13 [番外編]ガルベル。~百年分の祝福~
場所:ガルベルの小屋
語り:ガルベル・アガトス
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今から三十三年前、当時二十九歳だった私、ガルベル・アガトスは、約八十人の魔道士を率い、東の帝国オトラーからの、ベルガノン侵略を食い止めた。
私の魔法指導はヘナチョコ魔道士達の、魔法の威力を飛躍的に引き上げる。
私が、集め、指導してきた彼等は、オトラーの送り付けてきた、一万の兵にも引けを取らなかった。
戦いの功績を認められ、大魔道士の称号を授かった私だけれど、そろそろお肌の曲がり角。
半年に及ぶ戦いで、あまり上質とは言えないポーションを多用し、魔力を使いすぎた私のお肌は、カサカサになっていた。
――まだ、結婚も諦めてないって言うのに、困ったわ!
そう思った私は、上位魔術機関を創設し、弟子たちに魔導師達の管理指導をまかせて、自分は自然豊かなモルン山の小屋に引きこもり、美容魔法の研究に明け暮れた。
沢山の植物を育て、美容成分を抽出し、魔法精製して……。
魔法には詳しい私だけど、美容魔法の完成には、植物の専門知識と、精密な魔道具が必要だった。
とりあえず、オトラーの戦いで知り合った、植物に詳しそうなフィルマンと連絡をとり、さらに、アグスに魔道具を注文して、アドバイスを仰ぐ。
当時のアグスは、まだほんの十八歳だったけれど、彼の作る魔道具は恐ろしいほどに高性能だった。
十一も歳の違う、大魔道士の私を、「ベルさん」と呼んでいたかと思ったら、いつのまにか、「ベル」と呼び捨てにしはじめたアグス。
「ベル、君は歳を重ねても、きっと美しいと思うけど?」
「んまぁ!」
歯が浮くようなお世辞を言っては、ニヤリと笑うアグスを見て、営業トークと知りつつ、悶える私。
――きゅんきゅんだわ、アグス!
――お客様一人一人の需要を的確に把握しているのね!?
――なんて生意気で賢くて可愛いのかしら。やっぱり、これ以上、老けるわけにはいかないわね!
フィルマンとアグスの知恵を借り、更に研究を続けた私。
だけど、なかなか、思ったような結果は得られなかった。
△
そんなこんなで一年程経った頃、突然、私の元に大精霊が訪ねてきた。
大精霊が、人の棲家を訪ねてくるなんて、まったく聞いたことがない。
しかもこの大精霊、全身が真っ白に輝いているのだ。
精霊というのは、持っている魔力の属性を象徴する色で輝いているものだ。
火の精霊なら赤、水の精霊なら青……と言った具合に。
だけど、白く光る魔法属性なんて、これもまた、聞いたことがなかった。
コンコンと扉をノックし、扉に空いた丸い窓から、輝く顔をのぞかせた彼女に、私はただただおどろいた。
――なになに!? 何が起きてるの?
焦りながらも扉を開けると、彼女は私の小屋に足を踏み入れ、眩しい顔で、にっこりと微笑んだ。
そして、彼女の肩に乗っていた小さな黒猫が、音も無く床に飛び降りる。
――黒猫……と、美の女神?
過去に一度、大精霊に会ったことのある私だけど、彼女の放つその魔力は、その何倍も強く、精霊と言うよりまるで、神の領域だった。
何もかもを覆い隠すように、輝いているその光は、よくみると白ではなく、さまざまな色が混ざり合って、オーロラのように見えた。
あまりの美しさに、沸き起こるのは嫉妬心だ。
――なんて羨ましいのかしら。何千年も生きてるくせに、老化なんてきっと、気にしたこともないわよね。
そんなことを考えていた私に、彼女は一歩近づいた。
「ここに、闇の微精霊達に愛された魔女が居ると聞いたんだけど、なるほど、あなたね? すごいわ。ずいぶん魔力が高いのね」
「まぁ、人間の中ではね」
「あなた、その力で、オトラーから、ベルガノンを守ってくれたんですってね。素晴らしいことよ。嫌われがちな闇の力で国を救うなんて。きっと皆、闇の魔力のすばらしさに気付いたはずよね」
「……あなた、誰なの?」
「私は、白の大精霊エディアよ」
白の大精霊と名乗った彼女は、なんと、全属性の力を持っていると言う。
全属性と言うと、火、水、風、土、氷、雷、光、闇の八属性だ。
――そんな馬鹿な!
