07 懐かしい水の国。~ヤーゾルと聞く昔話~
場所:ルカラの森
語り:小鳥遊宮子
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「ノーラのことは、何か知りませんか? 私の幼なじみを、どこかへ連れて行ってしまったんですけど」
私がそう尋ねた時、地面が蠢き、土の中から大地の精霊ゾルドレさんが姿を見せた。
足元が泥のように、地面と一体化している彼女。他の精霊のように輝いてはいないけれど、明るい薄茶の肌で、ツヤツヤの亜麻色の髪が眩しく、美しい精霊だ。
アクレアさんやファシリアさんに比べると、かなり落ち着いていて、大人っぽく見える。
「こんにちは! ゾルドレさん」
「こんにちは、みなさん。元気そうでよかったわ」
よく見ると彼女のとなりには、かなり小さな精霊が、土の中から、ピョコッと顔だけのぞかせていた。ゾルドレと同じ、薄茶の肌、亜麻色の髪は玉ねぎのように頭の上で尖っている。
「きゃ! 何か小さいのがいますわよ!?」
「うふふ。その子はヤーゾル。微精霊から精霊になりたてなのよ」
「こんにちは、ヤーゾル! 私、宮子だよ。よろしくね」
「ヤー! ミヤコ! よろしくヤー!」
ヤーゾルはそう言うと、地面からピョンっと飛び出してきた。
背丈二十センチ程の、小さな男の子のような大地の精霊だ。元気いっぱいの無邪気な笑顔がキラキラしている。
「ひゃん。可愛い!」
「お話しするお人形みたいですわね」
「お話は大好きヤー! いつもゾルドレにいっぱいお話ししてもらってるヤー!」
「うふふ。ミヤコ達はノーラのお話が聞きたいのよね。いいわ。ヤーゾルも一緒にききなさいね」
「やったぁヤー!」
「ありがとうございます!」
ゾルドレさんは、ヤーゾルを自分のとなりに座らせると、昔を懐かしむように、少し遠い目をした。
御伽噺を読み聞かせるように、ゆったりした口調で話しはじめた彼女。
それは、母なる大地を思わせる、安心感のある声だった。
「あれはもう、三百年も前。このルカラの森や湖も、ベルガノンも、全てはアクレアが治める水の国だった頃のこと。私達精霊は、人間と一緒に仲良く平和に暮らしていたわ」
「人間と一緒にか? あいつらの街は、夜になっても眩しいんだヤー!」
「今は少しね。だけど、昔は、人間の街にも、夜にはきちんとした、静かで、安らぎにあふれる闇があったのよ。そのやさしい闇を司っていたのが、闇の大精霊ノーラだったわ」
「ノーラは、知ってるぞ! 魔王を倒して、あちこちに秘宝の祭壇を作った、精霊の英雄なんだ、ヤー!」
「そうよ。よく知ってるわね、ヤーゾル」
「当然なんだヤー! だけど、ヤーゾルだって、その時生まれてたら、魔王をやっつけて、英雄になったんだヤ!」
「そうね。あの頃は私達も、ノーラやアクレア、シュベール達と一緒に、魔王が送りつけてくる魔物と、何年も戦ったわ。ファシリアだって、ヤーゾルくらい小さかったけれど、一生懸命戦っていたのよ」
「すごいんだヤ!」
「わぁ、そうだったんですね!」
ベルガノンが建国される、もっとずっと前から、この地に居たという精霊達。当時のノーラはやさしい闇の精霊で、ファシリアさんも言っていたように、この地の闇を穏やかに管理していたようだ。
そんな立派な精霊だったはずの彼女が、どうして秘宝に呪いをかけ、達也を連れ去ったのだろうか。
私達は、ゾルドレのやさしい声に聞き入りながら、三百年前に起こったという、魔王との戦いに思いを馳せた。
「だけど、人間達は、魔王の脅威に怯えてしまってね。水の国を捨て、方々へ逃げてしまったの」
