12 グラスの朝。~精霊狩りと屋根の上の死神~
場所:グラス村
語り:小鳥遊宮子
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翌朝、私達はベラ村を出て、街道を北東へしばらく進み、精霊狩りの本拠地があるという、グラス村に到着した。
ポツポツと二十軒程の小屋があるだけの、本当に小さな村だ。殆どの家に人影はなく、一見すると廃村のように見える。
もしかすると、この村全体が、精霊狩りの本拠地なのかもしれない。
小屋はどれも、手作り感あふれるでこぼこした古い石造りの壁で、屋根は藁葺きのような三角屋根だ。そこに五センチほど雪が積もり、氷柱が垂れ下がっている。
その中で、私達大願を叶え隊は、すぐに彼らのアジトらしい、大きめの小屋を発見した。
格子のついた窓から中をのぞいてみると、五人程の男女が集まっているのが見えた。
外からは話し声までは聞こえないけれど、カミルさんがこっそり小屋の中に潜入し、彼らの会話を盗み聞きしたところ、彼らは精霊狩りで間違いなさそうだ。
カミルさんの透明化スキル、ウォーターイブルは、見事なまでに彼女の姿を不可視にしていた。
――ていうか、透明化スキルって何!? ちょっと怖い!
私達の目的は、彼らを拘束し、セリスの居場所を聞き出すことだ。
私達は、小屋の裏手に積まれた薪の影にしゃがみ込み、皆でこそこそと作戦を話し合っていた。
「どうする? このままもうちょっと透明化してれば、得意先の情報聞けるかもだけど」
「カミル隊長、そのスキル結構危ういですよ。これ以上はやめてください。自分の心臓がもちません」
昨日の飲み過ぎで二日酔いなのか、近づくとぷーんとお酒の匂いがするコルニスさん。朝から悪かった顔色が、さらに青くなっている。
ウォーターイブルは、くしゃみや振動など、ちょっとしたことで突然透明化が切れてしまうらしい。
盗み聞きならライルが適任だと思うのだけれど、彼はコルニスさんの匂いがキツイと言って、村について早々どこかへ逃げてしまった。
ガルベルさんの遣いだというライルだけど、基本的には気ままな猫ちゃんだ。
「精霊狩りは、ここに十人いるって聞いてたけど、五人しかいませんね?」
「もしかして、狩りに出掛けてるのかな?」
「とりあえず五人だけでも捕まえる?」
「ミヤコさんのお豆の歌で、一気に捕まえられるんじゃありませんの?」
私達が輪になってそんなことを言っていると、今まで姿を消していたライルが、突然私達の方に向かって走ってきた。
そのまま私の頭上にジャンプしたかと思うと、空中で少年の姿に変わる。
同時にローブの中から鎌を取り出し、身をよじって回転すると、小屋の上から降ってきた大きな網が、バラバラに切り裂かれて地面に落ちた。
「何!?」と驚いて見上げると、屋根から雪の塊がドサッと降ってきて、「チッ」と舌打ちしている人影が見えた。
どうやら、小屋の上から、私達をまとめて捕獲しようとしていたようだ。
次の瞬間、ライルは猫を感じさせるジャンプ力で、ぴょんと小屋の屋根に飛び乗った。
結構な高さまで飛んだにも拘わらず、着地音一つしない。
「気付かれたか! 不吉な、死神め!」
「そう思うなら、僕に近づかないことだよ」
そんな会話が屋根の上から聞こえて来たかと思うと、「ぎゃぁぁ!」という悲鳴が轟き、男が転がり落ちてきた。
ドサッと雪に埋もれた男の顔を見ると、まるで生気を吸い取られたかのようにしおしおと萎れている。
――これ、ダークボール? 怖!
