08 砦のイーヴ。~自由な君と私の英雄~
場所:ポルール
語り:イーヴ・シュトラウブ
*************
ポルールとルカラ平原の堺の第一砦で、私、イーヴ・シュトラウブは、数名の兵士たちと共に隣国からの、ポルールへの襲撃を警戒していた。
昨日、囚人達の王都への移送は完了したが、直ぐに警戒を解くわけにはいかない。
ガルベル様が隣国の王に喧嘩を売りに行ってしまったため、ノーデス王が怒って、またこちらに兵を送ってくるかもしれないのだ。
――ガルベル様がいる限り戦争は起こらないものだと思っていたが、今は逆に、彼女のせいで戦争になる気がする。
――まぁ、クラスタルの兵は魔導師も殆どいない。何人こようが私の相手ではないが、一応な。
そんなことを考えながら、第一砦の屋上に立っていると、ヒュンヒュンと楽しそうにルカラ平原を飛び回っていたファシリアが、急に私の傍に戻り、動きを止めた。
「イーヴ。ミヤコが呼んでるわ」
「え? ミヤコ君が? 彼女、一体どこにいるんだ?」
昨日カミル達と共に精霊狩りを捕まえると言って出かけたきり、戻ってこない彼女達を心配していたが、いったい、いつの間に戻ってきたのだろうか。
キョロキョロと周りを見回す私を、ファシリアはクスクスと笑いながら眺めている。
「そうじゃなくて、ミヤコは今、クラスタル城にいるのよ」
「え? どういうことだ?」
「彼女、歌ってるみたいだわ。願いがここまで届いてる」
「すごいな」
まさか、クラスタル城で歌っているミヤコ君の願いが、こんな場所まで届くとは。彼女の歌にはおどろかされてばかりだが、今回も本当におどろきだ。
「何かタークを手助けして欲しいみたい。みんな集まってるわ。ちょっと行ってみようかな?」
「あぁ、よく分からないが、行きたいなら行ってやれ」
ファシリアが私以外の人間に手助けしようなんて、とても珍しい。特に彼女はタークをあまり良く思っていないように見える。
だが、ファシリアは、ミヤコ君の願いに、とても心を動かされているようだった。
彼女は「イーヴ、一人で大丈夫?」と、少し私を心配そうにしながらも、ルカラの森の向こうへ飛び立って行った。
――そうだ、君はそうやって、自由に飛び回っていればいい。
――私の都合にばかり、付き合わせるわけにはいかない。
△
しばらくの後、私はルカラの森を揺らしながら近づいてくる、異様な気配に気付いた。大きな衝突音と共に次々に大木がへし折れ、夕焼け空に砂埃が立ち上がっている。
「何かくるみたいだな」
「どうも魔物の大群のようです」
「お前達、すぐアグスさんに連絡してくれ。魔導砲の準備が必要だ。他の兵達にも休憩は終わりだと伝えてくれ」
「はっ!」
一緒に見張りをしていた兵士達が街へ戻ると、私はその場で二本の剣を構えた。
この、特注の双剣には、ファシリアの風の力が蓄えられている。
ファシリアがいない時も風の力を使えるようにと、アグス様に注文しておいたこの双剣を、私は今、初めて構えたのだった。
魔物達が森から姿を現すのを待つ間、私は双剣を魔力で高速回転させ、ルカラ平原に巨大な竜巻を発生させた。
そうして起こした竜巻には、バチバチと強力な雷の力が宿っている。
しばらくして、まるで森を突き破るかのように、巨大な魔物の大群が、ルカラ平原に姿を見せた。どの魔物も砦を目掛け、真っ直ぐに突進してくる。
「ライトニングトルネード!」
魔物達の数と勢いに目を丸くしながらも、私は今育てた巨大な電撃竜巻を魔物の一団に向け撃ち放った。
雷撃竜巻はルカラ平原を真っ直ぐにすすみ、魔物達を空に巻き上げながら真っ黒に焦がしていく。
――強い! 騎士団長の給料十五ヶ月分払った甲斐があったぞ!
――ぼったくりだと思ったが、流石アグス様だ。損はさせないな!
