05 フラワー。~何も起きなくても~
場所:クラスタル城
語り:小鳥遊宮子
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「ターク様! 大丈夫ですかー!?」
地下空洞へ落ちていったターク様の姿が見えなくなり、私、小鳥遊宮子は城の上から穴をのぞき込みながら、大声をはりあげた。
「あー! ミヤコ。平気だ!」
穴の底から、ターク様の声が響いてくる。
「ヤー! キノコが生えたヤ」
「本当? ありがとう、ヤーゾル!」
「へへん!」
肩の上でヤーゾルが、可愛く返事をしてくれる。一安心して、顔を上げると、穴の上に浮きあがった達也が、ブーギンモスに向かって、手のひらから闇の弾丸を飛ばしていた。
弾丸の当たった魔物の肌は、抉れるようにへこんでいる。ブーギンモスは弾が当たるたび、「グォー」っと苛立ったように叫んだ。
――達也、なんだかすごく強いけど、大丈夫なの?
心配しながら達也を眺めていると、彼は両肘を後ろに引き、深呼吸をするように胸を張って、地下空洞の中に漂っていた闇のモヤを、どんどんその体に吸い込みはじめた。
「達也!? 何してるの?」
「タツヤさん!?」
慌てる私とミレーヌを他所に、闇のモヤは、どんどん達也に吸い込まれ、穴に溜まっていたモヤが、薄くなっていく。
そして、大量のモヤを吸い込んだ達也の頭から、被っていた兜を突き破って、ニョキニョキと黒いツノが生えはじめた。
渦を巻き、岩肌のようにゴツゴツとして、なんとも荒々しい見た目のそれは、やさしい達也の頭から生えているとは、とても思えない代物だった。
被っていた兜が壊れ、大きな牙の生えた顔が露わになっていく。
「達也! もうやめて! 完全に魔物になっちゃうよ!」
「わっ。タツヤさん!? いったい、どうしちゃったんですか!?」
「あー、あれは、デモンクーズにかかっておるようじゃの」
「デモンクーズ!?」
「瀕死の仲間を魔物にして使役する古の回復魔法じゃ」
「なんですかそれ!」
闇のモヤを吸うほどに、魔物化が進む様子の達也。
私達は、達也を止めようと大声で口々に叫んだけれど、達也は私達を制止するように開いた手を突き出した。
そして、苦悶の呻きのような、悲しい声を絞り出す。その声は、耳で聞いているのか、頭に直接響いてくるのか、分からないくらいに割れて聞こえた。
『邪魔しないで、みやちゃん、ミレーヌちゃん。これは、悲しい闇と、やさしい闇の戦いなんだ。僕は闇の力を正しく使う。ノーラちゃんが選んだ闇の聖騎士だからね』
――何言ってるの!?
『ダークバレット』
達也の突き出した掌から、無数の闇の弾丸が飛び出し、ブーギンモスを撃ち抜いていく。どうやら、吸い取ったモヤを体内で直接、闇の魔力に変換しているようだ。
精霊の闇をどんどん魔力として消費する達也。それは、ターク様の浄化を上回るスピードで、たまっていたモヤを消し去っていった。
――す、すごい……。
だけど、みるみるうちに達也のツノが大きくなり、身体もだんだん大きくなって、達也の鎧がバキバキと割れはじめた。
『君がいる世界を守る』
あの凍った小池のほとりで、そう言っていた達也を思いだす。
彼はあの時すでに、ここに精霊の闇が溜まっていることや、ノーデス王がベルガノンに攻め入るつもりであることを、ノーラから聞かされていたのだ。
仲間達の悲痛な叫びが轟く闇の魔力を、精霊達は消費出来ない。ノーラはそれを人間に使わせようと、ずっと適任者を探していたのだろう。
そして、達也がそれに選ばれてしまった。
だけどきっと、達也は完全にノーラに使役されているわけじゃない。ノーラの呪いのような魔術の元、あれでもギリギリ、自我を保っているのだ。
達也も達也で、自分が魔物になることを承知でここに来ているように思う。
――あんなに日本に帰りたがっていた達也が、ここまでするなんて。
「なんて馬鹿なことをしおるんじゃ」
「タツヤさん! もう、無理はやめてください!」
「達也、お願い。もうやめて! ねぇ、降りてきて!」
私達は必死に呼びかけたけれど、達也はそれきり、何も言わなくなってしまった。
「だめじゃ。もう、聞こえてないみたいじゃぞ。あれはもう、無意識でモヤを吸って、攻撃しておるようじゃ」
「そんな……!」
弾丸を放つ達也の表情は、確かにひどく虚だった。意識を失ってもなお、使命感で動いているようだ。
――どうしよう……! 達也ぁ!