――死神、かぁ……。
小さく身震いした私のとなりに、ライルがぴょんと飛び降りてきた。ダークボールは怖いけど、ライルはお手柄だ。
「ライル、ありがとう」と、声を掛けると、彼はポンっと黒猫に戻り、私のドレスに頬をすり寄せた。
「ごちゃごちゃ言ってるうちに、気付かれたみたいだね」
気がつくと、私達の前後に、武器を構えた精霊狩り達が、立ち塞がっている。前に五人、後ろにも五人。いつの間にか、全員お揃いのようだ。
「ミヤコさん、歌ってくださる?」
「ミヤコ、歌って!」
「ヤー! 歌うヤー!」
「は、はい!」
私の周りを、皆ががっちりガードしてくれている。一人の時は、焦って歌えなかったけれど、これだけ皆に囲んで貰えば安心だ。
私は大きな口をあけて、「心の種」の歌を歌った。
「なんだか 辛く 苦しくて♪
叫び出したい そんな時♪」
「ヤーヤー♪」
肩の上のヤーゾルが、可愛い合いの手を入れてくれると、大地の魔力がどんどん増大していくのを感じた。とても小さいヤーゾルだけれど、そのパワーは微精霊の比ではないようだ。
豆のツルがどんどん育って、私達を挟み込んでいた精霊狩り達を絡め取っていく。
「うわぁ、何だこの豆! やめろぉ、この、豆女ぁ!」
「白いご飯! 秋刀魚、肉じゃが、お味噌汁!」
あっという間に、私は精霊狩りの生捕りに成功してしまった。
「はなせー! おろせー!」と、ツルに動きを封じられた精霊狩り達が文句を言う中、私の謎すぎる呪文に、皆が少し不思議そうな顔をしていた。
「すごいですわ、ミヤコさん。でも、オミソシルって、なんですの?」
「変わった呪文だね」
「日本のおいしい献立です」
「へぇ……? 良くわからないけど、やったよ、ミヤコちゃん!」
「流石です、歌姫様!」
「ミヤコの歌は最強ね!」
皆が私に、賞賛の声をかけてくれている。なかなか役に立てなかっただけに、嬉しくて泣きそうだ。
だけど、今はのんびり泣いてもいられない。捕まえた十人が豆から抜け出さないうちに、もっとしっかり拘束しなくてはならないだろう。
私達が、豆から精霊狩りを引っ張り出そうとしていると、突然、ザザザッと音がして、二十人程の兵士が私達の周りを取り囲んだ。
兵達の真ん中には、派手な飾りのついた槍を持った、狸のような男がふんぞり返っている。
良く見ても見なくても、彼等はポルールまで来ていた、クラスタルの使者のみなさんだった。
「お前達! 精霊狩りに何をしておる!」
派手な槍の飾りをシャンシャン鳴らしながら、使者の男が大声で怒鳴っている。
「何って、迷惑だから捕まえてるんだよ!」
カミルさんが言い返すと、使者の男はさらに声を張り上げた。
「いったい、何の権利があってそんなことをしておるのだ! 精霊狩りは、厄災を起こす害虫のような精霊達を未然に駆除する、クラスタル国公認のハンターであるぞ!」
「はぁ!?」
「あ! お前、青薔薇の歌姫ではないか! なぜここにおる!? と言うか、なぜ二人おるのだ! 説明せよ!」
「えっ!? えっとぉ……」
「えぇい! どこまでも怪しい奴らだ! またエディアの力を使い、我が国を攻撃するつもりだな! クラスタルの転覆を狙う危険な奴らだ! 兵ども、引っ捕らえろ!」
「えー!?」
「歌姫には猿轡をはめておけ!」
――ぎゃー!?
私達は、クラスタルの兵達に取り囲まれ、あっという間に拘束されてしまった。
このメンバーなら、抵抗すれば余裕で勝てそうな気もしたけれど、ここはクラスタルの国内だ。
不用意に兵士と戦うわけにもいかない。
きっと、大人しくついて行ってきちんと説明すれば、すぐに開放してもらえるだろうと、みな大人しくお縄になった。
ライルとヤーゾルは、知らないうちに居なくなっていたけれど。
そして、私達はそのまま、クラスタル城へと連行されたのだった。
精霊狩り達を捕まえ、喜んだのもつかの間、思いもよらない理由でクラスタルの兵士たちに捕らえられてしまった宮子達。
十八章はこれでおしまいです。ここまで読んでいただきありがとうございました!
十九章に入る前にガルベルさんの番外編を一話お届けします。
次回、第十八章第十三話 [番外編]ガルベル。~百年分の祝福~をお楽しみに!




