12 ゴイムの実情。~その気になったターク様~
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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ターク様がお風呂に入っている間、やることのない私は、ぼんやりとさっき起こったことを考えていた。
私の身体からあふれた魔力は、わずかではあるけれど、確かにターク様に流れていた。これは、彼に恩返しがしたい私にとっては、これ以上ないほど好都合だ。
――私の魔力で、もっとターク様を元気付けることはできないかな?
もっとたくさんの魔力をターク様に送ることができれば、少しは彼の役に立てるかもしれない。
「うーん? そもそも魔法ってどうやってやるの? こうかな? ヒール! ヒール!」
呪文なんてそれしか知らないので、ターク様の真似をして手を突き出し、とりあえずヒールを唱えてみた。だけど、当然のことながらなにも起こらない。
私が何度もヒールを唱えていると、ターク様が不思議そうな顔で、こっちを見ていることに気付いた。さっきバスルームに入ったばかりなのに、いつの間に出てきたのだろうか。
彼はなんと、腰にバスタオルを巻いただけの半裸状態だ! 濡れた肌が加護の光を反射し、まるで真夏の海の水面のようにキラキラと輝いている。さっきまで床に膝をついていた人物と同一人物だとは、思えないくらいに眩しい。
「きゃっ!?」
思わず赤面し、顔を背ける私に、ターク様はかまわず近づいてくる。
「妙な声が聞こえると思って出てきたが……なんだお前、魔法が使いたいのか?」
どうやら、私の頭が心配になって、慌てて出てきてくださったようだ。
「あ、はい、ターク様を魔法で元気にできないかって……」
「そうか、だが私にヒールは必要ない。私の体力ゲージは常に満タンだからな」
そう言うターク様は、お風呂あがりのせいか、なんだかさっきよりさっぱりして見える。
――まさか、本当に魔力三だけで元気になったのかな?
そんな気もするし、光っていてわからないだけな気もする。
――というか、とても直視できないわ!
私はターク様から顔を逸らしたまま、彼の話を聞いていた。
「ゴイムはその黒い刻印で魔力を封じられているからな。魔法を使うことはできないぞ」
「えっ!? そうなんですか……?」
なんてことだろう。せっかく魔力が溜まったのに、この気分の悪い刻印が、ゴイムの魔力を封じるためのものだったなんて。
「残念です。この魔力をターク様に送れないかって思ったんですけど……」
「あー、確かに、さっきは少しあふれていたが……。たくさんは……難しいだろうな」
「やっぱり、あの程度の魔力じゃ役に立たないですよね……」
「……まあ、こっちに座れ」
ガッカリする私を見かねたのか、ターク様はあらたまった顔で、私をベッドに座らせた。
「あまりこの話は好きじゃないが、ゴイムについてもう少し説明してやる」
――わ! やっと話す気になってくれたのね!
ずっと知りたかったことだけど、いざ聞かされるとなると、なんだか怖い。ターク様がずっと言いづらそうにしていたことから考えても、相当つらい宣告なのは予想がついた。
緊張に震えながら、「お願いします」と言う私のとなりに、ターク様は「泣くなよ?」と言いながら腰を下ろした。
△
「まずな、大抵のゴイムは、契約によってさまざまな行動を禁止されているんだ。できるだけなにもせず、素早く魔力を溜めるのがゴイムの仕事だからな。余計なことをすれば、そのゴイム印がお前に罰を与える可能性がある。気をつけるに越したことはないんだ」
「え、罰ですか……?」
「あぁ、まぁその辺りは契約内容にもよるから、なんとも言えないが」
ようやくゴイムについて話す気になったターク様。
毎朝、彼がなにもするなと釘を刺して出かけていたのは、私の身を案じてのことだったらしい。
――それ、先に言っておいてくれませんか?
