01 魔王城にて1~一足先に帰るね~
場所:モルン山
語り:小鳥遊宮子
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ターク様がクラスタル城から湧き出した精霊の闇を浄化してから、そろそろ三ヶ月が経とうとしていた。
ベルガノンはすっかり春になり、モルン山の草原は、ポカポカの陽気が気持ちいい。
私、小鳥遊宮子は、あれからずっとガルベルさんの山小屋で、魔法の訓練を受けていた。
と言っても私が受けたのは、新しい魔法を覚えたりする訓練ではなく、前と変わらず、制御する方の訓練だ。
「いいわ。完璧よ!」
「わ! 本当ですか? ありがとうございます」
この三ヶ月で、お豆やキノコの成長を自在に操れるようになった私。ついでに言うと、泥団子の大きさや、硬さ、発射速度まで、完璧にコントロールできるようになっていた。
ガルベルさんの厳しい訓練を、私はひたすらに耐え抜いたのだ。
「歌も色々歌ってもらったけど、妙な魔法が暴発することも無かったし、もう街で暮らしても安心ね」
「幸せ! 私、やっと街に帰れるんですね!? 歌も、自由に歌っていいんですね!?」
「そうよ。タッ君が泣いて喜ぶわね」
「もう、早く会いたいです」
「その前にタツヤに会いに行きましょ。そろそろ約束の時間だわ」
そう言うとガルベルさんは、小屋の中に入って行った。彼女の小屋のリビングの床には、直径五十センチ程の、円形の魔道具が置かれていた。
銀の歯車が回るそれは、達也お手製の、新しい転送ゲートだった。
「空が飛べてもやっぱり、ゲートは便利よね」
「こんなのいくつも作ってみんなに配っちゃうちゃうなんて、達也、すご過ぎますね」
「しかも、こんな小さいゲートで、日本まで行けちゃうんだものね」
そんなことを言いながら、転送ゲートを潜るガルベルさん。魔道具から円柱状に光が立ち上がり、すぐにその姿が見えなくなった。
最新型のゲートは、魔力消費が少ない上、どんな属性の魔力でも起動するらしい。デザインもおしゃれで、まるで少し大きめの、ロボット掃除機のようだ。
私もガルベルさんに続いてゲートを潜ると、そこは、ベルガノンの北東の火山に聳え立つ、魔王城の中だった。
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三百年前、この世界に君臨し、あらゆる人間や魔物、精霊までも従えたと言う魔王。その正体は、異世界から来た人間だったという。
魔王と言うと恐ろしい姿を想像するけれど、実際の彼は、真っ白に光り輝く、美しい青年だったらしい。
広域に影響を及ぼす莫大な魔力と、精霊の心を奪ってしまう魅了の力を持った彼は、魔王討伐に来た各属性の大精霊達を誘惑し、その力を手に入れていた。
そして、水の国に魔物を送り込んで来る魔王を諭そうと、この魔王城を訪れたノーラは、彼との死闘の末、投げ出された力を受け取ってしまったのだとか。
それ以来彼女は、この城を探索にきたクラスタルの先王に出会い、恋に落ちるまで、長い間この魔王城に引きこもっていたらしい。
そんなわけで、達也が「ノーラちゃんの家」と言っていたこの場所は、魔王の暮らしていた、禍々しいお城なのであった。
魔王城に着くと、達也はその一室に構えた研究室で、何やら魔道具の調整をしていた。
この城や遺跡に残されていた古の魔導書とノーラの知識が、新しい転送ゲートを作る、大きな手掛かりになったらしい。
そもそも、遺跡にあった異世界転送ゲートが闇の魔力しか受けつけなかったのは、ノーラが秘宝に溜まった闇の力を、人間に消費してもらいたいと願っていたからであり、言わば呪いのようにかけられた、制限だったらしいのだ。
「みやちゃん、これで何度でも、日本と行き来できるよ」
「本当にすごいわ、達也! でも、達也はそのまま、日本で暮らすつもりなの?」
「うん。もう魔物になるのは懲り懲りだからね。一足早く帰って、親に事情を説明しておくから、早くターク君を連れておいでね」
「分かったわ。私も、色々用を済ませたら、すぐ帰るからね」
「あなた、急に今日帰るって言い出すんだもの。最後なのに、急すぎてみんな揃わないわよ。タッ君やカミルンも来れないし、私だって、心の準備が出来てないのよ?」
「最後だなんて。落ち着いたらまた会いに来ます。日本にも来てほしいですし」
「そっか、そうよね! あなたの研究が成功して、本当によかったわ!」
私達がそんな会話をしていると、転送ゲートから、アグスさんが現れた。
相変わらずの白衣姿だけれど、爛々と輝く目の下からは、あのひどかったクマが消え、お肌もふっくらツヤツヤとして、見違えるほど元気そうに見える。
「タツヤ、いよいよだな。お前には本当に、おどろかされてばかりだよ。いきなりどんな魔力でも動く異世界転送ゲートを作ったかと思ったら、こんな短期間で、小型化に軽量化、省エネにコスト削減、さらには量産化……小脇に抱えて持ち運べる転送ゲートなんて聞いたことないぞ」
「アグスさんの元で、色々勉強させてもらったからですよ」
「いや、お前が日本に帰ってしまうのは、心の底から惜しい!」
「いつでも会えますよ」
「そうだな。しかし、どんな魔道具もメンテナンスが必要だからな。帰る前に一つ教えてくれ。この部品の構造はいったい……」
「あー……それはですね……この接合部分の形状が……」
ニコニコしながら達也の異世界ゲートについて話し続ける二人。私には難しくてさっぱりわからないけれど、二人の話は尽きることがなさそうだ。
――あの日、魔物になりかけた達也を見た時は、本当にもうダメかと思ったけど……。
――こんなにすっかり元通りになるなんて、本当に良かった! ターク様のおかげだわ!
フワフワした達也の笑顔を眺めながら、私がそんなことを考えていると、「準備出来たわよ」と声がして、ノーラがそこに姿を現した。
ガルベルの厳しい訓練の末、安心して街に帰れると太鼓判をもらった宮子。新しい転送ゲート作りに成功し、急に日本へ帰ると言い出した達也に会いに、ノーラの住む魔王城へ出向きました。
次回、第二一章第二話 魔王城にて2~ノーラの晩餐~をお楽しみに!




