09 帰ってこないターク様。~もう、歌うしかない!~
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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その翌日も、私は変わらず、ソファの上で放心したり、長い時間窓の外を眺めたりしてすごしていた。
ターク様の言動を思い返したり、達也との思い出を振り返ったりするだけで、一日が終わってしまう。
――早くターク様帰ってこないかな。なんだかんだで、ターク様がいないと寂しいわ。
部屋から出られない私にとって、話し相手はとても貴重だ。だけど、無口なアンナさんは、ほとんど話し相手にならなかった。
ターク様もそんなにおしゃべりではないけれど、アンナさんよりはかなりマシだ。それに、彼のその見た目からくる親近感は、相当なものだった。
別人だと思っていても、達也にそっくりなその姿に、ついついほっこりしてしまう。部屋でじっとしていると、ターク様の帰りが待ち遠しい。
だけどその日、彼は戻らず、アンナさんから伝言だけが伝えられた。
『用があってしばらく戻れない。なにもせず待っていること』
私はガックリと肩を落とした。
――ターク様、しばらくって、いつまでですか? 理由もわからないまま、なにもせず部屋にこもっているのは、そろそろ限界です……!
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しばらく戻れない、と連絡してきたターク様は、本当になかなか帰ってこなかった。
アンナさんの話では、ターク様はどうやら、急な病人が出て呼び出されているらしかった。
依頼人は、彼が昔からお世話になっている貴族なんだそうだ。魔力を使い治療したものの、治しきれず、付き添って加護を与えている、ということだった。
私は貴族の御令嬢に添い寝したり、やさしくキスしたりするターク様を、想像せずにはいられなかった。
ターク様は治療のためなら、結構なんでもありの人だ。どんなに疲れていても、ほとんど治っていても、手を抜かないその姿勢には、並々ならぬ意欲を感じる。
私みたいな初対面の奴隷相手でもそうなのだ。お世話になった相手が、こんなに何日も治らないほど、重症なんだとしたら、きっとターク様は……。
私はおかしな妄想をかき消すように、ぶんぶんと頭を横に振った。あまりにも暇だと余計なことばかり考えてしまう。
――この暇をなんとか解決する抜け道はないかな?
我慢が限界に到達しつつあった私は、アンナさんを捕まえては、手当たりしだいいろいろ頼んでみた。
と言っても、本を読みたいとか、お裁縫がしたいとか、絵が描きたいとか、部屋のなかで大人しくできるようなものばかりだ。
それでも、アンナさんは相変わらず、凍り付きそうに冷たい眼差しだった。
「なにもせず待っているように言われたはずですよ」
アンナさんはターク様の命令にとても忠実だ。これ以上彼女の邪魔をするわけにもいかない。
がっくりしながら、また窓際の椅子に戻ってきた私。
――ゴイムって、なんなの……。
――せめておしゃべりなサーラさんがいてくれたらなぁ。
サーラさんだってアンナさんと同じメイドさんなので、あまり邪魔をしてはいけないのは同じだ。とは思うのだけれど、つい、そんなことを考えてしまう。
だけど、彼女はここのところ、まったく姿を見せなかった。どうやらターク様を手伝うため、患者さんのお宅へ行っているらしい。
アンナさんが持ってきてくれる食事を摂る以外、なにもすることがない。毎日ぐるぐると同じことばかり考える日々に飽き飽きして、どんどんつらくなってくる。
――ゴイムって、無表情な人ばかりだってターク様が言ってたけど、暇すぎて感情がなくなってしまうのかも。
すっかり心を失って、人形のようにじっとしている自分を想像してしまい、またまた気分が落ち込む。
だけど私は、感情がなくなる……というよりはむしろ、爆発しそうだった。
――こうなったらもう、これしかない!
私はおもいっきり息を吸い込むと、大声で歌を歌いはじめた。なにもしてはいけないという言いつけを、破ってしまっているかもしれない。けれど、このまま爆発するわけにもいかない。
膨れあがった思いが歌になってあふれ出した。
「あぁ~懐かしき ふるさとよ~♪
あの日水辺に浮かべた
小さな笹舟 ゆらゆらと
どこへ流れ着いたのか♪」
大音量の歌声に、メイドたちが驚いた顔で振りかえる。私は感極まって、涙で両頬を濡らしながら、コーラス部で練習していた歌を大口を開けて歌った。
「あぁ~懐かしき あの笑顔~♪
あの日 きみがくれた言葉
いまも私を 動かすよ
消えない 熱い想い~♪」
メイドたちは日本の歌が聴きなれないようで、ポカンとしてしまったのだろうか。止めに入られるかと思ったけれど、だれに注意されることもなく、私は一曲歌い切った。
――やっぱり、私には歌しかないわ!
私はそれから、暇に任せて、疲れるまで思う存分歌を歌ってすごした。翌日には何人かのメイドさんが、私の歌を聞きに来て、歌い終わるとパチパチと拍手をしてくれた。
それでもターク様はなかなか帰ってこず、また二日が経過しようとしていた。
ターク様の派手なベッドで、一人で眠るのはなんだか余計に落ち着かない。
結局眠れなかった私は、窓際の椅子に座り、また達也との思い出にふけってしまった。




