01 クラスタル城へ。~静かな街ディーファブール~
場所:ディーファブール
語り:ターク・メルローズ
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「流石に、このままじゃ目立つわね」
ポルールの第一砦でガルベル様に抱えられた私、ターク・メルローズは、フィルマン様と合流し、クラスタルの王都ディーファブールの、城壁の外に降り立った。
私を箒の後ろに乗せ、巨大なフィルマン様と、ゼーニジリアスのカプセルが入った大きな木箱までぶら下げて、ガルベル様はここまで飛んてきたのだ。
彼女の重力魔法には、本当に毎度おどろかされる。
そのままガルベル様の魔法で、城まで飛んで行っても良かったのだが、やはりそれはあまりにも目立つだろう。
「全く、こんなに広い国土なのに、転送ゲートも使わないで、みんな馬や徒歩で移動してるなんて、クラスタルの国民はよく平気よね」
彼女のつぶやきに、私は心の底から、「そうですね」と返事をした。
ガルベル様の箒の乗り心地はとにかく悪い。ガルベル様に後ろから抱きつかないといけない時点で、彼女に多数のトラウマを植え付けられた私にとっては、苦痛を伴う旅だ。
――あぁ、眩暈がするな。ガルベル様に運ばれるのはもううんざりだ。
それでも飛んで来る必要があったのは、クラスタルには転送ゲートが片手で数えるほどしかないからだった。しかも、それらのゲートのほとんどが、今は起動できない状態にあるらしい。
「まぁ、ベルガノンのゲートが無事に動いておるのも、豊富な魔力を持つ魔術師達と、古い魔道具に精通したアグスおってのことじゃからのぉ」
地面に降り立ったフィルマン様が、カプセルの入った木箱を肩に担ぎながら、そう返事をした。
中でカプセルがひっくり返ったのか、木箱の中からゼーニジリアスの慌てる声が聞こえる。
魔術師が国民の三割近くを占めるベルガノンとは違い、この国には魔術師は数十人しかいない。
ベルガノンのような魔法学校や、魔術機関も無いため、中級以上の魔法が使えるものも殆ど居ないようだ。
そういう意味でベルガノンは、「精霊に愛された国」と言えるかもしれない。
魔術師の希少さ故、クラスタルでは、膨大な魔力を消費する転送魔法は、あまり使われることがない。
使われないゲートはメンテナンスが行き届かず、すぐに調子が悪くなってしまうようだった。
しかし、いざ戦いとなれば、クラスタルは広大な領土を保有し、人口や資源、財政力、軍事力等で、ベルガノンを大きく上回っている大国だ。魔術師が少ないからと、決して侮って良い相手ではない。
戦いが長期化すれば、大陸の端の小国であるベルガノンは、ポルールの時のように疲弊してしまうだろう。
とは言え今は、クラスタルとベルガノンの間には平和条約がある。
城壁の外に降り立った私達は、外交官でもあるフィルマン様の顔パスのような、簡単な検閲を通り抜け、ディーファブールに入った。
検閲でゼーニジリアスを見られれば騒ぎになるかとも思ったが、木箱の中を調べられることもなかった。
初めて訪れたディーファブールは、雪ですっかり化粧され、夕日で赤く染まっていた。
歴史の長いこの街は、三百前に建国されたと言われるベルガノンの王都に比べると、格式高く立派な建築物が多かった。
美しいステンドグラスで彩られた時計台や美術館、劇場などは、独特の伝統的な様式で建てられ、見ごたえがある。
――美しい街だな。機会があれば、ミヤコとゆっくり訪れたいものだ。
――ミヤコは観劇が好きだろうか。いや、美術館の方が喜ぶかもしれない。
始めのうちは、そんな浮かれた事を考えながら歩いていた私だったが、しばらく行くと少し違和感を覚えた。
街は不思議なほどに、ひっそりと静まり返っていたのだ。
「大きな街なのに、ずいぶん人が少ないわね」
「みな寒さでちぢこまっておるんかのぉ」
通りは広々として人通りも少なく、大きなフィルマン様がいても歩きやすかった。
過密なベルガノンの王都とは全く比較にならない。
私たちは、殆ど人に会う事もないまま、城の門まで到着した。
「わしゃぁベルガノンのフィルマン公爵だ。ノーデス王に会いにきた。通してくれんかのぉ」
フィルマン様は大きな体で、ズシンズシンと城まで歩くと、青い顔で彼を見上げている門兵に声をかけた。
しばらくすると、フィルマン様の知り合いだと言う外交官が姿を見せ、怪しい荷物を担いでいるにも拘わらず、城の中に案内された。
クラスタル城は広大な敷地を四角く囲むように建てられている。いくつもの突き出した尖塔があり、中央にある広場が、どこからでもよく見えていた。
広場と言ってもそこは、地面に雪が積もっただけの、殺風景なスペースだった。鑑賞目的の庭園ではないらしく、噴水の一つもない。
――ここは、兵隊の訓練場所か? ただでさえ寒いのに寒々しい城だな。
――これだけ広くて噴水がないとは、やはり異国だ。寒い季節が長くて凍ってしまうのかもしれないな。
そんな事を考えながら、私は案内されるまま回廊を歩いた。
簡単に城に入れたとはいえ、これはガルベル様の思いつきによる、突然の来訪だ。
しかも王への謁見は、一度断られている。
すぐに王に会えるはずもなく、私達は城内の客室に通され、今夜はとりあえずここで休み、呼ばれるまで待つようにと言い渡された。
「せっかく急いで来たのに、待たされるなんてね!」
「仕方ないですよ。相手は一国の王様です。約束もなしに、勝手にくる方が悪いです」
「まぁのぉ。でもノーデス王は友達みたいなもんじゃからの。外交官にゼーニジリアスを連れてきたことは伝えたからのぉ。時間が出来たら会ってくれるはずじゃ」
「待つしかないですね」
ゼーニジリアスはよほどノーデス王に会いたくないのか、ベルガノンを出てから一言も喋らなかった。木箱をそっとのぞいてみると、青い顔でブルブル震えている。
いくら失態を犯したとはいえ、実の兄に会うのにここまで怯えるものだろうか。
――ノーデス王……。いったいどんな人なんだ?
嫌な予感に胸をざわつかせつつ、私は王からの呼び出しを待った。
ガルベル、フィルマン、タークの三人は、クラスタルの王都ディーファブールを通り、クラスタル城へやってきました。
妙に人気のない街や、異様に怯えているゼーニジリアスに違和感を感じつつ、ノーデス王に呼ばれるのを待つターク様ですが……。
次回、第十九章第二話 王との謁見1~真っ白なターク~をお楽しみに!




