03 横暴!~隣国の使者とタークの石像~
場所:第一砦
語り:イーヴ・シュトラウブ
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第一砦の門の上空で、私、イーヴ・シュトラウブは、ファシリアの風に包まれながら、砦の外に立つガルベル様を眺めていた。
彼女は先ほどからずっと、クラスタルから送られてきた使者の男ともめている。
今日のポルールは非常に天気が良く、空は晴れ渡り、遠くまでよく見えた。
気温は零度を下回っているが、レムスルドラに比べれば、いくらか過ごしやすい。
ゼーニジリアスを連れ去ろうとする連中を警戒し、私は砦を警備していた。しかし、昼の日差しを浴びていると、連日ガルベル様にこき使われた疲れのせいで、頭が少しぼんやりする。
そんな折、彼らは、凍ったルカラ湖の向こうから、突然、隊列を組んでやってきたのだ。
派手な飾りのついた槍をもった、太った狸のような男を代表に、一般的な兵士が二十人といった所だろうか。
「ここを開けろ! 我らはクラスタルの王ノーデス様の使いである! ニジルド殿下を引き取りに来た。 早急に引き渡せ」
遣いの男は、槍を片手に後ろにひっくり返りそうな程に踏ん反り返って、随分と偉そうな態度だ。
平和条約締結中の隣国に、あれだけの被害を出したゼーニジリアス。それをこちらの了承も得ず、勝手に引き取りに来るとはどういうつもりだろうか。
「何ですって!? あの男は、何年もポルールに魔物を送り続けて、街を破壊した張本人なのよ。そんなに簡単に、引き渡せるわけがないじゃないの!」
雪で真っ白になったルカラ平原に、ガルベル様のヒステリックな声が響き渡っている。
彼らはまだ、気が付いていないのだろうか。ガルベル様が恐ろしい魔女であるということに。
二十年前の侵略戦争では、彼女はクラスタルの軍隊を壊滅させ、あっさりと退けてしまった。彼らも彼女に挑んだことを、深く悔んでいるはずなのだが。
「ニジルド殿下は精霊の厄災の被害に遭われただけだ。これは単なる、自然災害である! 被害者である殿下をこんな汚い岩山の中に一年も閉じ込め、拷問した罪、そちらにこそ償ってもらう! タダでは済まんぞ!」
「ふざけないで! 何が被害者よ。あんな危ないやつ、野放しにできるわけがないでしょ! だいたい、あれがニジルド殿下だなんて知らなかったわよ!」
「知らなかったで済まされると思うなよ! 殿下への非礼、必ず償ってもらう!」
「はぁ!? あなたじゃ話にならないわ。いいから私達をノーデス王に会わせなさいよ!」
二人の鼻息が次第に荒くなりはじめたその時、そこに、タークとミヤコ君が姿を見せた。
この間フィルマンガルトで会ってから、二日程しか経っていないが、見違えるほど顔色が良くなり、二人とも元気そうだ。
「先生、ガルベル様、父さんが、そろそろ収容所に向かうと言ってますが……。ん……? その人達は……?」
「タッ君、歌姫ちゃん。来てくれたのね! 聞いてよ、この人達、クラスタルからの遣いらしいんだけど、話が通じないのよ。あら? 歌姫ちゃん、コートの下、もしかして新しいドレス?」
「そうなんです。ターク様が買ってくれました」
「見せて見せて? まぁ! 可愛いじゃないの。やっぱりあなた、青い薔薇のドレスが似合うわね」
「うふふ。ありがとうございます!」
ガルベル様が、コートの下にチラッと見えた、ミヤコ君のドレスに気を取られている。その間に、偉そうな使者の後ろに並んでいた兵士達が、だんだんザワザワしはじめた。
何やらゴニョゴニョと耳打ちしながら、鉱山の上に建てられた、タークとミヤコ君の石像を見あげている。
「なんだか、光ってるみたいだが……。まさか、こいつが不死身の大剣士か?」
「見てみろ、あの山の上の巨大な石像……。そっくりじゃないか」
「う、歌姫ってもしかしてあの、噂の……」
そんな兵士達を上空から見下ろし、私は湧き上がる高揚感に胸を弾ませた。
タークとミヤコ君は、隣国でもなかなか有名になっているようだ。
こんな目立つ山の頂上に、クラスタルの王都からでも見える程の、巨大な石像を建てたのだから、当然と言えば当然だろう。
まだ完成したばかりだが、その宣伝効果は絶大だ。
――もっとよく見ろ! あのタークの最高に堂々とした立ち姿! 死ぬほど決まってるだろ!
