11 ベラの夜。~たとえ恋が叶わなくても~[挿絵あり]
場所:ベラ村
語り:小鳥遊宮子
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ルカラの森を超え、クラスタルの南西の村、ベラに到着した私達は、宿屋の一階にある食堂で、たくさんの料理が並んだ大きなテーブルを囲んでいた。
グラスに並々と注がれた、青いジュースで乾杯した私達。
青いジュースなんて、初めてだけれど、すごく美味しくてガブガブ飲めてしまう。
ルカラの森で採れる、ラシスと呼ばれる果実が原材料なのだそうだ。
「イェーイ! 皆今日はお疲れぇ! 無事に森を抜けられたのは、僕達のチームワークの賜物だよねー!」
「カミル隊長! あなたにチームワークは語ってほしくありません!」
「明日はいよいよ、グラスに乗り込んで、精霊狩り達をとっちめるよ~!」
「隊長! 声が大きすぎです!」
なぜだかテンション高めのカミルさんに、バシバシ突っ込みを入れているコルニスさん。彼、実は結構年上で、二十五歳なのだそうだ。
沢山並べられたお料理に手を……伸ばそうとする……私の視界が、なんだかフワフワと揺れている。
「あれぇ……らんれか、フワフワしますね」
「ひゃっふ。もしかして、これ、お酒……?」
「らり、このお店、学生にお酒らしてるんれすの? うぷっ」
「これジュースらないんれすか?」
「ジュースなんかあるわけないじゃないですか。この店の飲み物は、ラシスワインとビールだけれすよ」
「はぁあ!?」
「はぁって何すか」
カミルさんに睨まれたコルニスさんは、手元のラシスワインをグイッと飲み干した。
真っ赤になった顔でヒラヒラとメニューを見せるコルニスさん。確かに、メニューの飲み物欄には、ワインとビールしかなかった。
注文してくれた彼が、平然としているのは、この世界の飲酒には、厳しい年齢制限がないためらしい。
――まだ十九歳だけど、まぁ、飲んじゃったものは仕方ないか。
ひゃっくりをしながら、もぐもぐとお料理を口に運ぶ。「森で採れた獣を焼きました!」という感じの、豪快なお料理だけど、塩加減が良いし量も多くてなかなか美味しい。
何も役に立たなかったとはいえ、一日中歩いていたのでお腹が空いていた。
向かいの席ではカミルさんとコルニスさんが、まだちょっと揉めている。
「くそ寒いのにこんな時に酒飲まないで何飲むんっすか? 隊長」
「あのねぇ、皆、飲み慣れてないのに明日に響くだろ? バカなの? コルニス」
「あぁん!? 何いってんすか? バカは隊長っすよぉ! ウロウロしてはケガばっかり! オレから離れんなっつってるんすよ!」
「あぁんって! それが隊長に対する態度!?」
完全に酔っている様子のコルニスさんに、カミルさんも負けじと言い返している。
「うっせぇ! ガキのくせに、黙ってオレについてこいっつってんですよ~!」
――プロポーズですか!? コルニスさん!
女子一同が顔をキラキラさせて様子を見守っていると、カミルさんがコルニスさんの頭にジャバジャバとワインをかけはじめた。
「あぁん!? 隊長に楯突くと許さないよ?」
――ひぁ、全然伝わってない!
「何するんすか」
濡れたおかっぱの髪をかきあげ、メガネを外したコルニスさんが、カミルさんの腕をつかむ。
――きゃっ。コルニスさんの顔、初めて見た!
――予想外の超絶イケメン! これはもう、見てちゃダメかも!?
と、思いつつも、ドキドキしながら見守っていると、後ろからミレーヌに肩を叩かれた。
「ミヤコ、ちょっといい?」
「あ、うん」
△
少し後ろ髪を引かれながらも、宿屋の外に出た私達。さっきまで降っていた雪は止んで、小さな村の夜はとても静かだった。
「なんか、ドキドキして酔いが覚めちゃったね」
「本当にね。だけど、こんな経験初めてで、すごく楽しかったな」
「こんなメンバーで旅なんて、なかなか出来ない経験だよね。だけど、急に外に出ようなんて、どうかしたの?」
「私、ミヤコに言ってないことがあったから」
そう言って、「あっちで話そう」と私の肩を押すミレーヌ。村は宿屋以外に店もなく、民家は明かりも消えて、ここを離れるととても暗い。
ミレーヌは小さな魔道具のランプに灯りを灯し、私の手に持たせてくれた。全属性の魔力を持ち、生活魔法を中心に覚えている彼女は、生活力がとても高い。
私は彼女に背中を押され、村の中を流れる川のほとりを歩き、枝の突き出した木の下に移動した。
小さなランプを枝に引っ掛け、木の幹に背中をつけた私。ミレーヌは、川をのぞき込むようにしゃがんで、静かに口を開いた。
「多分だけどね、私、エディアに会ったことがあるの」
「わ、やっぱり、ミレーヌも彼女に祝福をもらったの?」
「小さくてよく覚えてないんだけど、可哀想なあなたに、生き抜く力をあげるって、言われた気がするわ」
ミレーヌが何を見ているのか気になって、私は彼女のとなりにしゃがんだ。水面に顔を出した岩の上に、ぽっこりと真っ白な雪が積もり、キノコみたいで可愛らしい。
ミレーヌは手遊びをするように、魔法で色とりどりの光の玉を作っては、川に流した。
それはとても幻想的で、美しい眺めだった。
――静かで、安らぎにあふれる、やさしい闇……。
――ターク様が、喜びそう。
「エディアは、いい人みたいだった?」
私がたずねると、ミレーヌは「うーん」と首をかしげた。
「分からないわ……。でも、すごく綺麗で、悲しそうだったかも……。私、奴隷の母と一緒に、どこか大きなお城に住んでいたわ。今思えば、あそこは、クラスタル城だったのかも」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。今日も、ついてきてくれて、嬉しかったよ」
「ううん。ミヤコについて行けば、自分が何者なのか、わかる気がしたの」
「へぇ……?」
どういうことだろうと、川をのぞき込んでいた顔を上げ、彼女の顔を見ると、ミレーヌも顔を上げ、私の顔をじっと見つめていた。
その顔は、少し、怒っているようだった。
「でも、やっぱり、一番は、タツヤさんがあなたに会いに来る気がしたからだよ」
「ミレーヌ……」
「来たんだよね? タツヤさん」
「黙ってて、ごめんなさい……」
「無事なんだよね……?」
「う……ん……どうかな。結構、様子がおかしかった、かも……」
そう言った私の瞳から、ポタポタと涙があふれ出すと、ミレーヌは黙って、自分の肩に私の頭を抱き寄せてくれた。
顔は見えないけれど、彼女の肩が小刻みに震えて、ミレーヌも泣いているのがわかった。
「叶わぬ恋だって分かってる……。だけど、私にだって心配くらい、させて欲しいよ……」
「ごめん。ごめんね、ミレーヌ……」
「うぅ……。ミヤコ……」
姉妹のように寄り添って、涙を流す私達の上に、またちらちらと、雪が降りはじめた。
精霊狩りのアジトがあるグラス村より、少し手前のベラ村で一泊することにした「大願を叶え隊」。夕食に出たお酒を飲んでしまい皆がフワフワする中、コルニスさんの意外な素顔にちょっとドキドキ。
そして、達也に会った事を言い出せずにいた宮子を、ミレーヌが呼び出しました。自分の恋路が険しいという事に、彼女は気付いているようです。
次回、第十八章第十二話 グラスの朝。~精霊狩りと屋根の上の死神~をお楽しみに!




