07 地下空洞で2~どこまで届いたんだ?~
場所:クラスタル城
語り:ターク・メルローズ
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「ベルガノンとの平和条約が締結された時、エディアは何も知らず喜んでいた」
ゼーニジリアスは、牢屋の中で黒ずんだ精霊達を、どこか遠い目で眺めながら話し続けた。
「兄さんはエディアが精霊の契約を申し出るのも、もうすぐだろうと踏んでいたようだ。しかし、彼女が力を与えたのは、兄さんが奴隷に産ませた、望まれない娘だった」
「ミレーヌ、お后の子供じゃなかったのか」
「あぁ、娘は城で奴隷として暮らしていたが、エディアはその子を不憫に思い、彼女に大聖霊の祝福を与えたのだ」
「王の血をひく奴隷少女に大聖霊の祝福か……ミレーヌも大変だな」
エディアがミレーヌに祝福を与えたことを知ったノーデスは、自分を差し置いてと、ひどく怒り狂ったようだ。
そして、娘をコレクションとして壁に飾り付けた上、その姿をエディアに見せてしまったと言う。
ノーデスが精霊コレクターだったことに気付いたエディアは失望し、ミレーヌをさらって城を出た。
しかし、精霊に人間の娘を育てられるわけもなく、結局、奴隷商人に拾わせるくらいしか出来なかったのだろう。
その後、意気消沈したエディアは精霊の力を各地の精霊達に投げ出してしまったようだ。
「エディアが力を投げ出したことを知った兄さんはベルガノン侵略を決めた。ベルガノンが精霊達に愛されていることをいつも妬んでいたからな。だが、信じて欲しい。私がベルガノンを襲ったのは、そんな理由じゃない」
「なんだ……? よく喋ると思ったら、自分の弁解がしたかったのか?」
「違う。精霊達を……クラスタルを助けて欲しいと頼んでいるのだ」
真剣な顔で、私に精霊達の浄化を頼むゼーニジリアス。逃げ出すことも出来たはずなのに、わざわざ危険を冒してこんな所へ降りて来るとは。
彼が精霊やクラスタルを救いたいと言うのは、思いのほか本気のようだ。
「それは、私だって、できる限りのことはするつもりだが、この人数だからな……奇跡でも起きないとなかなか難しい」
「奇跡か……」
「あぁ。そんな奇跡が起こせるのは、私の歌姫くらいだろうな」
「あの歌姫に闇が浄化できるのか?」
「いや。浄化は出来ないが、彼女の歌は願いを届けてくれる」
私はそう言うと上を向き、城の上に居るミヤコに向かって大声で叫んだ。
「ミヤコ! あの春の歌を歌ってくれ」
「え? どうしてですか? あの歌は、何も起きませんよ?」
穴の上から、ミヤコのとぼけた返事が返って来る。彼女の無自覚は少し恐ろしいが、この声は本当に良く通る。
「いや、今こそ、春の歌だ!」
もう一度叫ぶと、しばらくしてミヤコの歌声が聞こえはじめた。
それは、こんな恐ろしい穴の底で聞いているとは思えない程に、美しい春の歌だった。いつも以上に気分も乗っているようだ。
悲惨な牢屋の前にいても、彼女の歌声を聞けば、心に爽やかな風が吹く。
ミヤコの歌声に正気を取り戻したのか、タツヤが攻撃をやめ、ゆっくりと空から降りてきた。ブーギンモスはいつの間にか、可哀想なほどに穴が空き、すっかり絶命している。
「タツヤ。お前、やりたい放題だな。なんなんだその姿は」
タツヤの身体から、物すごい闇の力を感じる。これではまるで、大きな精霊の秘宝だ。
『いいだろ。ストレス溜まってたんだ。ブーギンモス倒してあげたんだし、モヤも減った。感謝されていいと思うけど?』
「心配をかけるなと言ってるんだ。いいから来い」
『わっ! 本当むり、やめて!』
逃げようとするタツヤを追いかけ、後ろから脇の下に腕をさし込む。ものすごい力で暴れているが、そのままねじ伏せて地面に押さえつけた。
魔物化して筋肉が盛り上がり、かなりパワーアップしているようだが、力で私に勝てるやつはいない。
