10 達也との思い出4~いなくなった幼馴染~[挿絵あり]
場所:日本
語り:小鳥遊宮子
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薄曇りの空の下、じっとりとした空気が、肌に纏わり付いたあの林間学校の日。
達也は朝から、私を迎えに来た。
あの日以来、前よりさらに心配性になった達也は、今日に限らず、ずっと私にぴったりくっついていた。
登下校はもちろん、休憩時間のたびに席にやってくるし、はなれていてもずっと視線を感じる。
どうやら女子たちが私になにかしないかと、警戒している様子なのだけれど……。
――こんなにくっつかれると、余計になにか起こりそうだよ?
私の不安をよそに、出発のバスのなかでも、達也はとなりに座ってきた。
「みやちゃん、明日のハイキング、一緒に回る約束、忘れてないよね?」
――そんな約束したっけ!?
思わず口に出しそうになったけれど、いまはあまり、そっけない態度もとれない。
最近の達也はなんだか、ずいぶん思い詰めているように見えるのだ。断ったって、きっとついてくるだろう。
「じゃぁ、明日はすこやかコースにしよ! 達也が見たがってた小池を見に行こうよ」
「ほんと!?」
満面の笑みを浮かべて「よし!」とガッツポーズをしている達也。
そんな彼を、『なんて可愛いの……?』と思いながら見ている私は、十分すぎるくらい、達也のことが大好きだった。
ただ、あの告白の返事をしないといけないと思うと、やっぱり気が重い。
――幼なじみのままじゃダメなのかな。付きあって、もし、うまくいかなかったらどうなるの……?
そんなことを考えていると、達也の周りに女子たちが集まってきた。
「達也、こっちに座ってよ、お菓子いっぱいあるからさ」
女子に腕をつかまれひっぱられると、達也は困った表情を浮かべた。
「ごめん、今日はみやちゃんと回りたいんだ」
――わ。本当に断ってる……。
いつもの達也なら、ここはすぐについていってしまうところだ。あのフワフワした笑顔を浮かべて、「うん、ありがとう」なんて言いいながら。
「今日は僕、みやちゃんからはなれないからね!」と、朝から宣言していたのは、どうやら本気だったらしい。
本人からはっきり断られた女子たちは、不満そうな顔で席に戻っていった。
△
合宿場所である山間の宿舎に着くと、背負ってきたお弁当を食べ、宿舎の説明やゲーム大会なんかがあった。
達也は一日中、ずっと私を気にかけてくれている。荷物を運んでくれたり、プリントを取ってきてくれたり、とにかくあれやこれやと、彼は私を甘やかした。
――達也を、独り占めしているみたい。
かなり人目が気になるけれど、最近ずっとファンたちに取られていた達也と、一緒にいられるのは結構うれしい。
――達也はいったい、いつから私のことが好きだったのかな……?
その日の夜は、合宿所の外の広場で、キャンプファイヤーが行われた。
暗闇のなか、勢いよく燃える炎を囲って、となりに座る達也の横顔を眺める。
――なんだかいつもより、男らしく見えるかも。
――彼女になれば、このまま達也を独り占めできるのかな……。
そんな考えも頭をよぎる。だけど、それはきっと、達也が期待している答えとは違うんだろう。
「こんなに私と一緒にいて、ほかの子たち怒ってないかな?」
「大丈夫、この間みたいなことは、もう起こさせない。安心して。みやちゃんのことは僕が守るって、約束するから」
そう言うと、達也は地面に置かれていた私の手に、自分の手を重ねてきた。達也のスキンシップはいつものことだけど、なんだかこれは、それとは違う気がする。
達也の長い指が手の甲を滑り、絡みつくように指と指が重なった。
――待って!? どうしてこんなにドキドキしてるの?
達也の気持ちを知ってしまったからなのか、それともこの、だれに見られているかわからない状況のせいなのか。
もしかすると、燃えあがるキャンプファイヤーの、炎のせいなのかもしれない。
私は、なんだか、顔が熱くなるのを感じていた。
△
キャンプファイヤーが終わると、林間学校一日目の日程は終了だ。達也とわかれ、女子の宿舎に戻ろうとすると、案の定、達也ファンの女子たちが待ちかまえていた。
「小鳥遊さん、さっき達也と手をつないでたよね。まさか、付きあってるの?」
――やっぱり見られてた……!
慌てて首を横に振る私に、女子の一人がつかみかかった。
「抜け駆けすんなって言ってんじゃん!」
「おさえて!」「やっちゃえ!」
数人の女子たちにおし倒され、床に転がされた私は、すぐに「いたーい!」と、大声をあげた。
手の指が、一人の女子の膝の下敷きになって、おかしな方向に曲がっている。
青ざめた顔で「お、折れちゃった」と言った私を置いて、女子たちは一目散に自分たちの部屋に帰っていった。
△
翌日は、いよいよハイキングの予定だったけれど、朝からかなり強い風が、山の木々を揺らしていた。予報とは違う天気に、先生たちも困惑した表情を浮かべている。
朝食に来た達也は、包帯でぐるぐる巻きになった私の手を見て、ひどくショックを受けた様子だった。
「みやちゃん、本当にごめん。僕の考えが足りなかったみたい」
落ち込む達也を、「大丈夫だよ」と言ってなぐさめたけれど、達也の肩はこわばって震えていた。
△
朝食が終わり、部屋で準備をして戻ると、達也の姿が見当たらなくなっていた。昨日襲いかかってきた、女子たちの姿も見当たらない。
――達也、ますます思い詰めてるみたいだったけど、大丈夫かな。
なんだかとても嫌な予感がして、達也を探し回っていると、山の奥から昨日の女子たちが出てきたのが見えた。
達也を知らないか尋ねると、山のなかで達也に昨日のことを問いただされたという。
やさしい達也に怒られ、ショックを受けた女子たちは、「手、大丈夫? 昨日は本当にごめん」としおらしく謝ってきた。
「いいの。それより達也は? もうオリエンテーションの集合時間なのに、戻ってこないんだけど」
私が聞くと、彼女たちは首を傾げた。
「そんなに奥には行ってないし、すぐ後ろから出てくると思ってたけど……?」
山の木々を揺さぶるほどの強い風が、不安に揺れる私をブワッと追い越していく。
そのあと達也は、いくら待っても探しても、一向に戻ってこなかった。
大規模な捜索活動が行われたけれど、一週間たっても二週間たっても、達也が見つかることはなかった。
達也は突然、跡形もなく、私の前から消えてしまったのだ。




