07 王の書斎で3~エディアと平和条約~
場所:クラスタル城
語り:ターク・メルローズ
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「苦労して手に入れ、こんなに可愛がってやっているのに、こいつらは闇に堕ちるばかりだ。愛を知らない精霊が闇に堕ちれば、その力も闇に飲み込まれてしまう。非常に嘆かわしいことだな」
不満そうにぼやくノーデス王を、ゼーニジリアスはひどく恨めしそうな顔で睨んでいた。
「そう思うなら、こんな酷いことはもう終りにするべきです。精霊達が哀れだとは思わないのですか?」
さっきまでおびえて泣いているばかりだったゼーニジリアスが、兄を諭そうとしている。
彼が精霊を愛しているというのは、全くの嘘ではないようだ。
壁に飾り付けられた、哀れな精霊達の姿を見て、恐れ以上の怒りが湧いてきたように見える。
「ふん、精霊の力を集めようとしていたのはお前も同じだろう。分かっているぞ。お前も本当は、エディアが欲しかったのだろう。彼女の投げ出した力を集めれば、彼女を元に戻せるとでも思ったか?」
「……あぁ、エディア……愛している……一目見た瞬間から、ずっと……アクレアも、ゾルドレも……」
ノーデスの質問に、ゼーニジリアスは悲しげにそうつぶやいた。
美の女神と見まがうほどに美しかったというエディア。彼女の美が、この男を狂わせたのだろうか。
ゼーニジリアスが複数の精霊を同時に愛していたその根本は、エディアへの愛だったようだ。
以前は単なる浮気だと思っていたが、複数を愛する、そのこと自体が悪いことなのかどうか、今の私には分からなかった。
イーヴ先生のように、相手がそれを認めてさえくれれば、意外とうまくいく場合もあるのだ。重要なのは本人に、それを認めさせるだけの魅力があるかどうか、そこなのかもしれない。
精霊の気持ちはよく分からないが、今確かに言えることは、この二人、特にノーデスには、何の魅力も感じないということだ。
壁に飾られた精霊達が、悲しげにすすり泣いている。
精霊達を捕まえ、美術品のように飾り付けることが、彼女達を愛することになると、ノーデスは本気で思っているのだろうか。
「こんなものを見せて……エディアをあれだけ悲しませたというのに、兄さんはまだ懲りないのか?」
ボロ雑巾のように床に転がったまま、ゼーニジリアスは怒りのにじむ顔で兄を見上げた。
――これをエディアに見せたのか? これでは、白の大精霊と言えど平静ではいられないだろう。
――しかし、嫌われると分かっていて、どうしてエディアにコレクションを見せたりしたんだ?
弟の質問に、ノーデスは不思議そうに首を傾げた。「見せて何が悪い」と言いたげな顔だ。
そして、ゼーニジリアスの返り血が付いた手で、精霊達の体をなでる。
触られた精霊は、怯え切った顔で「ひっ」と声をあげた。
「ニジルド……エディアを悲しませたのは余ではないぞ。彼女が故郷と呼んでいたベルガノンを、侵略しようとした父王だ。私は父王の暴走を止め、面倒な思いをしながらも、ベルガノンと平和条約を結んだ。そうすれば彼女に愛されると信じてな。まぁ、全くの無駄骨だった訳だが……」
悪びれる様子もなく、平和条約を結んだ不純な動機を、私の前で話すノーデス。私のことはもう、標本の一つくらいにしか思っていないようだ。
ベルガノンを愛するエディアに気に入られようと、彼も少しはまともな努力をしたらしい。
「エディアは確かに、ベルガノン侵略について父王と揉めていた。しかし、彼女は父王を愛していたんです。……それを……あなたは、父王を……」
「どうした。ニジルド。何か言いたそうだな」
光を失ったように冷ややかな青灰色の瞳で、ノーデスは脅すようにゼーニジリアスを見下ろした。「それ以上しゃべるな」と言わんばかりだ。
――まさかこいつ、エディアの力欲しさに自分の父親を……?
ゼーニジリアスは、赤い目に涙を溜めながらも、さらにノーデスの説得を続けた。
「に、兄さんは、精霊にも私にも、愛される資格なんてない! 諦めてその精霊達を解放してください。自分の娘までコレクションにして、失ったことを忘れたんですか?」
「ふん。エディアめ。余を差し置いてミレーヌに祝福を与えたりするからあんなことになったのだ。勝手に力を投げ出したばかりか、娘まで誘拐しおって。身勝手な精霊は許せない」
――え、ミレーヌが、なんだって!? ノーデス王の娘?
急に出てきたミレーヌの名前に、思わず尻が浮きそうになったが、私の体は、簡単には動かなかった。
しかし、よく考えれば、全属性の力を持つ彼女が、エディアの居たこの場所に居ても何の不思議もない。
――ミレーヌを、エディアが誘拐……? いや、自分が与えた祝福が原因で、コレクションにされていたミレーヌを助け出したのか。
――ノーデス! 今までに出会った人間の中で、ダントツに最低なやつだ。
息をひそめて話を聞いていると、彼らはペラペラとよく喋り、私は大体の事情を把握した。しかし、ノーデスとエディアのいざこざは、思った以上に深刻だったようだ。
ノーデス王は飾り付けた精霊達に順番に顔を寄せると、「どうだ? そろそろ私を愛する気になったか?」と聞いてまわった。
そして、全員が「吐きそうです」という顔をしたのを見ると、彼はくるっと振り返り、ついに私の方へ歩きはじめた。
全身の血の気が失せ、寒気で背中が凍りつきそうだ。
今すぐバルコニーから飛び降りたい衝動に駆られながら、私は必死に彼から目を逸らしていたが、ノーデスはついに、私の前に立った。
顎を二本の指でつままれ、逸らしていた顔を持ち上げられて、じっくりと顔を眺められる。
仕方なくノーデスの顔を見あげてみると、弟に噛みちぎられた唇が紫に腫れ上がり、いまだにポタポタと血が流れだしていた。
そんな状態で、私に愛されようと、頑張ってやさしい微笑みを作ろうとしている感じが、なんとも言えない気色の悪さだ。
「不死身の大剣士ターク・メルローズか。生命力にあふれる金色の光……美しいな。男の精霊は変なのが多いが、其方はなかなかいいではないか。どことなく、エディアの気配を感じるぞ」
そう言いながら私のとなりに座り、私の横顔を指でなぞるノーデス。こいつは、もしかして、そっちの人なのだろうか。
――何にしても、あまりに嫌悪感がひどい。
――これ以上触られるとトラウマが増えそうだ。
そんなことを考えながら、私は彼の顔を睨みつけていた。
兄に愚行をやめさせようと、必死に説得するゼーニジリアス。二人の会話で、大体の事情を把握したターク様は、ノーデスへの嫌悪感が止まりません。
しかし、そんな彼の前に、ノーデスはついに立ったのでした。
次回、第十九章第八話 王の書斎で4~愛され方を知らない男~をお楽しみに!