『はなして! 吐きそうだから!』
「いいから我慢しろ」
『どうして僕ばかり、我慢しなきゃいけないんだ! 本当に嫌だ! 君に浄化されるくらいなら、魔物になる方がいくらかマシだよ!』
「流石にそんなことはないだろ」
闇に侵されたものが光に浄化されるのは、よほど気分が悪いらしい。
精霊にせよ人間にせよ、浄化してやって感謝された試しがない。
だが、このままタツヤを魔物化させたのでは、ミヤコも泣くだろうし、私だって夢見が悪い。
「そんなに嫌がるな。私たちはいつも、それなりに仲良くやってたじゃないか。何でも話せるし、女の趣味も同じだ」
『いや、この体勢でそう言うこと言うの本当にやめて? 全然仲良くやってないから。寧ろ、最悪だから』
「だが今思えば、体一つでも、私は結構、楽しかったぞ」
タツヤを落ち着かせようと、私が耳元で話しかけると、タツヤは両耳を押さえ、体をのけぞらせてのたうち回った。
『あー! これだね! カミルちゃんが言ってたやつ! タークが素直すぎて気持ち悪いって言ってたやつ! わーほんとだ。本当に気持ち悪いなーー!』
「茶化すなよ。お前らいったい、父さんの研究室でどんな話してるんだ」
――失礼なことを言う奴だ。素直のいったい何が悪いんだ?
――それにしてもすごい抵抗だな。
この状態を本人が望んでいるというのは、なかなか理解に苦しむ。闇というのは、そんなに心地良いものなのだろうか。
私がさらにガッチリとタツヤを押さえつけると、タツヤは『わーん、助けて! ライル!』と、必死にライルに手を伸ばした。
「ごめん、タツヤ。ノーラ様から、タツヤがしっかり浄化されたか確認しろって言われてるから」
『えぇ!? ひどいよ、ノーラちゃん! 闇の聖騎士になれって言ったくせに!』
「何が闇の聖騎士だ。どう見てもただの魔物だろ。それにしても、私にタツヤを浄化させる所までがノーラの計画か? ライルお前、ノーラにも飼われてたんだな?」
「やだな~。ノーラ様とエディア様は同じ人だよ。まだ気づいてなかったの?」
「なんなんだ、ややこしいな。また偽名か」
――まったく、闇属性に好かれるやつは皆タチが悪いな。
おどろきながらもジタバタするタツヤを抑え込んでいると、私の体が、強烈な光を放ちはじめた。見上げると、空を埋め尽くすほどの精霊達が、穴の上空を取り囲んでいる。
――ミヤコ。お前の歌、どこまで届いたんだ?
――シュベールにアクレアに、カーラム……。意外だな、ファシリアまでいる。イーヴ先生を置いてここまできたのか?
タツヤの内包する闇が、どんどん私の光に吸い上げられ、打ち消されていく。タツヤは浄化の苦しみに狂ったように暴れた。
『僕をはなせ! はなせよ! このままじゃ君も、不死身の力を失うことになるよ!』
「かまわない。ミヤコは私と同じ時を生きたいと言ってくれた。私も同じ気持ちだ」
『ぎゃぁーー! はなせってば! 本当に、本当に、僕は君が、大っきらいだぁぁぁーー!』
タツヤの断末魔のような叫びが、地下空洞にこだまする。
彼の大きなツノが、剥き出しになった牙が、光にさらわれるように消えていった。
同時に闇堕ちした精霊達も、地下空洞に溜まっていたモヤも、全てが浄化されていく。
そして、何もかもを白く塗り潰すほどに輝いていた私の光は、しばらくすると、みるみる小さくなり、最後にはぷすんと、消えてしまった。
何かよくしゃべると思ったら、ターク様に精霊達の浄化を頼みたかった様子のゼーニジリアス。ターク様が宮子に春の歌をお願いすると、タツヤが降りてきました。しかし、この浄化作業は壮絶です。大勢集まった精霊達の協力で、勢いを増したターク様の光は、役目を終えたようにぷすんと消えてしまいました。
次回、第二十章第八話 砦のイーヴ。~自由な君と私の英雄~をお楽しみに!




