09 長生きしてください。~ギロチンとキノコと砲弾と~[挿絵あり]
場所:クラスタル城
語り:小鳥遊宮子
*************
見張りの兵達に牢屋から出された私、小鳥遊宮子を含むベルガノンの囚人たちは、城の中央にある広場に連れ出され、斬首台(いわゆるギロチン!)の置かれた台の上に並ばされていた。
上を見上げると、縄で吊るされた巨大なミノのような刃が、それこそギロッと光っている。
その凄まじいまでの威圧感は、目を瞑っていても肌に感じるほどだ。
一番初めに、その装置に首をかけられたのは、大魔道士ガルベルさんだった。
今、斬首台の横に立っている兵士が、あの握っている紐から手を離せば、彼女の首は、チョンッと切り落とされることになるのだ。
そして、フィルマンさん、マリルさんと続き、その次は私、という並びになっている。何にしても、もうすぐなのは間違いなかった。
――あぁーん! ターク様、同じ時を生きたいとか言っておいて、あっけなく死んでごめんなさい!
――それから、お父さん、お母さん、親不孝な娘を許してください!
後ろ手に縛られ、手を合わせることは出来ないけれど、私は祈るように空を見上げた。
ディーファブールの空は曇っていて、皆の心の憂鬱さを表しているかのように薄暗かった。
春が来るのを、ずっと待ち侘びていたけれど、私に次の春がやってくることはないらしい。
――せめて最後にもう一度、ターク様の姿を見たかった。一目だけでも……。
私がそう思った時、向かいの大きな尖塔のバルコニーに、真っ白な王子様ファッションで、キラッキラに光っている、ターク様の姿を発見した。
――わ。ターク様だわ! 良かった。無事だったんですね!
――ターク様、私に言ったことは忘れて大丈夫なので、どうか、長生きしてください!
そんなことを考えながら彼を眺めていると、ターク様が突然、バルコニーから飛び降りた。いや、飛び降りたというよりあれは……。
――落下してる!
私が焦りに目を見開いた瞬間、広場のあちこちから、巨大なキノコがニョキニョキと生えはじめた。
いつの間にか肩に乗っていたヤーゾルが、楽しそうに手を上げ下げしている。
ターク様は、突然生えてきたキノコの上にぽすんと落ちたかと思うと、コロコロ転がって、さらに下に生えていたキノコで小さくバウンドし、地面に降りた。
いや、降りたというより、あれは、転がり落ちたのだろうか。メロウムで全然力が入っていないようだ。
――ヤーゾル! ありがとう!
猿轡をはめられ声が出せないので、心の中で猛烈にお礼を言う。いくら、すぐに治ると言っても、やはり、ターク様が潰れるところは見たくなかった。
ヤーゾルは、肩の上で可愛くウインクしてくれた。彼は私の願いを正確に汲み取ってくれたらしい。
「やっと来たわね。タッ君」
斬首台にかけられていたはずのガルベルさんが、何ごとも無かったかのように立ち上がっている。
おどろいてよく見ると、装置のロープを握っていた兵士は、ガルベルさんに夢中のようだ。でれっと鼻の下を伸ばして、いつの間にか完全に、彼女のチャームにかかっていた。
立ち上がったガルベルさんが、んふふ、と鼻を鳴らすと、私達を拘束していた縄や猿轡が全て外れた。
「おぉー壮観じゃのぉ。うまそうな巨大キノコがいっぱいじゃわい」
フィルマンさんが立ち上がりながら、大きなキノコに瞳を輝かせている。
「流石ですわ、ガルベル様」
「大丈夫だって分かってたけど、こわかったぁ~!」
「こ、こんなことが……?」
マリルさんとカミルさんも、ホッとした様子で立ち上がった。ミレーヌとエロイーズさんもニコニコしている。
本気で死ぬと思っていたのは、私とコルニスさんだけだったようだ。コルニスさんはこの状況がまだ信じられないらしく、青い顔で震えている。
遠くでポカンとしていたターク様も、メロウムの拘束が解けたのか、あちこちに生えたキノコの間を縫って、こっちに向かって走ってきた。
「ガルベル様! なぜまだここにいるんですか!?」
「バカね! 可愛いタッ君を、こんな場所に置いて帰れる訳ないでしょ? 一番目立つ場所で待ってたのよ」
「全くタチが悪いですよ!」
ちょっと怒り気味のターク様。当然だ。私にも何も言ってくれないなんて、ガルベルさんは本当にひどい。
「はぁ、本当に怖かったぁ……」と、ホッとしていると、ガルベルさんのチャームにかかった兵隊達が、みんなで私達の装備を運んできてくれた。
ターク様の剣は四人がかり、フィルマンさんの大剣は十人がかりだ。この人達は、いったいどんな重さのものを、担いで歩いているんだろうか。
ターク様の剣は、いつもの黒い大剣ではなく、銀色の鋼の大剣だった。剣はターク様が手に持つと、すぐに金色に光りはじめた。真っ白な王子様ファッションのせいもあって、なんだか通常以上に眩しい。
大剣を手にしたターク様は、「ふぅ」と、安堵のため息をつきながら、巨大なキノコを見上げた。
「このキノコ。まさか、ミヤコか?」
「そうみたいです」
「ミヤコは本当に、最高だな」
「もう、ターク様ったら、照れちゃいますよ! でも、これは、ヤーゾルのおかげです!」
「ヤーゾル?」
「あなた達、いちゃついてる場合じゃないわよ!」
ターク様に褒められ、ついデレっとしていると、ガルベルさんに重力魔法でふき飛ばされた。よろけた私を、ターク様が抱き上げて後方に飛ぶ。
同時に落雷のような砲声が轟き、私達がいた場所に、大きな砲弾が落てきた。
爆音で耳が悲鳴を上げ、「ぎゃっ」と大きな声がもれる。
同時に、時空がゆがむような黒い光の球体が現れ、爆発した砲弾から飛び散った破片を、ガルベルさんの重力魔法が抑え込んだのが分った。
「ひあぁぁ!」
「まずいわ、完全にノーデスを怒らせたみたいよ。嫌だわ。まだ老けたくないのに」
見上げると、城の屋上の通路から、兵士に大砲を撃たせているノーデス王の姿が見えた。
そしてどうやら、私達とクラスタルの戦いは、幕を開けてしまったようだった。
落下するターク様を見た瞬間、宮子の願いがヤーゾルに届き、巨大キノコがターク様を見事にキャッチ(笑)ホッとしたのもつかの間、怒ったノーデスが大砲を撃ち込んできます。
十九章はこれで終わりです。二十章は戦ってます!
次回、第二十章第一話 止まぬ砲撃。~ガルベルも甘いのう~をお楽しみに!




