02 魔王城にて2~ノーラの晩餐~
場所:魔王城
語り:小鳥遊宮子
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私達は、闇の大精霊ノーラに案内され、大きな広間に通された。
元々魔王城なだけあって、グレーの石造りの建物の室内は、赤と黒のカーテンやカーペットで装飾され、重厚な雰囲気だ。
部屋の中央に置かれた長いテーブルには、白いお皿に豪華なお料理が盛り付けられていた。
達也を送り出すため、ノーラが準備した晩餐だという。
「それにしても、ガルベルと一緒に食事できる日が来るなんてね。しっかりベルガノンを守ってくれて、嬉しいわ。あなたに祝福を与えたのは、大正解だったみたいね!」
ノーラはガルベルさんを一番奥の席に座らせると、ニコニコしながら彼女に話しかけた。
ノーラは、ガルベルさんに大精霊の祝福を与えた、白の大精霊エディアだったのだ。
「そうね。だけど、百年分の美貌をもらったはずが、戦いばかりで殆ど使い切っちゃったわよ。私が老けはじめるのも時間の問題ね」
「困ったわね。あなたの美貌はベルガノンを守る力になると思っていたのに」
「まぁ、私だって色々頑張りすぎて疲れたからね。前線は若い人達に任せて、魔術師の育成に力を入れるわ。ベルガノンには、頼もしい子たちがいっぱいいるのよ」
「そんなこと言って、少しも見た目、変わってないわよ? でも、闇魔導師はたくさんいた方が良いわ! しっかり育てて、闇の魔力をいっぱい使ってね」
ノーラはそう言うと、今度はくるっと方向を変え、達也のとなりに座った。
「愛しいダー君、あなたの好きなものばかりよ。沢山食べてね」
「うん、ありがとう。ノーラちゃん」
彼女は絡みつくように達也に身を寄せ、その口に料理を運びはじめた。
三カ月前、ターク様に浄化された達也を、ノーラはクラスタルの地下空洞まで迎えに来たのだ。
そして達也は、引き続きノーラの元で暮らすと言い残し、その場を去ってしまった。
――散々ひどい目に遭わされたはずなのに、達也はずいぶんノーラと仲がいいわ。
――ターク様は、ゲートの研究の為にノーラの機嫌を取ってるだけだろうって言ってたけど……。
フワフワニコニコしている達也を眺めながら、私は少し、顔を顰めた。
やはりノーラは、秘宝の魔力を餌に、集めた人間の中から、クラスタルの地下空洞に溜まった精霊の闇を消してくれる、闇の聖騎士を探していたらしい。
その選定基準は、愛する人を殺したくなる呪いに、どれだけ抵抗出来るか、というものだった。
そして、彼女の呪いに見事な抵抗を見せた達也に、彼女はその役目を負わせたのだ。
――やっぱり、何度考えても、精霊のやることはめちゃくちゃだわ。
それはノーラが、彼女なりに、闇に堕ちた精霊達と、ベルガノンとクラスタルの、両国を守るために考えたことだった。
その為に沢山の人が闇に堕ち、実際に大切な人を手にかけてしまった人もいるようなのだけれど、大きな目的のためなら、多少の犠牲は気にしない、という事らしい……。
ノーラは多分、達也を完全に魔物化するギリギリまで頑張らせて、ターク様に浄化させようと思っていたのだろう。
私の歌で、あれだけの精霊が集まったのは完全な想定外で、あの闇を全部消してしまえるなんて、思ってもみなかったようだ。
――どうして精霊達は、いつも達也を捨て駒みたいに……。
――愛しいダー君、なんて言ってるけど、達也の浄化だって、出来てラッキーくらいにしか思ってなさそう……。
――て言うかあれ、殆ど、アウトだったよね……? 遺跡の時だって、達也じゃなかっなら私、死んでたよね? 選定基準、おかしくない?
