08 王の書斎で4~愛され方を知らない男~
場所:クラスタル城
語り:ターク・メルローズ
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「美しい……。其方、なかなかいいではないか」
そんなことを言いながら、本当に気持ちの悪い手つきで、ノーデスは私の横顔をなぞった。
「やめろノーデス。無理するな」
敬称を使う気も失せ、私は隣国の王を呼び捨てにした。
しかし、彼は私が不遜な態度を取っても然して怒った様子もない。
「ふん。無理などしていない。余は其方に興味があるのだ。其方、どんな傷を負っても元に戻るらしいではないか。不死身の気分とはどんなものだ? 申してみよ」
「まぁ、良かったり悪かったりだが……。どちらかと言えば、困ることの方が多いぞ」
「なるほど、それなら余に、その力を譲る気はないか?」
「いずれ手放すつもりではあるが、お前は無理だな。危ない奴すぎる」
「ふん。あれだけ仲間を捕らえられているというのに、ずいぶん余裕なのだな」
ノーデスは不自然に頬を持ち上げ、冷ややかな青灰色の目を三日月形にして、不気味な笑顔を作っている。
よほど私に愛されたいようだが、捕らえた仲間をダシに、私を脅している時点で、やはり愛され方を理解していないように思う。
――それにしても、こんなに精霊に執着しているのに、微精霊にすら愛されないとは不憫なやつだな。
「あの人達をあんな縄で捕まえられるわけがないだろ。まさか、私を人質にしたつもりじゃないだろうな」
「其方では人質にならないと?」
「そうだ。あの人達は私の心配などしない。私は不死身だからな」
弾みでそう言った私だったが、脳裏に私を心配する仲間達の顔が浮かび、苦々しい思いが胸に広がった。
自分を取り巻く愛に気付いた私は、この不死身がどれだけ周りに心配をかけているのか、昔より理解するようになった。
しかし、皆には私の心配などせず、さっさと逃げてもらいたいというのが、今の私の本音だ。
ガルベル様なら、皆を連れてここから逃げるくらいのことは造作もない。
――戦うにしてもとにかく、ミヤコ達を無事に国に返してからだ。
――わかってますよね、ガルベル様。信じてますよ?
イーヴ先生がいるとは言え、一般の騎士達や並の魔法士達だけでは、ベルガノンはクラスタルに兵の人数で大きく負けている。
それでも、ノーデスが建前の平和条約を今まで守っていたのは、ガルベル様が怖かったからに違いない。
弟の水の力を奪えば彼女に勝てると思ったのかもしれないが、それも今さっき失敗に終わった。
ガルベル様さえ国に戻れば、もしかすると、この戦争騒ぎも収まるかもしれないのだ。
とにかく今は、皆の逃げる時間を稼ぎたい。
そんなわけで私は、このむかつくノーデスの相手を、出来るだけ長くする必要があった。
「ふふん。まぁいい。其方は人質ではない。コレクションだ」
ノーデスの言葉に、私がどうしようもなく顔を引きつらせると、彼は返って不気味な笑顔を強めた。
そして、私の手を取ると、血の滴る自分の唇に、私の指を押し当てる。
彼の腫れた唇が、私の癒しの加護で治っていった。
「素晴らしい……」
恍惚とした表情で、私の手にキスするノーデス。本当にもう、寒気がひどい。
咄嗟に手を引きそうになったが、まだ動けるのは知られたくない。
――くそ。反吐が出る! これならそこの弟に、切り刻まれてる方が百倍マシだった!
――だが、もうそろそろ、囚人が逃げたと連絡が来るんじゃないか?
私はこみ上げる吐き気に耐えながら、横目でチラチラと何度も扉の方を確認していた。
「んふふ。治癒能力か、良いではないか。治りは遅いが、心地よくて不思議な感覚だ。其方、特別に余のベッドルームで可愛がってやろうか。きっと余を愛したくなるはずだ」
――ふざけるな!
と思うものの、あまり怒らせて、進撃を早める訳にはいかない。私が唇を噛み締めたその時、やっと兵士が駆け込んできた。
「陛下! 囚人達の、処刑の準備が整いました!」
「な、何だと!? なぜ逃げてないんだ、ガルベル様!」
予想とかけ離れたその報告に、私が思わず声を張り上げると、ノーデスは恐ろしい顔でニヤニヤと笑った。
「どうやら、あれに恐れをなして、抵抗するのをやめたようだな」
「いったい、どういうことだ。あのガルベル様が、何も抵抗せず処刑台に登っただと?」
「国に帰って応戦しても、クラスタルには勝てないと腹を括ったのだろう。下手に苦しむ前に自ら死を選ぶとは、懸命な判断だな」
「あり得ない……」
「ふふ。そうだ、囚人達の中には、其方の恋人もいるらしいではないか。不死身の剣士よ。処刑の見物をさせてやろう」
ノーデスはそう言うと、呆然とする私を引きずってバルコニーに出た。そこから見下ろした広く殺風景な中庭に、斬首台に並ばされているミヤコ達の姿が見える。
――嘘だ。あり得ない、あり得ない!
悪夢のような光景に、私は目を疑った。こんなのはまるで、この世の終わりだ。
固まっている私に、ノーデスは広場の奥にある建物の扉を指差して言った。
「教えてやろう。あの扉を開けば、余が二十年溜め込んた精霊の闇があふれ出すのだ。あれを解放すれば、ベルガノンは終わりだ」
「二十年分の精霊の闇だと!?」
「そうだ、それも精霊百人分のな」
「ノーデス……気が狂ってるのか? そんなものを城から放ったら、ベルガノンの前に、クラスタルがタダじゃ済まないぞ」
「ははは。確かに。だが、力を持てば、使ってみたくなるのが人間というものだろう。二十年以上かけて、結局手に入れられたのが汚れた闇の力のみだったのは、少し残念だがな」
「ふざけるな! 扉は絶対開けさせない、ミヤコ達も、殺させない!」
私はそう言うと、必死にノーデスを押し退けバルコニーから飛び降りた。飛び降りたというより実際は、転がり落ちたというところだろうか。
――くそ、体が動かない。潰れる!
メロウムの腕輪が割れるようにと、腕を下に向けてみたが、頭も地面を向いてしまった。
目の前にグングン地面が迫ってくる。
あまりの恐怖に声も出ず、私は息を止め、目を閉じた。
ガルベルが宮子達を逃がしてくれると信じて、気持ち悪いノーデスに耐え、時間稼ぎをするターク様。しかし、彼の願いむなしく宮子達は斬首台に並ばされてしまいました。慌ててバルコニーから飛び降りたターク様ですが……。
次回、第十九章第九話 長生きしてください。~ギロチンとキノコと砲弾と~をお楽しみに!




