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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第20章 囲いの中の戦い

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05 フラワー。~何も起きなくても~

 場所:クラスタル城

 語り:小鳥遊宮子

 *************



「ターク様! 大丈夫ですかー!?」


 地下空洞へ落ちていったターク様の姿が見えなくなり、私、小鳥遊宮子は城の上から穴をのぞき込みながら、大声をはりあげた。



「あー! ミヤコ。平気だ!」



 穴の底から、ターク様の声が響いてくる。



「ヤー! キノコが生えたヤ」


「本当? ありがとう、ヤーゾル!」


「へへん!」



 肩の上でヤーゾルが、可愛く返事をしてくれる。一安心して、顔を上げると、穴の上に浮きあがった達也が、ブーギンモスに向かって、手のひらから闇の弾丸を飛ばしていた。


 弾丸の当たった魔物の肌は、抉れるようにへこんでいる。ブーギンモスは弾が当たるたび、「グォー」っと苛立ったように叫んだ。



 ――達也、なんだかすごく強いけど、大丈夫なの?



 心配しながら達也を眺めていると、彼は両肘を後ろに引き、深呼吸をするように胸を張って、地下空洞の中に漂っていた闇のモヤを、どんどんその体に吸い込みはじめた。



「達也!? 何してるの?」


「タツヤさん!?」



 慌てる私とミレーヌを他所に、闇のモヤは、どんどん達也に吸い込まれ、穴に溜まっていたモヤが、薄くなっていく。


 そして、大量のモヤを吸い込んだ達也の頭から、被っていた兜を突き破って、ニョキニョキと黒いツノが生えはじめた。


 渦を巻き、岩肌のようにゴツゴツとして、なんとも荒々しい見た目のそれは、やさしい達也の頭から生えているとは、とても思えない代物だった。


 被っていた兜が壊れ、大きな牙の生えた顔が露わになっていく。



「達也! もうやめて! 完全に魔物になっちゃうよ!」


「わっ。タツヤさん!? いったい、どうしちゃったんですか!?」


「あー、あれは、デモンクーズにかかっておるようじゃの」


「デモンクーズ!?」


「瀕死の仲間を魔物にして使役する古の回復魔法じゃ」


「なんですかそれ!」



 闇のモヤを吸うほどに、魔物化が進む様子の達也。


 私達は、達也を止めようと大声で口々に叫んだけれど、達也は私達を制止するように開いた手を突き出した。


 そして、苦悶の呻きのような、悲しい声を絞り出す。その声は、耳で聞いているのか、頭に直接響いてくるのか、分からないくらいに割れて聞こえた。



『邪魔しないで、みやちゃん、ミレーヌちゃん。これは、悲しい闇と、やさしい闇の戦いなんだ。僕は闇の力を正しく使う。ノーラちゃんが選んだ闇の聖騎士だからね』


 ――何言ってるの!?



『ダークバレット』



 達也の突き出した掌から、無数の闇の弾丸が飛び出し、ブーギンモスを撃ち抜いていく。どうやら、吸い取ったモヤを体内で直接、闇の魔力に変換しているようだ。


 精霊の闇をどんどん魔力として消費する達也。それは、ターク様の浄化を上回るスピードで、たまっていたモヤを消し去っていった。



 ――す、すごい……。



 だけど、みるみるうちに達也のツノが大きくなり、身体もだんだん大きくなって、達也の鎧がバキバキと割れはじめた。



『君がいる世界を守る』



 あの凍った小池のほとりで、そう言っていた達也を思いだす。


 彼はあの時すでに、ここに精霊の闇が溜まっていることや、ノーデス王がベルガノンに攻め入るつもりであることを、ノーラから聞かされていたのだ。


 仲間達の悲痛な叫びが轟く闇の魔力を、精霊達は消費出来ない。ノーラはそれを人間に使わせようと、ずっと適任者を探していたのだろう。


 そして、達也がそれに選ばれてしまった。


 だけどきっと、達也は完全にノーラに使役されているわけじゃない。ノーラの呪いのような魔術の元、あれでもギリギリ、自我を保っているのだ。


 達也も達也で、自分が魔物になることを承知でここに来ているように思う。



 ――あんなに日本に帰りたがっていた達也が、ここまでするなんて。



「なんて馬鹿なことをしおるんじゃ」


「タツヤさん! もう、無理はやめてください!」


「達也、お願い。もうやめて! ねぇ、降りてきて!」



 私達は必死に呼びかけたけれど、達也はそれきり、何も言わなくなってしまった。



「だめじゃ。もう、聞こえてないみたいじゃぞ。あれはもう、無意識でモヤを吸って、攻撃しておるようじゃ」


「そんな……!」



 弾丸を放つ達也の表情は、確かにひどく虚だった。意識を失ってもなお、使命感で動いているようだ。



 ――どうしよう……! 達也ぁ!