目の前でどんどん魔物化していく達也に、ミレーヌと抱き合って涙を流していると、地下空洞の底から、ターク様の叫ぶ声が聞こえてきた。
「ミヤコ! あの春の歌を歌ってくれ」
「え? どうしてですか? あの歌は、何も起きませんよ?」
「いや、今こそ、春の歌だ!」
ターク様の力強い声を聞いて、皆が私を期待を込めた顔で振り返った。
――あの歌がなんの魔法も発動させなかったことを、ターク様は知っているはずなのに?
戸惑いに顔をひきつらせた私に、ミレーヌが拳を握りしめ、うんうんと首を縦にふった。
「歌って! ミヤコ。たとえ何も起きなくたって、あなたの歌は、力になるわ!」
「本当に、何も起きないよ?」
「それでもいいから、聞かせてよ! ミヤコちゃん!」
「自分も聞きたいです!」
カミルさんが、好奇心に輝く瞳で私を見ている。コルニスさんも満面の笑顔だ。
「ミヤコさん、歌ってくたさる?」
「歌って下さい、ミヤコさん!」
マリルさんとエロイーズさんがそう言うと、「おぉ、それはええのぉ」と、フィルマンさんもニコニコしてくれた。
――そうだ。達也だって、懐かしい日本の歌を聞けば、目を覚ますかも。
――何も起きない歌だけど、何か起きちゃう歌よりは、気兼ねなく歌えるわ!
「では、歌わせていただきます!」
両足を肩幅に開き、大きく息を吸い込んだ私。喉はあくびをするように開いて、お腹にしっかり力を入れて。
左手はお腹に、右手は高く掲げてリズムを取る。
――これが私の、最大出力!
――みんなに届け! 春の歌!
「フラワー 咲き乱れて 春
やさしい光 頬照らす~
素直な気持ちで 一歩踏み出そう
あなたの 元へ~♪」
あっという間に感極まった私は、ぼろぼろと涙のあふれ出す目を閉じて歌った。
なんて不思議なんだろう。こんな寒々しい曇り空の下、どうにもならないひどい状況でも、目を閉じて歌えば、心は春の風の中だ。
満開の桜が咲き乱れる中、達也と私の、二家族で行ったお花見。緊張した卒業式や入学式。毎年のひな祭りだって、達也はいつも一緒だった。
達也との春の思い出が、次々に胸に浮かんでくる。
彼をこんな状態で、異世界に留めることは出来ない。
「どんなに辛くても 一人じゃないから
もらったやさしさ 力に変えて
笑顔の花咲かせよう~♪」
歌い終わって目を開けてみると、達也はゆっくりと、地下空洞へ落ちて行った。
地下空洞にたまった精霊の闇を吸いこみ、どんどん魔物化しながらも、ブーギンモスを攻撃する達也。彼はノーラに古の回復魔法で魔物化されながらも、ギリギリ自我を保っていたようですが、ついに意識を失ってしまいまた。
そんな中、ターク様に言われ、春の歌を歌った宮子ですが……。
次回、第二十章第六話 地下空洞で1~ニジルと食えない猫~をお楽しみに!




