04 敵が味方か。~白の大精霊と隣国の先王~
場所:第一砦
語り:ターク・メルローズ
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第一砦の門の前で、どうやら、ゼーニジリアスを引き取りに来た、クラスタルからの使者を追い返したらしい私達。
そそくさとその場を離れようとするガルベル様を、私、ターク・メルローズは、低い声で呼び止めた。
「ガルベル様に百年分の美貌を与えた白の大精霊が、クラスタルの先王と契約……ってどういうことですか?」
私の問いかけに、焦ったように目を逸らすガルベル様。彼女がこの話をしたがらないのは分かっている。しかし、白の大精霊から投げ出された力を受け取ったという、ファトムやカーラムの件もある。
何か知っていることがあるなら、聞いておかなくてはいけないだろう。
「ちょ、ちょっとタッ君。どうしてその話知ってるのよ。さては、フィルマンね! あいつ、すぐ余計なことしゃべるんだから!」
「今は、ガルベル様がポルールの戦いで、美貌の維持を優先して手を抜いていたなんて、そんな話はいいんですよ」
私はそう言いつつも、さらに声を低くし、じっとりとした瞳で彼女を見つめた。
あの日、ミヤコが降らせた電撃剣を防いだ彼女のシールドは、魔術師達の常識を遥かに超えた大きさだった。
彼女はあり得ないほど強力な魔法を使うことができる。それなのにポルールでは、彼女はただ強めのファイアーボールを撃ったり、上空から指示を出したりするだけだった。
彼女が見た目より年寄りなせいで、魔力回復力が低下したことが原因だろうと思っていたが、実際はそうではなかったのだ。
「タッ君!? それ、違うからね? 私最後にはちゃんと、砦を建て直したでしょ? 私英雄なんだからね、国の危機に、出し惜しみなんてしないわよ。ねぇ、歌姫ちゃん!」
急にミヤコに助けを求めるガルベル様。ミヤコは、戸惑ったように目を見開きながら、コクコクと頷いた。
この焦りっぷりを見るとどうやら、本当に手を抜いていたようだ。
祝福を使い尽くせば、老化が再開するという彼女にとって、それは寿命のようなものなのかもしれない。
多少納得がいかない部分はあるか、いざとなれば、惜しまずそれを使ってくれる彼女は、やはり英雄と言えるだろう。
実際、ここ二十年の間、彼女がピンピンしているという噂だけでも、ベルガノン侵略を狙う周辺諸国への抑止力になっていたはずだ。
「だから、そのことはもういいですよ。それより一体、エディアとガルベル様は、どういう関係なんですか?」
私が改めて質問すると、ガルベル様は、オトラーとの戦争の後、突然彼女の小屋を訪ねてきたという、白の大精霊の話を聞かせてくれた。
「彼女、全身が白く光る、美しい精霊だったわ。白と言っても、オーロラみたいにね、いろんな色が混ざり合って光っていたの。まさに全属性の大精霊だったわ。オトラーからベルガノンを守ったお礼だって言って、私に祝福をくれたのよ?」
「ということは、白の大精霊は、ベルガノンの味方なんですか?」
「そうだと思ってたけど、クラスタルの先王はベルガノン侵略の首謀者だからね。彼と精霊の契約を交わしていたとなると、よく分からないわね」
そう言って、「うーむ」と首を捻るガルベル様。白の大精霊は、ベルガノンにとって、味方なのか、敵なのか。
「でもクラスタルの先王は、ベルガノンの侵略に失敗した後、すぐ死んでしまったんですよね?」
「そうそう、病死だって話だけど、侵略戦争反対派の陰謀だったって噂もあったのよ。もしかして、反対派のエディアと喧嘩になって殺されちゃったのかしら」
「あぁ……」
白の大精霊がいったいどういうつもりなのか、私にはよくわからない。しかし、彼女がか弱い精霊達にその力を押し付けたりしなければ、セヒマラ雪山の一件は、起こらなかったとも言える。
身勝手な行いをする彼女を、ベルガノンの味方だと、手放しで信じて良いものだろうか。
「アクレアさんやゾルドレさんにも話を聞きませんか? 何か知ってるかもしれませんよ」
そう言って、ミヤコが凍ったルカラ湖を指差している。そこには確かに、アクレアやゾルドレがいるはずだが、湖も平原もかなりの広さだ。私が行って会えるとも限らない。
「そうだな、ならカミルも連れて行った方が話がはやい。囚人達の移送がすんだら、改めてルカラ湖に行ってみようか」
私がそう言うと、ガルベル様が首を横に振りながら、私の前に片手を突き出した。
「待って、タッ君。ニジルド殿下は私が、ノーデス王のところへ連れて行くわ」
「え? そう……ですか?」
突然来た使者の横暴な態度で、少し衝突が起きてしまったが、本人を連れて行けば、ノーデス王に謁見できるだろうと言うガルベル様。
ノーデス王の真意を確かめないまま、ゼーニジリアスを王都に連れて行くのは、どうも気持ちが悪いらしい。
はっきりした理由はないようだが、ガルベル様の嫌な予感は、残念なことによく当たる。
「のんびり王都で待ってるよりは、こちらからクラスタルへ出向いて、今度こそ、平和的な解決方法を話し合うのよ!」
両腕を腰に当て、大きな声でそう言ったガルベル様。平和的……とか言っているが、彼女はノーデス王に、一言文句を言いたいだけではないだろうか。
「それは……フィルマン様とイーヴ先生に任せませんか?」
「フィルマンはもちろんだけど、私も行くし、タッ君、あなたも行くのよ! あ、イーヴはここを任せるわね」
――やっぱり、これは、文句を言いに行くつもりだな……。一番平和なイーヴ先生を置いていくなんて。
――私はなんだ? いざという時の戦力か?
ひどく嫌な予感がした私は、つい逃げ腰になって後ずさった。ガルベル様を止めるのは難しそうだが、私がついていけば、彼女は余計に強気に出るだろう。ここは出来れば、彼女とは別で行動したい。
「あの、僕は、色々とやることが……。精霊狩り達が逃げる前に、本拠地を抑えに行かないと……」
「そんなの、後でいいでしょ。クラスタル城へ行った帰りで大丈夫よ。そうと決まれば今すぐ出発よ!」
「わ、ちょっと待ってください……。ミ、ミヤコ……」
「ターク様……!」
ガルベル様に抱えられた私は、そのまま彼女の箒で空中に舞い上がった。おどろいた顔で私を見上げるミヤコの姿が、どんどん遠ざかっていく。
ろくに別れも言わせてくれないなんて、ガルベル様はあんまりだ。
――あぁ。離れる覚悟はしていたが、突然すぎてつらい。
転送ゲートのそばでは、ゼーニジリアスが移送のために、カプセルのまま運び出されていた。
ガルベル様はそれを護衛の兵士から奪い取ると、フィルマン様と合流するため、すぐにフィルマンガルトを目指した。
そして私は、そのままクラスタル城へと、連れていかれたのだった。
二十年前ベルガノンに侵略戦争を仕掛けたクラスタルの先王が、エディアと契約していたという話を聞き、彼女が敵なのか味方なのかと頭を悩ませるターク様。
ノーデス王と話がしたい(文句を言いたい?)と言うガルベルにクラスタル城へ連れて行かれてしまいます。
次回、第十八章第五話 大願を叶え隊。~集結した六人の魔道士~をお楽しみに!