「人間達は、すぐ死んじまうし、か弱いんだヤー!」
「そうね。だけど、とても可愛いと思わない?」
「わかんねぇんだヤ!」
そう言って、首を傾げたヤーゾルの頭を、「そのうちわかるわ」と、ニコニコしながらなでるゾルドレさん。
精霊達は人間を、気ままな猫を可愛がるように、ついつい愛してしまうのかもしれない。
人間が逃げ出してしまった後、精霊達は寂しい思いを抱えながらも、人間の居なくなったその場所を懸命に守り、そして最後には、ノーラが魔王城に乗り込んだ。
彼女の決死の覚悟が、水の国を救ったのだという。
時は経ち、水の国に戻ってきた人間達は、待っていた精霊達を森や湖に追い払い、ベルガノンを建国した。
人間を愛し、力を与えてくれる精霊達だけれど、精霊狩りのこともあり、人間への不満をかなり抱えているようだ。
「人間は勝手なんだヤー! 逃げ出したくせに、自分勝手に街を作って精霊を追い出したんだヤ!」
「まぁね。だけど何百年も時間が経てば、人間は入れ替わって、色々忘れてしまうからね。仕方のないことよ、ヤーゾル」
「だけど、不満だから、秘宝に悪い闇がたまるんだヤ!」
「仕方ないってわかっていても、寂しいのよね。精霊狩りみたいなのに仲間をさらわれると、やっぱり苦しくなっちゃうわ」
人間達と共存していた昔の水の国を、今でも懐かしく思い出すというゾルドレさん。
精霊達は大昔から、どんなに裏切られても、離れても、例え忘れられたって、人間を愛したままのようだった。
――やっぱり、愛する人と同じ時間を生きられないのは、切ないな。
――そんな精霊達を、闇に堕とす精霊狩りは、やっぱり、許せない!
私がそう思って顔を上げると、大願を叶え隊のメンバー全員が、キリリとした顔をしていた。
きっと皆、今思っていることは同じのはずだ。お互いの顔を見合わせ、頷き合った私達。
「ところで、今、ノーラが、どこにいるか知りませんか?」
最後に私が質問すると、ゾルドレさんは、北を指差して言った。
「ノーラはわからないけど、ノーラの飼い猫ならさっき見かけたわ」
「え!? 彼女、猫を飼ってるんですか?」
「そうよ。人間に化ける小さい黒猫。森の奥の、小さな池の前に居たわ」
――えぇ!? すごいライルっぽいけど、まさかね!?
誰からともなくまた顔を見合わせ、首を傾げた私たち。
黒い化け猫なんて、もしかすると、沢山いるのかも知れないけれど……。
「ちょっと、その小池に、行ってみてもいいですか?」
「どうせ北に行くから、通り道だよ。行ってみよう!」
ウンウンと首を縦に振ってくれる、叶え隊の皆さん。
「アクレア、ゾルドレ、ヤーゾル、また来るね!」
「カミル、絶対、またすぐ会いにきてね」
「またなーなんだヤ!」
「話せて楽しかったわ」
「お話、ありがとうございました!」
精霊達の暖かい笑顔に見送られ、私達は再び、馬車に乗り込んだ。
「ますます、やる気が出てきましたわ!」
「マリルちゃんのそういう熱いところ、好きだよ。僕も燃えてきた!」
「カミル隊長のケガは、自分が治します!」
「僕、ケガするの決定!?」
コルニスさんの操作する馬車は北へ、小池のある、ルカラの森の奥を目指した。
土の中から現れたゾルドレに、ノーラの話を聞く宮子達。大昔から人間を愛し続けている精霊達を、人間は忘れ、迫害し、便利に使って、時には売り飛ばしているようです。
大願を叶え隊のメンバーは、改めて精霊狩り退治の意思を固めました。
次回、第十八章第八話 小池を目指して1~氷の檻と闇に当てられた鳥~をお楽しみに!