 目の前でどんどん魔物化していく達也に、ミレーヌと抱き合って涙を流していると、地下空洞の底から、ターク様の叫ぶ声が聞こえてきた。



「ミヤコ! あの春の歌を歌ってくれ」


「え? どうしてですか? あの歌は、何も起きませんよ?」


「いや、今こそ、春の歌だ!」



 ターク様の力強い声を聞いて、皆が私を期待を込めた顔で振り返った。



 ――あの歌がなんの魔法も発動させなかったことを、ターク様は知っているはずなのに?



 戸惑いに顔をひきつらせた私に、ミレーヌが拳を握りしめ、うんうんと首を縦にふった。



「歌って! ミヤコ。たとえ何も起きなくたって、あなたの歌は、力になるわ!」


「本当に、何も起きないよ?」


「それでもいいから、聞かせてよ! ミヤコちゃん!」


「自分も聞きたいです!」



 カミルさんが、好奇心に輝く瞳で私を見ている。コルニスさんも満面の笑顔だ。



「ミヤコさん、歌ってくたさる?」


「歌って下さい、ミヤコさん!」



 マリルさんとエロイーズさんがそう言うと、「おぉ、それはええのぉ」と、フィルマンさんもニコニコしてくれた。



 ――そうだ。達也だって、懐かしい日本の歌を聞けば、目を覚ますかも。


 ――何も起きない歌だけど、何か起きちゃう歌よりは、気兼ねなく歌えるわ!




「では、歌わせていただきます!」




 両足を肩幅に開き、大きく息を吸い込んだ私。喉はあくびをするように開いて、お腹にしっかり力を入れて。


 左手はお腹に、右手は高く掲げてリズムを取る。



 ――これが私の、最大出力!


 ――みんなに届け! 春の歌!




「フラワー 咲き乱れて 春


 やさしい光 頬照らす~


 素直な気持ちで 一歩踏み出そう


 あなたの 元へ~♪」




 あっという間に感極まった私は、ぼろぼろと涙のあふれ出す目を閉じて歌った。


 なんて不思議なんだろう。こんな寒々しい曇り空の下、どうにもならないひどい状況でも、目を閉じて歌えば、心は春の風の中だ。


 満開の桜が咲き乱れる中、達也と私の、二家族で行ったお花見。緊張した卒業式や入学式。毎年のひな祭りだって、達也はいつも一緒だった。


 達也との春の思い出が、次々に胸に浮かんでくる。


 彼をこんな状態で、異世界に留めることは出来ない。



「どんなに辛くても 一人じゃないから


 もらったやさしさ 力に変えて


 笑顔の花咲かせよう~♪」



 歌い終わって目を開けてみると、達也はゆっくりと、地下空洞へ落ちて行った。



 地下空洞にたまった精霊の闇を吸いこみ、どんどん魔物化しながらも、ブーギンモスを攻撃する達也。彼はノーラに古の回復魔法で魔物化されながらも、ギリギリ自我を保っていたようですが、ついに意識を失ってしまいまた。


 そんな中、ターク様に言われ、春の歌を歌った宮子ですが……。


 次回、第二十章第六話 地下空洞で1~ニジルと食えない猫~をお楽しみに!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 達也は災難の連続すぎて可哀想になってきました。 でもいつだって原動力は宮子なんですね。 報われてほしいなと思います(;_;)
[一言] やっぱりヤーゾルは凄いヤー! 出てきてくれてありがとうヤーゾル(*´³`*) そしてターク様の考えでみやこの歌で達也は闇の穴へと堕ちていく。 続き楽しませていただきます꒰(⑉• ω•⑉)꒱…
[良い点] デモンクーズ、まるで病気か催眠術のようですが、回復魔法なのですね。闇魔法は禍々しくて良いですね。ノーデス王のやらかした後始末を結果、皆でワイワイやっているようで、緊迫しているのにどこか呑気…
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