11 ターク様は寝不足です。~驚くべき私の最大魔力~
場所:タークの屋敷(ベッドルーム)
語り:小鳥遊宮子
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四日ぶりに帰ってきたターク様は、出会ったあの日と同じくらいかたい顔をしていた。
そのどんよりとした様子は、私も少し驚くくらいだった。
口数が減り、目つきが鋭くなって、またすっかり無表情になっている。魔力も底をついていて、ゲージがまったく見えない。
いつもしっかり伸びていた背筋もかなり丸まっていた。
――出かける前のターク様は、どんなに忙しそうにしていても、ずっとキリッとしてたのに。
サーラさんが言うには、ターク様が治療していたのは、野蛮で騒々しいはちゃめちゃ爺さんだったらしい。
美しい貴族の御令嬢などでは、まったくなかったようだ。
爺さんと言っても、身長が三メートル近くある巨人で、フィルマンという人だそうだ。二十年前に起こった隣国クラスタルとの戦争で、大活躍した英雄の一人だという。
ターク様の剣のご師匠様も、その当時、フィルマンさんと力をあわせて戦った。その縁があって、ターク様の幼少期から、師弟ともに、いろいろとお世話になったのだそうだ。
「巨人の治療を癒しの加護でやろうなんて、とんでもない時間がかかるわよ。ご主人様、本当に根気がいいわ」
驚いた顔をしている私に、勢いよくしゃべり、いろいろ教えてくれるサーラさん。だけど彼女も、なんだかいつもよりお疲れのようだ。
「一度帰って、魔力を回復させたほうが早いと思ったんだがな。フィルマン様が少しも放してくれなかった」
ターク様も少し渋い顔をして、軽くぼやいている。どうやら、彼の魔力は、フィルマンさんのそばでは、少しも回復しなかったらしい。
それで結局、癒しの光でじわじわと病気が治るまで、ずっとフィルマンさんの抱き枕にされていたようだ。
私はほんの少し、いやらしい想像をしてしまったことを、猛烈に反省していた。
「サーラ、疲れただろう。明日は休暇にするといい」
「わ! さすがご主人様! ありがとうございます!」
サーラさんは、バスルームにターク様の着替えをおくと、嬉しそうに下がっていった。なにも読み取れない無の顔で、その姿を見送っているターク様。
「ずいぶんお疲れですね。ターク様、大丈夫ですか?」
私が思わずそう声をかけると、ターク様はシャキッと姿勢を正し、キリリとした顔をした。
「私は不死身の大剣士ターク・メルローズだぞ」
「そうですよね……」
やっぱり、疲れていても、それを認めるつもりはないようだ。
もっとも、少し離れてみれば、ターク様はいつもどおりキラキラして見える。サーラさんも相変わらず、彼を疲れを知らない鉄人だと思い込んでいるようだ。
だけど私は、子供のころから見慣れているこの顔の変化に敏感だ。それに、いつもフワフワの笑顔を絶やさなかった達也と、ついつい比べてしまう。だから、余計にそんなふうに感じてしまうのかもしれない。
「お前のほうこそ、調子はどうだ? しばらく治療できなかったが……」
ターク様は私の後ろに立つと、髪をかき分け、頭の傷を調べはじめた。癒しの加護がふわっと私を包んで、久しぶりにあの、心地よくてくすぐったい感覚がした。
「どうだ、なにか思い出したか?」
「いえ、特にはなにも……」
ターク様のやさしい手つきが気持ちよくて、ついついぼーっとしてしまいそうになる。でもいまは、少しでも早くお疲れのターク様を休ませてあげたい。
私は少し大きな声を出して、「ターク様、私、頭の傷はとっくに治ってます!」と、元気をアピールした。
「それよりターク様のほうがつらそうに見えますよ? もう、早く休んでください」
私が急に振り返ると、彼はおどろいたのか、ふらっとよろめき、そのまま床に膝をついてしまった。
「え……!?」
「なんだ……目眩が……」
「タ、ターク様、すみません、大丈夫ですか!?」
「あぁ、ただの寝不足だ。フィルマン様はいびきがすごくて……」
ターク様は眉間にしわを寄せ、つらそうに眼を閉じている。
加護の力で自分の傷や病気はたちまち治ってしまう、というターク様。だけど、どうやら寝不足には弱いようだ。
はじめて出会ったあの日、ターク様は今日みたいな顔でフラフラしていた。魔力不足のせいかと思ったけれど、あのときも、もしかすると寝不足だったのかもしれない。
