03 新女王と精霊狩り。~愛してないって言ってるのに?~
場所:ディーファブール
語り:小鳥遊宮子
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クラスタル城での戦いがあった日から二ヶ月ほど経った頃、まだまだ復興途中のディーファブールで、ミレーヌの即位式が行われた。
かろうじて残っていたクラスタル城の謁見の間に、真新しい赤い絨毯が敷かれ、その場所だけ見れば、何事もなかったかのように広間は整えられていた。
ステンドグラスの窓からキラキラと輝く光が差し込む中、美しい純白のドレスを着たミレーヌに、ゼーニジリアスが王冠を被せる。
周りを取り囲んでいた兵士達から、歓喜の声がもれると、ミレーヌはにっこりと笑顔を見せた。
彼女は、乱心して国を滅ぼしかけたノーデス王を倒した英雄として、また、正統な王の血を引く王家の娘として、このクラスタルで盛大にもてはやされ、あれよあれよと言う間に、女王に担ぎ上げられてしまったのだった。
実際のところ、ノーデスの死因はミレーヌの電撃剣ではなく、自分で放った魔物に踏み潰されたようなのだけれど、あの時のミレーヌの様子は、沢山の兵士達に目撃されていたようだ。
最初は戸惑った顔をしていたミレーヌだったけれど、自分の持つ大精霊の祝福の力を使い、故郷であるクラスタルを立て直したいと、最終的には決心を固めたようだ。
実際女王になってみると、彼女は八属性の女王とか、白の女王なんて呼ばれて、威厳もたっぷり、人気も上々なのだった。
ミレーヌが女王になったことで、ベルガノンとクラスタルの関係は修復に向かい、また、精霊狩りも罪として、しっかりと取り締まられることとなった。
そんなわけで、ターク様は今、またどこへやら隠れてしまった精霊狩り達の取り締まりのために、クラスタルを忙しく走り回っているのだった。
――ターク様はもう、王都に着いたかな?
私がずっとモルン山の山小屋にいたこともあって、なかなか会えなかった私達。だけど、今日は、久々にターク様と会えることになっていた。
昨日の達也を送り出す晩餐会に、遅れてきたイーヴさんから、新しい石像が出来たから見に来て欲しいと、王都に呼び出されたのだ。
その呼び出しは、どうやら、ターク様にも伝わっているらしかった。
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メルローズ領から転送ゲートを潜り、王都の西の端に出ると、そこにはソワソワと歩き回っている、ターク様の姿があった。
「ターク様!」と、声を掛けると、彼はハッとした顔で私に駆け寄ってきた。
「ミヤコ! 会いたくて死ぬかと思った」
「ターク様ったら、そんなに簡単に、死んじゃダメですよ?」
「そうだな。まだまだ死ぬわけにいかない」
そう言って、私を抱きしめたターク様は、あの金色の光を失っていた。
大量の闇を一気に浄化したことで、癒しの加護は根本から消え去ってしまったらしい。
アグスさんの言っていた方法は、少しも間違えていなかったのだ。
「ターク様、人が沢山見てますから」
そのままキスしようとするターク様を、私は慌てて制止した。私達の周りには、沢山の馬車や通行人が居て、私達を見物していたのだ。
「見せつけてくれるわ!」「若いっていいわね」とかいう、ギャラリーのおばさん達の声が聞こえて来る。
「だからなんだ?」と、不満そうな顔をするターク様。
「こ、ここじゃ恥ずかしいですよ……」
「そうか……なら、キスは馬車の中だな。行こう」
――ちょっと! そんな宣言して馬車に乗り込んだら、余計恥ずかしいじゃないですか……!
周囲の生暖かい視線が突き刺さる中、真っ赤になった私の手を引いて、ターク様は私を、待たせていた馬車に乗せた。
「もう、どうしてターク様は、少しも恥ずかしくないんですか?」
「何がだ……?」
「その、キスとか……っ」
「恥ずかしくはないな。ミヤコとのキスは幸せなだけだ。……だめか?」
「だめなわけないです……」
「よかった」
――聞いたのがバカでした……。
余計に恥ずかしくなってしまった私に、ターク様はさっそくキスをする。彼の額が私の額にくっついて、真っ黒な瞳が、私の瞳を真っ直ぐに見つめている。
「はぁ、生き返る。どんなに会いたかったか分からない……」
「私も、すごく会いたかったです」
私の相槌を聞いて、嬉しそうにニコニコするターク様。
本当に可愛すぎて、トキメキで倒れそうだった。
△
馬車はゲート前の広場を出発し、少し南東に進んだ場所にある、赤煉瓦の細長い建物に入った。
「少しだけ寄っていく」
「わかりました!」
規則的に格子窓の付いたその建物は、ポルールの第二研究室を襲った囚人達を収容している施設だった。
ターク様が牢屋の中の精霊狩り達に声をかけている。
「精霊狩りはベルガノンでもクラスタルでも、厳しく取り締まりされることになった。ここでしっかり反省して、いつか外に出られたら、その時は別の仕事を探すんだな。次にお前たちが精霊に手を出したなら、問答無用で始末していいと、新女王からのお達しもある。私達は常に、目を見張らせているからな」
ターク様が凄みのある声でそう言うと、精霊狩り達は「ひっ」と縮み上がってから、「お得意様も死んじまったし、あっしらぁ、もう、足を洗うつもりですぁ!」と、ブンブン首を縦に振った。
そして、未だにカプセルに入ったままのネドゥは、まだいくらか余裕な顔をしていた。
「キラキラのあんた、キラキラはどうしたの? 誰か大切な人に、あの力を押し付けてきたのかい?」
「いや、あれは、ノーデスの溜め込んだ精霊の闇に相殺されてしまった。ゼーニジリアスも、あの力を精霊達に返して自由を手に入れたぞ。お前はいつまで意地を張ってるつもりだ」
ターク様がそう言うと、ネドゥは少し俯いて、チラチラと彼を見ながら質問を返した。
「セリスは、見つかったんだよね? ファトムは、セリスに会えたのかい?」
「セリスなら、何度かファトムに会いに来たらしい。だが、ファトムは、あんな姿でセリスに会っても、幸せではないようだぞ。今もまだ、力を失ったままだ」
「おかしいね。希望を取り戻して、普通の精霊に戻ると思ったのに」
「ファトムはお前に会いたがっていた。覚悟が決まったら言うんだな。会わせてやるから」
「あいつのこと、愛してないって言ってるのに?」
「ならそれを、証明したらどうだ?」
「あたい、あんたの脇腹を短剣で刺したよね?」
「それがなんだ」
ターク様はそう言うと、黙ってしまったネドゥに背中を向け、収容施設を後にした。
精霊の力を手に入れるためとは言え、ネドゥは五年もファトムと暮らし、その愛を受け取ったのだ。
ターク様は二人が、本当は今も、愛し合っているんじゃないかと考えているようだった。
だけど、例えばネドゥのキスで、ファトムが彼女の愛に気づいたとして、二人はうまくいくのだろうか。
ネドゥの見せる、あの余裕な顔は、どこかもう、全てを諦めているように、私には見えるのだった。
ミレーヌがクラスタルの女王になり、精霊狩りは今後、厳しく取り締まられることに。久々に会ったターク様は、ネドゥ達のいる収容施設を訪れました。
カプセルに入ったままのネドゥを少し憐れんでいる様子のターク様ですが、ネドゥは今の所、出てくるつもりはないようです。
次回、第二一章第四話 キラキラのターク。~君、前より輝いてるよ~をお楽しみに!