――あぁ、何度見ても感動する。最高だ!
――ミヤコ君の控えめな表情もタークを最高に引き立てている!
昨日から私は、この場所を見張る素振りをしながら、実はずっと、タークの石像ばかり眺めていた。
二人の石像をあの場所に建てるよう提案したのはもちろん私だ。サイズやポーズに至るまで細かく指示を出し、私財もかなり投入した。その努力の結果が、今ついに実感できたわけだ。
それは、私が長年夢見ていた、師匠として最高の瞬間だった。
――この件が解決したら、セヒマラ雪山の頂上にも、タークの石像を立てよう。
――もっともっと大きくて、すごいやつだ!
私が弟子の英雄っぷりに浮かれていると、兵士たちはついに、ガルベル様の正体にも気づきはじめた。
「いやまて、それよりガルベルって……二十年前の……」
「おぃおぃ。大魔道師ガルベルが、こんな綺麗なお姉さんなわけないだろ……? 何歳だよ」
「んまぁ! あなた達、分かってるじゃない! 私が若くて綺麗な、大魔道士ガルベルよん♪」
「ひっ」
ガルベル様が、浮かれて少し気持ち悪い語尾で話しかけると、兵士達は怖気付いたように喉を鳴らし、一歩後ずさりした。
それを見た使者は突然、持っていた槍を荒々しく地面に投げつけて言った。
「く! 白の大精霊エディアめ! 先王と精霊の契約を交わしていたにも拘らず、敵国の魔女に祝福を贈り、我らがクラスタル軍を壊滅させたと言う噂は本当だったのか! ちくしょう!」
「は……? エディアが、クラスタルの先王と、契約……?」
使者の発言に、私もガルベル様も、タークやミヤコ君までがポカンと口を開けた。
私には、クラスタルの使者が何を言っているのかわからない。
ガルベル様に衰えない美貌を授けた大精霊……そんな話は、フィルマン様の冗談だとばかり思っていたのだ。
「ふん! いきなり来ればあわよくば殿下を連れ戻せるかと思ったが、少し分が悪いようなのである! ここはいったん引き返すぞ! 続け! 兵ども」
呆然とする私達を置いて、クラスタルからの遣いは引き返して行った。
「これは、一体どういう状況ですか?」
そうたずねたタークに、ガルベル様は焦ったように肩を揺らすと、気まずそうに目を逸らした。
そして、「ん、うん!」と大きく咳払いしたかと思うと、「イーヴ! どうしてあなた見てるだけなの?」と、上空に浮いていた私を見上げ、文句を言った。
「しっかり働いてくれないと困るわよ。あぁ忙しい! あとは任せたわ」
「ガルベル様。今の話、説明してください」
そそくさとその場を離れようとする彼女を呼び止めたタークの声は、まるで、獣の唸り声のように低く響いた。
ターク達の石像を満足げに眺めていたイーヴの元に、隣国クラスタルから使者がやってきました。ゼーニジリアスを無理やり連れ戻そうとしていた彼らですが、ベルガノンの英雄たちに怖気付いて帰っていきます。
次回、第十八章第四話 敵が味方か。~白の大精霊と隣国の先王~をお楽しみに!