もし、私が我慢できずにもっと勝手をしていたら、いったいどうなっていたのだろう。いきなり電流が流れるとか、そういう感じのことだろうか? 想像すると、額からサーッと血の気が引いていくのを感じる。
「なるほど……。でも、魔法が封印されたゴイムに魔力を溜めて、なにか意味があるんですか?」
「ああ。ゴイムに溜まった魔力は、吸引魔法サキュラルによって吸いあげられる。ゴイムは魔力を作り貯めておく、魔力タンクというわけだな」
「魔力タンク……」
ターク様の話では、貴族が奴隷をゴイムとして登録すると、ゴイムは生活にさまざまな禁止事項を設けられる。
契約は、ゴイムの刻印によってなされ、ゴイムは以降、ただただ魔力を溜める道具として使われることになる。
そして、ゴイムに選ばれるのは、奴隷のなかでも、特に最大魔力量の多いものらしい。
なにもせずにすごした、この十日あまりを思い返すと、それはなかなかにつらい仕事な気がする。だけど、ゴイムの実情は、その程度のものではないようだ。
「サキュラルが吸い取るのは魔力だけじゃない、大抵は体力も限界まで吸いあげられる。もともとサキュラルは魔物から体力を奪い取る雑な魔術だ。吸い取られる側への配慮など無いに等しい」
「うわぁ……なるほど」
「ゴイムたちは全てを禁止され、全てを吸いあげられる。それを繰り返すうちに、心も枯れはて、空っぽの人形のように無表情になる。それが魔力タンクの完成形だ」
「えー……そんな……」
こんな退屈な毎日がずっとつづけば、自分も無機質なタンクになってしまうのだろうか。
サキュラルの経験がないせいか、あまり実感は湧かなかった。
――でも、そんな吸引魔法があるなら、この溜まった魔力をターク様に吸いあげてもらえば、簡単にターク様を元気にできるんじゃ……!?
ターク様の話を聞いて、ふとそんなことを考えた私は、希望に満ちた瞳で、伏せていた顔をあげた。
「それならターク様、私にサキュラルをかけてください! 私、ターク様に恩返しがしたいんです!」
だけど、目を輝かせた私を見て、ターク様は呆れた顔で大きなため息をついた。
「ミヤコ……お前、いまの話、しっかり聞いてたのか? 悪いが私に、そんな趣味はないぞ。それに、魔力タンクは契約をした所有者にしか使えないようになっているのだ」
「そ、そんなぁ……」
リストラされたサラリーマンのように、私はがっくりと肩を落とした。
せっかく魔力が溜まっても、使えるのはこの、忌々しい刻印を私に刻んだ当人だけだなんて。この刻印がある限り、私はなにもできないらしい。
「ああ、……だが、これは忘れてはいけないぞ。サキュラルができなくても、魔力を奪う方法がないわけじゃない。気をつけろ。ゴイムをいたぶれば、飛び出した魔力を吸い取ることができるからな。やられただろ? ここに来た日に」
「それで私、あんな目に……?」
『絞ってやる』
『これっぽっちか』
地下牢でまさにいたぶられたあのとき、大男たちが言っていた言葉が脳裏に蘇る。
――あれはそういう意味だったんだ……。
納得すると同時に、これ以上ないほどに絶望的な気分になった。
――あんな暴力で、人の魔力を奪おうなんて。
でもそう考えると、サキュラルも暴力に近いものなのかもしれない。サキュラルをしてほしいなんて、ターク様が呆れるのも当然だ。
「あらためて言うが、外は危険だぞ」
「はい……」
私はもう、それ以上声も出なかった。向け先のない怒りが込みあげ、ただただ唇を噛みしめる。
ターク様は私に寄り添うように座りなおすと、冷え切った冷たい指先で私の唇をつついた。
「噛むなよ」
ターク様の湿った肌が私の腕に張り付いて、私はあらためてターク様を見た。
――ターク様、まだ半裸だった!
驚いて口をパクパクさせ、ターク様の指を咥えてしまった私。
「もごっ」
「おい、食べるんじゃない」
顔を赤くして、大慌てで彼から離れる。
「大丈夫だ。この間みたいなことはもう起こさせない。お前は安心してここにいるといい。そうすれば、私がお前を守ると約束しよう」
真剣な表情でそう言って、やっと服を着たターク様。それは、なんだか非常に聞き覚えのある言葉だった。
――あれ? 達也にも似たようなこと言われたような……? これってデジャブ? というか、まさかフラグ……?
ぶんぶんと頭を振って、嫌な考えを振り払う。
「ターク様、ありがとうございます。お疲れのときに、こんな話をさせて申しわけないです。だけど、お役に立てなくて残念です。せめて、これ以上ご迷惑をかけないように努力します……」
私がそう言うと、ターク様は困ったように笑った。
「あぁ、いや、私は疲れたりしないけどな? まぁ、いいから、お前も早く風呂に入ってこい」
「わかりました。ターク様も、身体が冷えてますから、早くベッドに入ってください」
「わかった」
△
ターク様がベッドに潜りこむのを確認して、私は湯船に沈み込んだ。
――いったい、なんてものになってしまったの……?
涙が次々にあふれてくる。なんだかもう、頭がぐちゃぐちゃだった。
ターク様の癒しの加護が残る湯が、やさしい光で落ち込んだ心を包み込む。
――温かい……。私、迷惑ばかりかけてるのに。なんの役にも立たないのに。どうしてこんなにやさしいの?
――なんでもいい、少しでも……あなたに恩返しがしたい。私が願うことはそれだけなのに……。
なにもできないことが、私の胸をギュウギュウと締め付けていた。




