05 [番外編]ファトムとネドゥ1~熱くてイカツイ堅物~
場所:ロチェカ山
語り:ネドゥ・ポルネル
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五年前、セヒマラ雪山の東、ロチェカ山にて――
「ねぇ、ねぇねぇねぇ!」
同じ方向をじっと見つめたまま突っ立って、少しもこっちを向こうとしない精霊の背中に向かって、あたい、ネドゥ・ポルネルは、さっきから何度も声を張りあげていた。
「ねえったら、真っ赤なあんた! 聞こえてるならこっち向いてよ!」
そのガッチリと筋肉質な背中は赤銅色で、ゆらゆらと熱気を放っている。
まるでイノシシのように太く、しっかりとした首の筋肉の上には、四角い頭が乗っていて、燃えるような赤い髪がツンツンと立ち上がっていた。
前に回り込んで見上げてみると、セクシーに割れた顎と、しっかりと高い鼻が最初に目に入り、頑固そうな瞳の上には、鳥の羽のような太い眉がはしっていた。
――ひゅー! 完璧! 最高にあたいの好みだよ!
――熱くてイカツイ堅物ね! これは欲しくなっちゃうよ!
あたいは自分の一番の武器である胸の谷間をこれでもかと寄せ、腰をくねくねさせながら、その精霊ーー火の精霊ファトムの剥き出しの胸元に手を触れた。
「あっつ! うっそ! 焼けたぁーー!」
だけど、その肌のあまりの熱さに、真っ赤になった指を咥え、涙目でしゃがみ込む。すると、ファトムはようやく、あたいに目線を向けた。
「ん? 大丈夫か? オレに触ると火傷するぞ」
「言うのがおっそいんだよ、バカ!」
「すまん、気付かなかった……。考え事をしていてな」
「まったく、一体何をそんなに考え込んでるのさ」
あたいはそう言って、もう一度ファトムを見上げた。彼の視線はもう、さっきと同じ方向を見ている。
あたいの質問に、ファトムは返事すらしなかった。
と言っても、あたいは彼が、じいっと何を眺めているのか、とっくの昔に知っていた。
――ファトム……ひどく一途だって調べはついてるけど、セヒマラ雪山のセリスがそんなに恋しいのかね。
――こんなに離れた場所から一日中雪山を眺めて、いったい何が楽しいんだか。
――まぁいいわ。あたいがすぐ、落としてあげるよ。
姉妹で道端に捨てられていたところを、精霊狩りに拾われて育ち、九歳から狩りに参加して、今年で十年目。
この節目の年に、仲間たちが集めてくる精霊の情報を元に、あたいが狙いを定めたのがこのファトムだった。
こんな色ボケの精霊、メロウムで拘束して売り飛ばすだけなら、はっきり言って簡単だ。さっきのボディタッチが出来た時点で、もう成功したようなものだ。
だけど、今回のあたいの狙いは、精霊の売却ではなく、精霊との契約だった。
――クラスタルで魔道士って言ったら、変な目で見られるけどね。ベルガノンへ逃げりゃ、適当に商売できるし、金持ち決定だよ。
――しかも炎とか超便利だし。こいつなら連れて歩いてもかっこいいし箔がつくよ。
――こいつの愛を手に入れたら、精霊狩りなんて引退だ。むさ苦しいグラス村ともお別れさね。
だけど、このファトム、想像以上に一日中、ぼんやりとセヒマラを眺めている。頑張って話しかけても返事はしないし、自分の方を向いてもらうだけでも一苦労なのだった。
それでも毎日のようにロチェカ山に登り、半年も経つと、ファトムはようやく、あたいの顔と名前を覚えた。
「ファトム、あんた、毎日毎日雪山ばっかり眺めてさ、いい加減、時間の無駄だとは思わないの?」
「時間か……精霊のオレにはあってないようなものだ。ネドゥ、お前こそ、短い人間の時間を大切にしたらどうだ」
「あんたのその割れ顎を見上げて過ごすのは嫌いじゃないよ。欲を言えば、もっとこっちを向いて欲しいんだけどさ」
「すまなかった。あの雪山には恋人が居るんだ。だが、昔より身体が熱くなりすぎてな。会えなくなってしまった。今だって、こうやってぼんやりしてないと、感情がたかぶって山を燃やしてしまう……」
「大変なんだねぇ。だけど、そうやって押さえ込んでやり過ごしてるだけじゃ、問題は解決できないよ? いつか爆発しちまうんじゃないのかい?」
「そうかもしれないな」
「なら、あたいが、うまい力の逃し方を考えてあげるよ」
あたいがそう言うと、ファトムは不思議そうな顔であたいを見下ろした。
――やっと話を聞いてくれるようになったよ! ここまで長かったね!
あたいはそれから、ファトムに人間の火の力の使い方を教えてやった。
「まずは肉を焼くよ。火の使い道っていったら料理だろ。焼いたら腹も壊さないし、やわらかくてうまいんだから!」
「精霊は肉なんて食べない。料理なんてして何になる」
「うまそうに肉を食べるあたいを眺めるのさ。幸せな気分になるはずだよ」
この半年の間に、あたいはファトムの突っ立っている草原の近くに、小さな小屋を建てていた。
その小屋のそばでファトムに肉を焼かせ、ついでに薪木に火をつけさせて、「うまい」とか「あったかい」とか、「明るーい」とか言って喜んで見せる。
何日かそんなことをしていると、
「人間はいいな。小さくて儚いが前を向いてる。生きてるって感じがするな」
ファトムはそんな事を言いながら、初めて少し、笑顔を見せた。
――ここまでくれば、もうひと押しさ! ちょろいね!
そう思ってから、なんと四年、あたいはその小屋で暮らした。
山に通いはじめてから、四年半の月日が経とうとしていた。
ファトムに精霊の契約を結ばせようと、山にやってきたネドゥ。簡単に落とせると思っていたら、ファトムの恋煩いがひどすぎて、こっちを向かせるのも一苦労。いつの間にやら四年半が経過していました……。
次回、第二一章第六話 [番外編]ファトムとネドゥ2~悲しい知らせ~をお楽しみに!




