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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第18章 新たな大願

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10 凍りついた小池と闇の騎士。~君がいる、世界を守る~

 場所:ルカラの森

 語り:小鳥遊宮子

 *************



 ――ダメだっ。一人じゃ焦りすぎて歌えないよ!



 ズンズンと近づいてくるオーガを凝視しながら、冷や汗をかいて固まっていると、地面の中からぴょっこりとヤーゾルが姿を見せた。



「ヤー! ミヤコ、ボヤッとしてないで魔法出すヤー!」


「ヤーゾル!」



 ピョンピョンと跳ねながら、私の肩の上に登ってきたヤーゾルが、プチュッと私の頬にキスをする。



「え!? 契約!?」


「ヤー! 魔法でやっつけるヤ!」


「魔法!? 分かった! マ、マ、マッドボール!」



 動揺しながらも、唯一呪文で使える魔法を唱えると、私の手から泥団子が飛び出し、オーガの顔にベチャッとくっついた。


 ヤーゾルのおかげなのか、前よりずいぶん大きな泥団子だ。バケツ一杯の泥をぶちまけたくらいの威力はあるだろうか。


 オーガは泥で目が塞がり、顔を手で押さえて立ち止まった。



 私が「やった!」と、声を漏らすと、ヤーゾルが「ダメだヤァ!」と、慌てた声を出す。



 すぐに目の周りを手で拭ったオーガは、鋭い目つきでギロリと私を睨んだ。明らかにさっきより怒ってしまったようだ。



「ヒィ! 逆効果!」


「ミヤコ、落ち着いて、他の魔法だヤ!」


「他!? さっ、叫びっ 出したいぃ そんなときぃっ」



 ヤーゾルに励まされ、私が再び歌いはじめると、豆がさっきより勢い良く育ちはじめた。沢山の太いツルが、オーガの足に絡みつく。


 落ち着け! 落ち着け! と、気持ちを沈めながら、必死に歌う私。ヤーゾルのおかげで、さっきよりまともに歌えるようになった。


 だけど、オーガは少し、煩わしそうに足元を見下ろしただけで、豆のツルを簡単に蹴散らし、また苛立った顔でこっちを睨んだ。


 歩くスピードを早め、ズンズンこっちへ向かってくる。「グオォー」という唸り声と共に、大きな拳が、私に向かって振り下ろされた。



 ――ヒィッ。また逆効果! もうダメ!



 そう思った瞬間、オーガの体を、三本の黒い矢が貫いた。



「ダークアロー!?」



 ドーンと音を立てて後ろに倒れたオーガが、ダークアローの睡眠効果で、グゥグゥと寝息を立てている。


 慌てて矢の飛んできた方向を見上げると、上空に、誰かが浮かんでいた。逆光のせいか黒くなってよく見えないけれど、あれは絶対、達也だ。


 そう思った私が、「達也!」と、空に向かって叫ぶと、黒い人影はピュンッと飛び去ってしまった。箒に乗っているわけでもなく、体一つで飛んでいるようだ。



「待って! 達也!」



 怖いのも忘れ、私は人影の飛び去った方向に走り出した。



      △



 霧の中を少し進むと、そこには白く凍りついた小池があった。


 周りの草木も立ち枯れ雪が積もり、随分寒々しい風景だけれど、ここはどうやら、私達の目指していた場所のようだ。


 小池の手前に全身真っ黒な鎧姿の人が立っている。見慣れない格好で後ろを向いているけれど、その見慣れた立ち姿は、他の誰でもない、達也のものだ。ターク様とだって、見間違えたりしない。



「やっぱり、達也。戻って来てくれたんだね」



 そう言って駆け寄ろうとする私に、達也はこっちを向かずに声をあげた。



「みやちゃん、僕に近づかないで」



 後ろ手にストップをかけられ、彼の数メートル手前で立ち止まった私。


 まるで涙を堪えているような、悲しみに沈んだ低い声に、私の胸はざわざわと鳴った。


 この間秘宝で連絡をくれた時は、もっと元気そうだったのに、一体どうしてしまったんだろう。彼から大きな、闇の魔力を感じる。まるで精霊の秘宝のような、禍々しいオーラだ。



「達也……?」


「みやちゃん……。僕、君と見たかったな。あの林間学校の、山の小池。こんな凍ってる異世界の池じゃなくてさ。鯉が泳いでて……綺麗な睡蓮が咲いてる、日本の池だよ」


「いこうよ。達也の研究が成功したら、何度でも日本に行けるんだよね?」



 私の問いかけに、達也はまるで、自分の中の何かを投げ捨てるかのように、「はは」と、小さな笑い声を漏らした。



「研究は無駄だよ。僕のも、アグスさんのもね。あんなの、自分に出来ることがないのを誤魔化してるだけだ」


「どうしてそんなこと言うの? 達也らしくないよ」


「僕らしく……?」



 達也は少しだけ振り返ると、頭にかぶっていた黒い兜を外して見せた。彼の口から、鋭い八重歯が突き出している。


 八重歯……と言うよりこれは、牙だろうか。赤く充血した瞳が、涙に濡れていた。



 ――達也が、魔物化しかけてる……!