二属性習得しただけで威力が落ちるほど、属性魔法は組み合わせが効かない。
国一番の大魔道士である私でさえ、当時習得していたのは闇属性魔法だけだった。
あまりにおどろいて、口をぽっかり開けた私に、彼女は微笑んで言った。
「故郷のベルガノンを守ってくれたお礼に、あなたの願いをかなえてあげるわ」
「え? ほんとうに?」
「えぇ。願いを言ってみて? なんでもいいわよ」
「何でも良いって言われたら、もちろん、私、ずっと、若くてきれいなままでいたいわ」
「うふふ、いいわね。そういうのは得意よ。だけど、美貌を保って、それでどうするの?」
「みんなにきれいだねって言われたいのよ。それだけだわ」
「まぁ。分かりやすい望みね。ならあなたに、大精霊の祝福をあげる。今の美貌を保つだけなら、百年はもつわよ」
大精霊にのみできるといわれる「精霊の祝福」。
それは、稀に精霊達が人間と交わす、「精霊の契約」とは別のものだ。
精霊の契約は、契約した精霊が近くにいる時にのみ、その精霊の力を借りられるものだ。
そして、大精霊の祝福は、それを与えた大精霊がそばに居なくても、至る所に居る微精霊の力を、大精霊の権限で使用できるというものだった。
「うっそ。ありがとう」
私が目を輝かせたのをみると、彼女は私の額に軽く手を当てた。
それは、イーヴがファシリアに受けた愛のキスのような、ロマンティックなものではなかった。
彼女は本当に、軽く手を当てただけだった。
だけど、その直後、私の中に、今までに感じたことのない、大きな喜びが巻き起こった。
それは、空気中の、全ての微精霊達に、愛され、祝福されているという喜びだった。
「じゃぁ、楽しんでね」
エディアは、興奮する私にそう言い残し、すっと小屋を出て行った。
あの肩に乗せていた黒猫を、私の小屋に忘れたまま。
――まぁいいか。魔女に黒猫、ピッタリよね。迎えがくるまで飼ってあげるわ。
――そんなことより、なんだったの今の!? 凄すぎない?
△
それ以来私は、全ての属性の魔力を使えるようになった。美貌を保てるのは、光属性の癒しの力のおかげだろうか。
だけど、精霊の祝福は有限だ。
百年美貌を保てるだけの祝福をもらったけれど、必要以上にその力を使うと、すぐに使い果たしてしまう。
そうなると、私の老化は、再び走り出すのだ。
今後のために、美容魔法の研究も続けつつ、私はケチケチと魔法を使った。
しかし、その十年後、隣国クラスタルからの侵略を食い止めるため、私は再び、戦場に駆り出された。
祝福を使うことを躊躇したけれど、ベルガノンを守れば、またエディアが来てくれるかもしれない。
ならさっさと戦いを終わらせよう。
私は膨大な祝福を消費し、国を守った。大魔道士としての名声はますます高まり、英雄の称号まで授かって、国中に私の石像が次々に建てられていく。
闇の魔力を使う魔女なんて、本来なら本当に嫌われ者だ。
ゴイムが流行したことで、その需要は高まったけれど、お抱えの闇魔導師なんて、質の悪い貴族達はゴイムと一緒に閉じ込め、まるでそんなもの使っていませんという顔をする。
彼らは皆、闇を利用しつつも、それを恐れ、忌み嫌っているのだ。
可愛い黒猫のライルですら、鎌を持っているというだけで「死神」なんて呼ばれ、その嫌われっぷりは可哀そうなものだった。
――それが、国中でこんなに愛されるなんて、なんで気分がいいのかしら。
――またベルガノンを救ったし、そろそろエディアが来てくれるわね。
だけど、待てど暮らせどエディアはやってこない。
――なんてことなの!? 美貌を保てる期間が減っちゃったじゃない!
仕方なく、また魔力ケチケチ生活を送りはじめる私。
可愛がっていたアグスも気付けば結婚してしまい、しょんぼりも良いところだ。
とは言え、今はまだ三十歳の頃の美貌を保てているし、しばらくは平穏な日々が続いた。
△
アグスに彼そっくりの息子、タークが生まれると、私はその子をずいぶん可愛がった。
絵本を読み聞かせ、子守唄を歌い、あちこち連れて歩いた。
見た目は三十歳な私だけど、若いふりをしていても、心はもうおばあちゃんの域に達している。
可愛いタッ君も、実のところ、孫にしか見えなかった。
心と体のミスマッチというのは、なかなかに辛いものだ。
そして。また巻き起こるポルールの戦い! 今度は何? 魔獣の行進?
祝福を出し惜しんで美貌を維持するか、美貌の維持を諦め国を救うか。
私の中では、いつだって、大きな葛藤が巻き起こっている。
――仕方ない、やってやるわよ! 私は国民達のアイドル、大魔道士ガルベルだもの。
残り少ない大精霊の祝福を、盛大に浪費しながら、私はポルールの第一砦を建て直した。
――もう、戦いはいや! やっぱり、もうしばらく、美しいまま平穏に過ごさせて!?
そんな私の願い虚しく、噴火するセヒマラ雪山。様子のおかしいクラスタル。
どうもまた、新たな戦いの火蓋が切られる……そんな予感がしていた。
今回はエディアから大精霊の祝福を受けたガルベルの半生を書いてみました。彼女、案外いい人ですよね? ターク様にはさすがに少し、嫌われてしまってますが……。
次回からの十九章は、殆どターク様の語りになってます。クラスタルに到着してからのターク様の苦い体験をお楽しみください!?
次回、第十九章第一話 クラスタル城へ。~静かな街ディーファブール~をお楽しみに!