言いたいことは沢山あるけれど、一番被害を受けた当の本人が、ノーラとイチャイチャしているので、完全に言いそびれた形になっている。
――だけど、達也が無事で本当によかった。
彼女のしたことは、私には到底理解できないけれど、目的を達成した今、彼女は全ての秘宝から、あの忌々しい呪いを取り下げたのだった。
そして、私と彼女の間には、もう一つ深い因縁があった。
彼女は城から誘拐したものの、結局手放してしまったミレーヌを守るため、この世界にやって来た私を、ミレーヌの中に押し込んだ、張本人だったのだ。
当時、ゴイムの暮らしに疲れ、消えかけていた彼女の心を繋ぎとめるため、私はノーラに利用されたらしい。
――精霊のやることは、いつだってどこか勝手なのよね。
――まぁ、いいんだけどね。ミレーヌが無事で何よりなんだけど。
料理を前にそんなことを考えていると、ライルがグラスにジュースを注いでくれた。
「ライル、ありがとう。今日もお魚をもらってお手伝い?」
「ううん。今日はノーラ様の望みがかなったお祝いも兼ねてるからね。たまには自主的に手伝おうかと思って」
「そうなんだ。ライルはノーラが好きなんだね」
「僕は嫌われ者の死神だからね。嫌わないでいてくれる人はだいたい好きだよ」
そう言って、ギザギザの刃を見せ、ニカッと笑うライル。
死神……というのが、どこまで本当かは分からないけれど、人に死をもたらす存在が、ただの悪ではないことはきっと間違いないと思う。
どんなに理不尽に嫌われても、ニカニカッっと笑いながら、自分の任務をこなす彼は、本当に頼もしい猫ちゃんだ。
「それに、今日の手伝いはもう一人いるよ」
ライルに言われて振り返ると、ワゴンにパンを乗せて配って歩いている、ゼーニジリアスがそこに居た。
二メートル近い長身、腰まである銀髪、ルビーのような赤い瞳、真っ白な鎧、ワゴンに焼き立てパン。その違和感は、とても見過ごせるものではない。
私は彼を何度も二度見してから、ひそひそ声でライルに話しかけた。
「どうして彼がこんなところに?」
「彼、ノーラ様の虜だからね。どうも、彼女のペットになりたいらしいよ」
「えぇ? 大丈夫なの? それ」
「まぁ、うっかり闇に囚われて、ベルガノンを攻撃したせいで、ノーラ様にかなり嫌われてるからね。とりあえず無料奉仕して、好かれようとしてるのかな」
「ほぉ……」
ゼーニジリアスは、三カ月前のあの日、地下空洞で闇堕ちしていた水の精霊達に、自分の持っていた水の力を投げ与え、精霊の力を失っていた。
その行動で、自分の精霊への愛と、敵意のないことを証明し、しばらくのベルガノンでの取り調べの後、先日解放されたのだった。
ターク様と共闘している彼を見た時は、いったい何が起きたのかと思ったけれど、彼は本気で、精霊達を愛しているらしい。
ライルが言うには、彼は今、ノーデス王が死んだことで、回ってきた王位継承権すら放棄し、力を失った精霊達をこの魔王城に集め、世話をしているという話だった。
ゼーニジリアスの奉仕で、精霊達が希望を取り戻す日も、いつか、来るのかもしれない。
そんなことを考えていると、私の視線に気付いたのか、ゼーニジリアスは、パンのワゴンを押し、私の横に立った。
「歌姫様、パンはいかがですか?」
「ひゃいっ、いただきます」
「プレーンとナッツ入りと、二種類ございますが……」
「ナ、ナッツ入りを……」
「かしこまりました。一つで大丈夫ですか?」
私がブンブンと首を縦にふると、ゼーニジリアスは、私のお皿の上にナッツ入りパンを一つ置いた。
「沢山あるので、足りなければ、お申し付けください。奇跡の歌姫様……あ、青薔薇の歌姫様と、お呼びした方がよろしいでしょうか……?」
「へっ!? いえ、何でも大丈夫です、お気になさらず」
「おやさしいのですね」
ゼーニジリアスにニッコリと微笑まれ、びっくりし過ぎて固まる私。
そんな私を見て、ライルがニヤニヤ笑っている。
「そんなに怖がらなくて大丈夫だよ。ニジルドは、ミヤコに感謝してるんだからさ」
「そ、そうなの? 私、何かしたっけ……」
「彼の国や精霊達を救ったのは君だよ? しっかりしてね?」
「え? ターク様じゃなくて?」
なぜかライルに呆れた顔をされながら、私はパンを頬張った。ナッツのとても、香ばしい香りがした。
用意された晩餐を前に、ノーラの様子を窺う宮子。ノーラといちゃつく達也がどういうつもりなのかと頭を悩ませます。
そして、パンを運んできたゼーニジリアスのキャラチェン?に衝撃を受けました。ターク様のお母様が見たのは、たぶん、この猫被りゼーニジリアスだと思われます。兄さんに色々言われないよう身につけた技術のようです……。
ノーラとゼーニジリアス、善とも悪とも言えない微妙な二人です。
次回、第二一章第三話 新女王と精霊狩り。~愛してないって言ってるのに?~をお楽しみに!




