09 [番外編]ゼーニジリアス1~アクレアとの出会い~
場所:ルカラ湖
語り:ニジルド・ゼ・リアグラス
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私の名はニジルド・ゼ・リアグラス。
ニジルもゼーニジリアスも、世をしのぶ、仮の名だ。
なぜ偽名を使うのか……?
それは、私が失踪中のクラスタルの第二王子だからだ。
王子と言っても二番目なんて何もいいことは無い。私は幼少期から、兄ノーデスに執拗に馬鹿にされ、たまった鬱憤の吐口にされていた。
下手なことをして失敗すれば、兄さんからとてつもなく厳しい追究を受ける。
私は次第に慎重になり、間違いが起きないようにと、閉じ籠り、ひたすら考え込むようになった。
そんな王宮での日々は、私の心を鬱々とさせた。
そして、兄さんの計画した父王の暗殺が実行されると、私はいよいよ恐れをなし、逃げるように城を出たのだった。
しかし、そのたびに私は探し出され、城に連れ戻された。
あれは、何度目の逃亡の時だっただろうか。
ルカラの森をさまよっていた私は、やがて広々と開けた、美しい場所に出た。
鏡面のように清らかな湖水をたたえた湖に、様々な生命をはぐくむ神秘的な森と青空が逆さに映し出され、その奥には、青々と草の生えた爽やかな平原が広がっている。
その景色はまるで、私の荒んだ心を癒すために存在しているかのようだった。
一目でそこを気に入った私は、ベルガノンとの国境でもあるその場所に、自分だけの宮殿を建てようと考えた。
あれは七年前のことだ。
その日私は、街でたぶらかした女たちを連れ、下見のため、ルカラ湖に来ていた。
城から大量の金品を持ち出し、容姿にも優れている私は、失踪中の身で身分を隠していても、女に困ることは無かった。
しかし、湖のほとりに椅子を置いた私は、裸で行水を楽しむ女達を、ただぼんやりと眺めていた。
――美しいと言えば美しいが、今ひとつ決定的なものが足りないな。
――私は本当の美を知っているからな。まったく物足りないな。
私が知る、本当に美しい女性。
それは、父王が契約を交わしていた白の大精霊エディアだ。
白く光り輝く彼女の姿は、本当に美しかった。私は激しく胸をときめかせたが、エディアは父王を愛していた。そして、父王が死ぬと、兄さんは私がエディアに近づけないよう手をまわした。
私が喉から手が出るほど欲しがっていたのは、国や権力ではなかったらしい。
私はあの時、それを思い知ったのだ。
――兄さんがいる限り、私の欲しいものは、何一つ手に入らない。どうせならいっそ、この虚しい願望とはここで決別しよう。
――王都から離れたこの場所に、私だけの宮殿を建て、女たちと出来うる限りの贅をつくすのだ。
――きっと、少しくらいは幸せになれるはずだ。
そんなことを考えながら、私はぼんやりと湖を眺めていた。
女達は寒くなったと水から上がり、食事の準備をはじめた。
△
私はふと、湖の奥に目をやり、一際美しい水の輝きに気付いた。
誰かが水面に顔を出し、こちらの様子をうかがっている。
――エディア?
そう、思ったとたん、私は水に飛び込んでいた。
あの輝きは、エディアが放っていた光によく似ている。
巨大な湖を奥へ奥へと、私は必死に泳いだ。しかし、腕がちぎれるほどに泳いでも、彼女との距離が縮まらない。
「エディア! エディア!」
私は水を飲み、溺れもがきながら、必死にそう叫んだ。
すると、逃げるように私と距離をとっていた彼女が、私を向こう岸に運んでくれた。
「なぜ、エディアの名前を呼ぶの? プク!」
息を整えたばかりの私に、彼女はそうたずねた。
青く光り輝く彼女は、紛れもなく精霊だったが、エディアではなかった。
彼女は、ルカラ湖を護る、水の精霊アクレアだったのだ。
「人違いをしたようだ。君の光はエディアのものに似ている」
私がそう言うと、彼女は少しおどろきながらこう言った。
「そうね、この光は紛れもなく、エディアが投げ出した力のひとつよ。プク!」
「エディアが、力を投げ出した?」
「そうよ。あれはいつだったかしらね。彼女、闇以外の力を、全部投げ出してしまったの。私達はそれを、強制的に引き継がされたのよ。突然、愛してるわって言われてね! プク!」
不満そうに眉頬を膨らませる彼女。
精霊達はみな、強すぎるエディアの力を、持て余しているのだと、彼女はぼやいた。
彼女が投げ出した力は、一つ一つが大精霊の力に匹敵するほどだったと言う。
普通の水の精霊だったアクレアには、少し荷が重いらしい。
「みんな迷惑してるのよね。力を元通り引き取って欲しいわ! プク!」
一見神聖そうに見えるアクレアだが、ブゥブゥとぼやき頬を膨らませる姿は、まるで甘ったれた少女のようだった。
しかし、湖に連れてきたどの女よりも、間違いなく彼女は美しかった。
恐ろしい兄に恐れをなし、失踪を繰り返していたゼーニジリアスは、美しいルカラ湖を見つけ、そのほとりに宮殿を建てようと考えました。
自分を苦しめる様々な願望と、決別するつもりだった彼ですが、エディアの力を受け取ったアクレアと出会ってしまい……。
次回、第二十章第十話 [番外編]ゼーニジリアス2~いったい何処で間違えた?~をお楽しみに!