疲れを覆い隠すようにキラキラと輝くオーラで、本当にわかりにくいけれど、よく見ると少し顔色が悪い。
疲れて膝をついたときですら、こんなに輝いてしまうターク様が、なんだか少し不憫に感じた。
――どうも、ターク様を見ていると、ヘロヘロになったサラリーマンを思い浮かべてしまうのよね。栄養ドリンクをガブガブ飲みながら、残業してるみたいな。
自分ではいまひとつ疲れに気付かないのか、よろけたことに驚いているようにも見えるターク様。
「ターク様、不死身だからって無理しすぎなんじゃないですか? こんな程度でよろけちゃうなんて……。もう、私のことなんておいといて早く寝ましょう!」
私はターク様を立たせようと背後から胸に手を回し、力いっぱいひっぱってみた。けれど、ターク様はびくともしない。
仕方なく今度は屈んでいるターク様の下に入り込み、よいしょと背負いあげようとした。それでもターク様はまったく動く気配がなかった。
「お、重い……。立てますか? 早くベッドへ行きましょう。ほら、立ってくださいってば、ターク様……」
動かないターク様をあらためてよく見ると、彼は床に手をついたまま、おどろいた顔で私を見詰めていた。
「え? どうかしましたか?」
「いや、お前魔力が満タンだな。さっきからあふれて私に入ってきているぞ」
「え? 私の魔力が、ターク様に!?」
私はおどろいて、パチパチと目を瞬いた。ターク様が「見てみろ」というので、ステータスを確認すると、彼の魔力がほんのわずかに回復している。
「魔力残量三……これ、私が? というか、私、魔力あったんですか?」
よく考えると私は、自分のステータスを確認したことがなかった。日本から来た自分に魔力があるなんて、思いもよらなかったのだ。
――私の最大魔力、九千!?
あらためて確認してみると、私の最大魔力はターク様の七倍近くあった。
「そんなに魔力があるのに、自分に魔力があることにすら気付いてなかったのか? ゴイムは最大魔力が高い奴隷がなるものだが……?」
「え!? そうだったんですか!?」
ターク様は少し呆れた顔をしたけれど、すっくと立ちあがると、またキリリとして言った。
「おかげで目眩は治ったようだ。〇と三ではずいぶん調子が違う」
――え? 三で!?
また強がりなのかもしれないけれど、少しばかり気力を持ちなおした様子のターク様。
「それにしても、こんなに留守にするつもりじゃなかったが……。その間言いつけどおり、なにもせず、すごしていたようだな。その量の魔力を貯めるのは、たいへんだっただろう」
「え? はいっ?」
「なんだ? なにかしたのか?」
「あっいえ、えっと……その……」
ターク様の言葉に、私は口をもごつかせた。なにもしないですごせと言われたのが、魔力を貯めるためだったとは、思いもよらなかったのだ。
それに、我慢できずに歌ってしまったことも、かなり後ろめたかった。
今日なんて、私が歌いはじめると、メイドさんたちがたくさん集まってきて、ほとんどリサイタル状態だったのだ。
――これはやっぱりまずかった……?
慌てる私の顔を、ターク様がじっとのぞき込む。この破壊力抜群の美しい顔! いつまでも見詰められては堪らない……と、私は正直に白状した。
「えっと……少し歌を、歌ってしまいまして……」
「歌? なんの歌だ?」
「日本の歌です」
思わずそう答えて、私は慌てて口をおさえた。ターク様は私が日本から来たことを、まったく信じていない。
もちろん、いままでにも何度か、日本から来たことを彼に伝えてはみた。だけど、彼は私が、頭を打っておかしくなったか、幻術にかけられていると思っているようだった。
そのため、彼にとって意味不明な私の発言は、ほとんどがうわ言と解釈されてしまっていた。
案の定、彼は顔をしかめて首を傾けた。
「日本……? あー、お前の故郷だったか……? うん……大丈夫だぞ、ミヤコ。頭は私が必ず治してやるから、心配するな」
――また頭がおかしいと思われちゃった……。
ただでさえ疲れているターク様に、余計な心配をさせたようで、私はなんだか申しわけない気持ちになった。
「とりあえず、私は風呂に入ってくる。治療はそれからだ」
がっくりと肩を落とした私を置いて、ターク様はバスルームに消えていった。




