05 王の書斎で1~妙なカーテンがこわすぎる~
場所:クラスタル城
語り:ターク・メルローズ
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謁見の間で、メロウムで拘束された私、ターク・メルローズは、大柄な兵士にずるずると引きずられ王の書斎へと連れて行かれた。
いくつかあるソファーのうちの、二人掛けのソファーの端に座らされ、力なくずり落ちそうになる身体を、背もたれにグイグイと押しつけられる。
格調高い雰囲気が漂うこの王の書斎は、奥の壁が一面本棚になっており、その手前には執務机が置かれていた。
そして、向かって左側の壁にはバルコニーに出られる開かれた扉があり、右側の壁は、なぜか全面が重々しいカーテンで覆われていた。
まるで劇場の舞台を隠すオペラカーテンのようだが、豪華すぎて趣味が悪い。
――なんだ? あのカーテン。窓がある訳でもなさそうだが。
明らかにおかしい部屋の作りに、嫌な予感が胸に湧き上がる。
王が話を聞いてくれるかもしれないと、ほんの少し期待していたが、妙なカーテンのせいで、私はすっかり逃げ腰になっていた。
私の腕には、小さなメロウムがついた金の腕輪がはめられている。
繊細に細工された豪華で美しい腕輪だが、使用用途を考えると、趣味が悪いとしか言いようがない。
これならまだ、無骨な鎖にでも繋がれた方がマシだ。
――だいたい、メロウムの腕輪なんてものが、なぜ城にあるんだ。
――あの王様、よほど精霊が憎いのか?
通常なら、そんな小さな石だけでも、十分動けなくなるのだが、今、私の首には、タツヤ経由で父に渡された状態異常軽減のペンダントが、ぶら下がったままになっている。
メロウムにも多少効果があるとタツヤが言っていたが、どうやら本当のようだ。完全な脱力状態のふりをしているが、頑張れば少しくらいは体を動かせそうだ。
それがバレていない今なら、隙を見て必死で足掻けば逃げ出せるかもしれない。
――何とか外せないか?
こっそり腕輪に手をかけてみたが、見た目より頑丈なようだ。思うように指先に力が入らず、外すことが出来ない。
動けることがバレてはメロウムを増やされかねない。私はそっと、腕を元の位置に戻した。
さっき、窓からチラリと見えた景色から察するに、ここは、城の一番背の高い尖塔の最上階のようだ。
この力の入らない体で、ここに来る時に引きずられてきた長い螺旋階段を降りるよりは、バルコニーから飛び降りた方が逃げられる可能性は高いだろう。
しかし、バルコニーの地表からの高さは、三十~四十メートルはある。流石の私も、受け身も取らずに飛び降りればタダでは済まない。
しかし、体がどれだけ潰れたとしても、復活できてしまうところが悩ましかった。
――うまくすれば、落ちた衝撃で腕輪も外せるかもしれない。
――しかしな、自分でやるには痛すぎだ。
私が尖塔から飛び降りるかどうかを真剣に悩んでいると、私の後からゼーニジリアスの入ったカプセルが担ぎ込まれてきた。
さっきあんなに弟思いなセリフを言っていた割に、まだ彼がカプセルに入れられたままだということに、更なる疑問と不安を感じる。
ノーデス王も、弟の持つ精霊の力を恐れているのだろうか。
そんなことを考えていると、入ってきた二人の兵士が、カプセルをどこに置くかで揉めはじめた。
散々揉めた末、カプセルの中のゼーニジリアスに、「ニジルド殿下、どちらに置かせていただけばよろしいでしょうか!」と、声をかけたが、彼は無言のまま、恨めしそうに兵士を睨んだだけだった。
困った兵士たちがカプセルを抱えたまま待っていると、ノーデス王が書斎に入ってきた。
彼の指示で、カプセルは大きなカーテンがかかった壁際に置かれた。
――だから、なんなんだ。そのカーテン。怖いぞ。
私が訝しげにその様子を眺めていると、ノーデス王は私の方を向いて、ニコニコと妙な笑顔を浮かべた。
――なんだ? なぜ今更、私に愛想笑いを……?
眉をひそめた私を見て、くるりと方向を変えた彼は、弟のカプセルの前に進んだ。そして、またぎこちない笑顔を作ると、やさしげな声で彼に話しかけた。
「弟よ。久しぶりではないか。何年も連絡をよこさず、何をしているのかと思えば、まさかポルールで暴れていたのがお前だったとはな」
ノーデス王がカプセルの扉に手をかけると、ゼーニジリアスは「ヒィー!」と大きな悲鳴をあげた。
一年近く拘束されていた彼は、このカプセルから出る日を、ずっと夢見ていたはずだ。しかし、今は扉から離れようと、必死に足掻いているようだ。
しかし、体格のいいノーデス王に抱き抱えられ、彼は呆気なく、カプセルから引きずり出された。
外に出た途端、彼の体は青い輝きを放ちはじめた。カプセルによって抑え込まれていた、水の精霊の加護だろうが、なかなか派手に光っている。
光は美しいが、元々青白かったゼーニジリアスの顔が、さらに青く不健康そうに見え、赤い目もあいまって、まるで魔物のようだった。
水の加護の常時発動効果は、水の中で息が出来るとか、武器に水属性攻撃を付与できるとか、そんな所だろうか。
水属性には効果の高い睡眠攻撃耐性があり、防御魔法などにはだいたいそれが付与される。
もしかするとこいつは、私以上の寝不足になるかもしれない。
あれではカプセルから出ても暮らしにくいだろうと、つい余計な心配をしてしまった。
何にしても、凄まじい速さで繰り出される彼の剣技が、水属性の魔力で強化されれば、ひどく強いということを、私は身をもって知っていた。
ノーデス王は青く輝く弟の姿を見て、「おぉっ」と嬉しそうに声を上げ、恍惚とした表情を浮かべた。
そのまともとは思えない顔つきに、ゼーニジリアスが更に青ざめ、私もまた、嫌な予感に震えていた。
メロウムの腕輪で拘束され、王の書斎に来たターク様ですが、趣味の悪い腕輪や妙なカーテンに、嫌な予感が止まりません。
そんな中、カプセルから引きずり出されたゼーニジリアス。ノーデス王はいったい、彼をどうするつもりなのでしょうか。
次回、第十九章第六話 王の書斎で2~何を見せられているんだ?~をお楽しみに!




