えながら近づいてくるファトムに、あたいは慌てふためき、近くの川に飛び込んだ。
何年も一緒に暮らし、すっかりファトムを好きになってしまったネドゥですが、この恋は実りそうにありません。セリスの事で落ち込むファトムを励ましつつも、罪悪感にも苛まれた彼女は、村に帰ろうとしましたが……。
次回、第二一章第七話 [番外編]ファトムとネドゥ3~灰になってしまえ~をお楽しみに!




