10 [番外編]ゼーニジリアス2~いったい何処で間違えた?~
場所:ルカラ湖
語り:ニジルド・ゼ・リアグラス
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ルカラ湖で水の精霊アクレアに出会った私は、彼女の美しさに目を奪われた。
湖のほとりに宮殿を建て、住み着くつもりであることを彼女に伝える。出来ればそこで、一緒に暮らして欲しいと、私は彼女に申し込んだ。
すると、彼女はまた、ブゥブゥと文句を言った。
「冗談じゃないわ! 私の湖に、宮殿なんて建てないでちょうだい! ただでさえ、水の国を人間達に奪われて、こんな辺境の湖に追いやられてるって言うのに! プク!」
水の国ベルガノンが、今の状態になったのは、実に三百年も前の話だ。しかし、彼女はまるで、昨日居場所を取られたかのように口をとがらせた。
こんな場所に宮殿なんて建てようものなら、私は彼女に千年でも憎まれそうだ。
私は連れてきた女達を街へ帰し、宮殿の建造も諦めて、ハンモック一つで何ヶ月も湖にいついた。
夢にまで見たエディアの輝き。そのほんの一部でも、私にはとても魅力的だった。私は毎日、どれだけ君を愛しているのか聞いて欲しいと、彼女に愛を語った。
アクレアは呆れながらも、毎日私の話し相手をしてくれた。
そして、半年も経った頃、彼女は私と契約を結んだ。荒んでいた私の心は、青く美しい、水の輝きに満ちた。
――もう、アクレアさえいれば、地位や権力など求めない。宮殿も贅沢も必要ない。
最初のうち、私は、本当にそう思っていた。
しかし、彼女から幸せと、大きな力をもらった私は、気がつくと彼女を幸せにしたいと思いはじめていた。
――水の国ベルガノン。父王が侵略に失敗し、兄さんが新たな王となって、平和条約を結んだ隣国。
――表立って攻め入ることは出来ないが、力を持て余した精霊達に、うまく協力を仰げばもしかすると……。
――エディアの投げ出した力を全て集め、人間に邪魔されない、精霊だけの国を作る。そして、私はその国を治め、精霊達の王となるのだ!
今思えば、あの時から、私の心には、さらなる欲望が芽生えていたのかもしれない。
もう、手に入ることはないと思っていたエディアを、間接的にとはいえ、手に入れられるかもしれないのだ。
そんなことを考えはじめた私は、もう、自分を抑えることが出来なかった。
私はさっそく、となりのルカラ平原にいた、ゾルドレに声をかけた。
彼女は土の精霊で、アクレアのように輝いている訳ではなかった。
しかし、それでもやはり、彼女からはエディアの気配を感じた。
エディアの力を引き継いだ精霊達は、皆、私の恋人だ。彼女達は、エディアなのだ。
私はアクレアと同じくらい、ゾルドレに愛を語った。ゾルドレは、おどろくほど容易く私に惚れた。
精霊達は、持て余したエディアの力を、誰かに委ねたいと思っているようだった。少しやさしくして信用させれば、すぐに力を授けてしまうようだ。
しかし、その様子を見たアクレアは、鬼のように怒り狂った。
「お前達二人は、私にとって、元は一つなのだ」と言う、私の説明は、彼女をさらに絶望させた。
「そんなに、エディアの力が欲しいなら、あげるわよ! プク!」
アクレアは怒りにまかせ、水の力を私に投げてよこした。
彼女から、モクモクと闇のモヤが立ち上がる。
「あぁ! アクレア! そうだ、エディアが喜んでいる! もっと、もっと、闇を吐き出せ!」
アクレアの闇に当てられた私は、正気を失いかけていた。
こんなひどい状況を目の当たりにし、慌てたのはゾルドレだ。
アクレアを元に戻そうと、私が見ているのも構わず、彼女はアクレアを、精霊の秘宝がある神殿に運んだ。
その神殿は、ルカラ湖の底にあった。人間が闇に堕ちないようにと、精霊達が封印していたらしい。
しかし、水と大地の力を得ていた私は、その神殿に普通に入ることが出来た。水や泥の中でも、私は息ができたのだ。
精霊の秘宝は、アクレアの強烈な闇を吸い込み、あっという間に飽和してしまった。そして、悲劇は起こった。
「死になさい! ニジル!」
精霊の闇から呪いを受けたアクレアが、私に襲いかかってきたのだ。
愛するものに殺されかける男の気持ちが、誰にわかるだろうか?
彼女は尖った石を手に、私の頭を思い切り殴った。
――間違えた……? いったい、どこで……。
呻く私の手に、ゾルドレが精霊の秘宝をのせた。
「この状況を何とかしてちょうだい」
そう言って、傷心の私を頼るように見つめた彼女。
秘宝は私に問いかける。
『あなたの望みは何?』
私はゾルドレの力で自分のケガを治し、闇の幻術でアクレアを拘束し、秘宝を持って地上に出た。
水と大地。二つの力は今、私の中で一つになり、私は巨大な泥の魔力を得ていた。さらに、手の中で光る、秘宝の闇の魔力も。
膨大な精霊の力を手に入れた私は、エディアに一歩近づいたのかもしれない。
しかし、それが何だろう。私は愛する者を傷つけ、愛する者に殺されかけたのだ。
――私の望み。そうだ。とにかく、愛する二人為に水の国を取り戻そう……。この怒りを鎮めなくては。
私はいくつかの街で攫ってきた魔術師を闇魔道士に変え、闇の軍勢を作り出した。
「この力を使い、私はベルガノンに進撃する」
「ニジル、それがあなたの望みなの?」
なぜか悲しげに顔色を曇らせたゾルドレ。彼女達の笑顔を取り戻すには、この望みを叶える必要があるだろう。そうすればきっと、全て解決するはずだ。
アクレアの闇は深みを増し、美しかった湖は姿を消した。そして、蟻地獄のような泥沼がどこまでも広がっていく。
私の手の中で、秘宝からドクドクと強い闇のパワーが放たれ、私はその力に飲み込まれていった。
秘宝の魔力は消費されることを望んでいる。しかし、私や闇魔導師がいくら魔力を使っても、アクレアが居れば、その魔力が尽きる事は無かった。
闇に染まり、黒ずんでいく泥の大地の上で、私は隣国ベルガノンとの界にある、第一砦に目をやった。
愛する精霊達のため、また、湧き上がった自分の願望をかなえるため、水の国を取り戻そうと考えたゼーニジリアス。しかし、予想外のアクレアの怒りに、彼の目的は「二人から許される事」に変わったようです。彼は精霊達の願いを叶えようと、結局ベルガノンに攻撃を仕掛けます。
しかし彼の失敗は、アクレアの愚痴を真に受け、精霊達の願いを勘違いしていた事でした。アクレアもゾルドレも、ベルガノンを攻撃したいなんて少しも思っていなかったんですからね。
番外編をお読みいただきありがとうございます。ドロドロの戦いから引っ張っていたゼーニジリアスの犯行動機?がようやく投稿出来ました。次回から、いよいよ最終章です。
次回、第二一章第一話 魔王城にて1~一足先に帰るね~をお楽しみに!