 はっと息を呑んだ私を見て、達也は兜をかぶり直し、また後ろを向いた。



「分かった? 僕はもう日本に帰れない。研究はおしまい」


「待って、大丈夫だよ! ノーラの闇に当てられただけだよね? ターク様に、浄化してもらおう!」


「冗談じゃないよ」



 私の提案を、食い気味に拒否した達也。闇に浸されると、例えそれが、良くない状態だと分かっていても、光に浄化されたいとは思わない。


 私にもそれは、よくわかっていた。


 普通ならこんな状態で、こんな風に会話できるだけでも凄いのかもしれない。達也はギリギリの理性で、私に最後の別れを言いに来たのだ。



「達也、お願い……!」


「それだけは絶対嫌だよ。それに僕は、まだやることがある」


「いったい……何するつもりなの?」


「君がいる、この世界を守る」



 達也はそう言うと、スッと上空に飛び上がった。「待って!」と声をかけたけれど、彼はそのまま、飛び去ってしまった。



 ――達也。あなたに一体、何があったの?



 呆然としている私の頬を、肩の上にいたヤーゾルがつつく。



「ミヤコ、戻らないと、馬車がなくなっちまうヤー」


「本当だね、ありがとう。ヤーゾル」



 とぼとぼと馬車があった場所に戻ってみると、他の皆も、全員無事に戻って来ていた。


 ぐぅぐぅ眠るオーガを警戒しながら、キョロキョロと私を探してくれているようだった。



「よかった! ミヤコ、無事だったのね!」


「ミレーヌ……みなさん、無事でよかったです」


「小さい氷の精霊達が、僕たちのこと、精霊狩りと勘違いして攻撃してたみたいなんだよね」


「誤解が解けてよかったですわ」


「ヤーゾルが精霊達に言ってくれたんだよね。ありがとう」



 みんなにお礼を言われ、照れたように頭をかいたヤーゾル。彼は人間が本当に可愛いのか、気になってついて来ていたようだ。



「それで、ヤーゾル。人間は可愛いかったんですの?」


「可愛くはないんだヤ。でも、ミヤコの焦ってる顔は面白かったんだヤ」


「ヤーゾル、ひどい」


「霧、晴れたね。暗くなる前に村につきたい。小池には何もなかったし、出発しよっか」


「あ……はい」



 達也が来ていたことを言い出せないまま、私はみんなについて馬車に乗り込んだ。座った私の膝の上に、ピョンっと、黒い猫が飛び乗ってくる。



「ライル! ノーラの飼い猫ってやっぱり、あなたなの?」


「うん? 僕はガルベル様の遣いだよ。心配だから見張ってろってさ」


「ミヤコさん、ずいぶん小さいのに好かれるんですのね」



 肩にヤーゾル、膝にライルを乗せた私。ヤーゾルとライルは、目が合うとプイッとそっぽを向いた。


 そこから、私たち大願を叶え隊を乗せた馬車は、精霊達に邪魔されることもなく順調に進みはじめた。


 そして、その日の夜には、ルカラの森を抜けてすぐの場所にある、ベラ村に入った。



 一人取り残された宮子の元に、ヤーゾルがやってきました。とても小さい彼ですが、宮子を励まし魔法の威力をあげてくれます。


 それでも窮地に陥った宮子を助けたのは、真っ黒な鎧を着て現れた達也でした。どういう訳か魔物化が始まり、鋭い牙が生えてしまった彼は、日本へ帰ることを諦めてしまった様子です。彼はいったい、何をしようとしているのでしょうか。


次回、第十八章第十一話 ベラの夜。~たとえ恋が叶わなくても~をお楽しみに!


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― 新着の感想 ―
[良い点] こちらへ読みに来ました! なんだろう、達也がすごく切ない(٥↼_↼) 闇の効果もあるんでしょうけど、世界を守る? この前の連絡はから元気だったんでしょうか…… [一言] また読みに来ま…
[良い点] 達也が可哀想になってきました。 宮子もそうですけれど、一番報われていないのは達也ですもんね。そりゃあ、闇落ちも簡単だと思います。他人の介入がなくても(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥…
[一言] 花車様おはようございます! さて!みやこのぴんちに現れたのはあのヤーゾルだヤ! これは可愛らしい援軍だヤ! そして、姿を変えみやこのもとへやってきたタツヤ! どうなってしまうのかヤ! 今日…
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