私がその双剣のあまりの威力に震えていると、私の隊の騎士達が、ルカラ平原に集まってきた。彼らは私の起こした竜巻と、砦の上にいる私を交互に眺め、「おぉっ」と、おどろきどよめいた。
「イーヴ隊長! 流石です!」
「あぁ、しかし、まだまだ魔物はやってくるぞ。クラスタル城がどうのとファシリアが言っていたが、いったい何が起きたんだ」
「とにかく迎え撃ちましょう!」
「もちろんだ! 一匹残らず倒し切るぞ! 砦は二度と壊させない!」
騎士達が「はっ!」と、私に敬礼している。私は砦から飛び降り、ルカラ平原に降り立った。私が魔物の群れ目掛けて走り出すと、騎士達は私に続き、魔獣に突撃を開始した。
「撃てー!」
第一砦から、魔物達に向け、魔導砲を放つ第三防衛隊を指揮しているのは、アグスさんだ。魔導砲は大量の魔力を消費するが、その威力は絶大だ。
遠く離れた場所にいる、五メートルの魔獣に、ズキュン! ズキュン! と風穴を開けている。
「「イーヴさーん! 加勢します!」」
砦の屋上から、元気のいい女の子達の声が聞こえる。アグスさんのゴイムだった、ミア、ニナ、ユナの三人だ。
今はガルベル様が創設した上位魔術機関に所属する国家魔法師として活躍する彼女達。今日はアグスさんを心配し、ポルールに足を運んでいたようだ。
金の鈴が美しい音を鳴らす、アグス様特性の杖をふり、ニナとユナが「「アイスブリザード」」と、呪文を唱えると、恐ろしく冷たい強風が魔物達を包み込む。
すると、勢いよく走っていた魔物達は、強風に煽られ高く舞い上がった。そして、上空でカチンと凍りつき、そのまま落下して砕け散る。
風属性のニナと、氷属性のユナの姉妹による合わせ技のようだ。相当息が合っていないと成功しないはずだが、二人はわけもなく発動させている。
一方ミアは支援魔法が得意らしく、様々な水属性の支援魔法を器用に発動し、強力にサポートしてくれる。
「砦には近づけさせません!」
彼女が杖を振り「モラス」と、呪文を唱えると、平野に青い魔法陣が現れた。
それがゆらゆらと円を描き、水面のように波打ったかと思うと、その場所が突然泥沼化する。
走っていた魔物達は泥に足を取られ、巨大な標的となって魔導砲の集中砲火にあっていた。
魔物の足止めにとても便利だが、タークが見たら青ざめそうな魔法だ。
心強い助っ人を得た私達だったが、突然始まった魔物との戦いは苦戦の連続だった。
私達はもちろん全力を尽くしたが、魔物の大きさと数と勢いに、戦線は次第に後退していく。
兵達にも疲れが見えはじめた頃、森の方からガルベル様が飛び出してきた。
「イーヴ! よかった。まだ砦は無事ね!?」
「ガルベル様、これはいったい……」
「説明はあとよ! とにかく砦を守りましょう!」
ガルベル様が参戦し、状況は少し改善したが、それでも戦線はジリジリと後退した。
更に夜が更け、ついに魔物が砦に攻撃を開始すると、ガルベル様は何かを諦めた様子で、ヒステリックに叫んだ。
「もー! わかったわよ! 私が年寄りになったら、あんた達、しっかりベルガノンを守りなさいよね!」
彼女が高く手を掲げると、星空に巨大な魔法陣が現れた。
しかし、あれは、いったい何属性なのだろうか。
その魔法陣は、全ての属性が混ざり合い、オーロラのように白く輝いていた。
彼女はベルガノンを守るため、温存していた大精霊の祝福を、大放出したのだ。
あまりの美しさに、誰もが一瞬息を呑んだが、そこから降ってくる魔法弾丸の数と威力に、私を含め、騎士達は青くなって砦に逃げ帰った。
伝説にも聞かない全属性の極大魔法。これぞまさに奇跡。
ルカラの魔物達は、なす術もなく一掃されていく。
――ガルベル様、あなたこそ私の英雄。老後の面倒は私が見ます。
あまりの光景に胸を踊らせながら、私はその時、そんなことを考えていた。
自分にピッタリくっついているファシリアを少しでも自由にしたいと、アグスさんからお高い武器を買ったイーヴさん。魔物の大群を前に仲間たちと大奮闘しましたが、ジリジリと攻められてしまいます。そして、現れたガルベルの極大魔法に、彼は心を持っていかれるのでした笑
ここまで読んでいただきありがとうございました!二十章の本編は以上になります。最終章の二十一章に入る前に、ゼーニジリアスが語りの番外編を二話お届けします。
次回、第二十章第九話 [番外編]ゼーニジリアス1~アクレアとの出会い~をお楽しみに!




